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古典落語エッセイ

怪談噺「もう半分」を転生復讐譚と解釈した場合における、効果的な復讐方法の考察

作者: 大浜 英彰

 最盛期よりは落ち着いたと言われていますが、転生要素を含んだ作品は様々な媒体で盛んに発表されていますね。

 異世界へ転生するのは当たり前で、ちょっと調べただけでも人外転生や逆行転生といった様々なバリエーションが存在していて、その奥深さには本当に驚かされますよ。

−死んだらそこでオシマイではなくて、前世における因果に見合った来世が存在する。

 来世や転生を描いた御話には、そうした願いが感じられますね。

 古典落語の世界においても、転生や来世の要素が盛り込まれた噺は色々と存在します。

 信心深い白犬が人間に生まれ変わる「元犬」は仏教説話の考え方が反映された楽しい噺ですが、恨みを晴らす手段として仇の子供に転生する「もう半分」という恐ろしい怪談噺も御座います。

 このエッセイでは、三遊亭圓朝によって作られた怪談噺「もう半分」における転生について考えていきたいと思います。

 扱うテーマが古典落語なので、ネタバレ全開の内容となっておりますが、ネタバレが苦手な方は回れ右をして頂けたらと思います。

 でも、もし御興味が御座いましたら、落語「もう半分」をお聴きになった上で御一読頂けたら幸いです。


 夫婦二人で切り盛りする小さな居酒屋には、風変わりな老人が常連客としてついていました。

 一合枡に半分だけ注いだ御酒を呑み干し、また御代わりする際にも「もう半分」。

 この風変わりな呑み方は老人曰く、「半分ずつ呑んだ方が沢山呑んだような気になれるから。」だそうな。

 そうして「もう半分」と言いながら何杯も呑んでお勘定を済ませた老人は、汚い風呂敷に包んだ大金を酒屋に置き忘れてしまうんです。

 正直者の夫は老人に忘れ物を届けようとするのですが、それに待ったをかけたのが酒屋の女房。

 悪魔の囁きとばかりに、「老人の金をネコババして店を大きくしよう」と唆しちゃうんですね。

 老人が慌てた様子で引き返して来たのは、酒屋の主人が女房に言い包められてからすぐの事でした。

 老人が言うには、あの大金は老人の娘が吉原に身を売って作った金で、酒で身を持ち崩した父親に再起を計って貰おうという孝行心で託してくれた大切な虎の子なのだとか。

 そんな悲しい身の上話を聞いたにも関わらず、自分達の栄達に目が眩んだ酒屋の女房は知らん顔を決め込み、老人を叩き出してしまったんですね。

 再起を願って身売りしてくれた娘への申し訳なさと、大金を盗られた情けなさ。

 そんな負の感情に囚われた老人は、全てに絶望して橋から川に身投げをしてしまいました。

 自分達のせいで老人を死なせた事を悔やむ酒屋の主人とは対照的に、女房は後腐れがなくなったとばかりに涼しい顔。

 彼等は老人から奪った金を元手に店を大きくし、商売を軌道に乗せたのでした。

 商売繁盛だけでもめでたいのに、更なる吉報が酒屋夫婦の元に舞い込んできます。

 何と女房に待望の赤ちゃんが生まれたんですね。

 ところが肝心の赤ちゃんが曲者で、あの「もう半分」の老人に生き写しだったんですよ。

 生まれてきた我が子の余りにも恐ろしい形相のせいか、女房はショック死。

 酒屋の主人は乳母を雇って赤ちゃんを育てようとするも、何故か長続きしませんでした。

 これは赤ちゃんに何か秘密があると踏んだ亭主は、寝ずの番で張り込む事を決意しました。

 草木も眠る丑三つ時。

 酒屋の主人や乳母が寝静まっていると察した赤ちゃんは、行灯油を美味そうに飲み干したのです。

 驚く酒屋の主人に気付いた赤ちゃんは、油差しを突き出しながら一言「もう半分」。

 その衝撃的な光景に驚いた主人はショックで頓死し、主を失った酒屋は没落していったそうです…


 演じる噺家さんによって多少の差異は御座いますが、「もう半分」の粗筋は大体このような感じです。

−過去の悪事の被害者が、復讐の為に我が子に生まれ変わってくる。

 後ろめたい過去を持つ人にとって、これは非常に恐ろしい事だと思います。

 老子が「天網恢恢、疎にして漏らさず」という言葉を残しているように、犯した罪は決して無かった事に出来ないのですね。

 過去の罪が露見して悲惨な最期を遂げるのが嫌なら、私利私欲のために他人を陥れずに誠実に生きなさい。

 そんなメッセージ性の感じられる、恐ろしくも考えさせられる怪談噺ですね。


 老人の転生した赤ちゃんによって酒屋夫婦が破滅する「もう半分」のストーリーは、完成度の高い勧善懲悪の因果応報譚です。

 とはいえ、それは悪事を働いた酒屋夫婦の視点に立った場合の話。

 老人が転生した赤ちゃんの視点に立ってみると、ちょっとモヤモヤした物が残るんですよね。

 そもそも老人にとっての酒屋夫婦は、前世においては我が身を破滅させた仇なのですが、転生後の今生においては実の両親になるんですね。

 その為、前世の仇である酒屋夫婦を破滅させる行為は、今生における自分の生家を没落させる行為であり、巡り巡って自分の首を締める事になると思うんです。

 怪談噺「もう半分」では、老人の転生した赤ちゃんのその後の去就については触れられていませんが、肉親が全滅して生家も没落してしまっては、その後の人生に様々な困難がある事でしょうね。

 老人の転生した赤ちゃんが人外の存在ならば、目的を達成した時点で満足して現世から解脱するという幕引きも出来るかも知れません。

 しかし普通の人間としてその後も現世で生き続けるのならば、この赤ちゃんが取った復讐は最善策とは言えませんね。

 だって、前世の恨みを晴らすために今生における人生を自らハードモードにしてしまっては、余りにもコストパフォーマンスが悪過ぎますから。

 そこで本エッセイでは、「もう半分」の老人がキッチリと復讐を果たしつつも幸せな第二の人生を送れる方法を考えてみようと思います。


 酒屋夫婦への意趣返しといった前世の未練を精算した上で、今生における人生を充実した物にする。

 この二つを両立するには、復讐達成後の人生基盤を堅実な物にした上で事に当たる必要があります。

 その為、復讐を決行するタイミングは生後間もない赤ちゃんの段階ではなくて、成人して酒屋夫婦から家督を譲られる頃が良いでしょう。

 それまでの間、酒屋夫婦の息子に転生した老人は一切トラブルを起こさず、両親や店の人達からの信頼を築き上げねばなりません。

 前世の姿そっくりの顔に生まれつくのは論外で、可能な限り容姿の整った可愛らしい赤ちゃんに生まれるよう努めましょう。

 そして素直で聡明な子供として成長し、両親や店の人達と円満な関係を構築するのです。

 両親にとって自慢の息子に育てば育つ程に、後々の復讐がより効果的になるという物ですよ。

 やがて両親から酒屋を引き継いだら、両親が経営していた時以上に店を繁栄させましょう。

 そして身元の確かな娘さんと身を固めて、その娘さんとの間に健康で聡明な赤ちゃんを生むのです。

 そうして両親に繁盛したお店と元気な初孫の顔を見せて、「ああ、あの子に後を任せて良かった。」と安心させるのです。

 我が子の立派な成長は親にとっての何よりの喜びですが、安心して気が緩めば一気に老け込んでしまうかも知れません。

 そうでなくても、順風満帆な幸福に慣れ切った人間は、突発的で衝撃的な不幸には弱い物。

 両親が幸福の絶頂に酔い痴れているタイミングを見計らい、彼等に過去の過ちを突き付けてやるのです。


酒屋の夫「店は立派に繁盛させてくれるし、元気で可愛い孫の顔は見せてくれるし、お前は本当に良い息子だよ。」

息子「おいおい…照れるじゃないかよ、父さん。それより、もう一杯どうだい?」

酒屋の夫「いやいや、この年になるとあんまり呑めねえんだ…」

息子「そう言うなよ、父さん。それなら、もう半分だけ吞まないかい?」

酒屋の夫「妙な手付きだな…まあ、お前が言うなら…」

息子「そう言えばさ、父さん。こんな大店を出す元手は、どうやって工面したんだい?古参の番頭さんの話じゃ、昔はもっと小さい店だったらしいけど…」

酒屋の夫「そ、それは…」

息子「まさかとは思うが、人様に言えない金じゃないだろうね?例えば、お客のジジイが置き忘れたような金じゃ…?」

酒屋の夫「おい…どうしたんだ、倅よ?」

息子「父さん、顔が真っ青だぜ。気付け薬に酒でもやりなよ。ほら、もう半分…」

酒屋の夫「そ…そうだ!その手付きに、その言い回し!まさか、あの時の…」

息子「俺から奪った金で得た幸せの味はどうだった?この腐れ外道!」


 こうして正体を明かして復讐を始めるのも面白そうだと思うんですよ。

‐自慢の我が子が老人の生まれ変わりだった。

 この事実を知った衝撃で、酒屋夫婦がショック死してくれれば完璧ですね。

 また、逆上した酒屋夫婦が何らかの危害を加えようとしたなら、それはそれで手があります。

 番頭や丁稚などに助けを求めた上で「耄碌した両親が乱心して自分に襲い掛かってきた」と主張し、両親を社会的に抹殺すれば良いんですから。

 そうして両親を合法的に排除して大店に成長した酒屋の実権を掌握すれば、前世で酒屋夫婦に盗られたお金を利子付きで取り返せると思うんです。

 仮に逆恨みした両親が老人と同様の方法で復讐しようとしても、既に次の世継ぎを無事に育成出来ていれば、知ったこっちゃないですね。


 そして残る前世の未練は、吉原に身売りした老人の娘ですね。

 酒屋夫婦の息子に転生した老人は、この時点では既に大店の二代目として潤沢な資金を持っているのですから、遊女となった娘を身請けする事なんて造作もないんですよ。

 前世における娘を愛人にするのは気が引けるでしょうから、子供の乳母という役割でも与えて屋敷に置けば良いでしょう。

 そして頃合いを見計らって親子の名乗りを上げて、今度こそ娘を幸せにしてあげて下さい。


 とはいえ、これでは復讐が主体になってしまい、怪談噺から大きく逸脱してしまうでしょうね。

 むしろ、江戸川乱歩の「白髪鬼」やアレクサンドル・デュマの「モンテクリスト伯」のようなピカレスクロマンになってしまいそうです。

 怪談噺として恐怖感を演出するには、原案通りに赤ちゃんの段階で正体を明かすのが良いのかも知れませんね。


挿絵(By みてみん)

※ こちらの素敵なFAは、黒森 冬炎様より頂きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう半分、記憶が曖昧だったので読んでいて「あー!そうだったのか!」となりました 想像するとなかなか怖いお話ですね しかも、おっしゃる通りその後がなんとも大変なご老人 怖いけれどどこかやりきれ…
[一言] 確かにこれではホラーというより復讐譚ですね。 ならば、オー○ンのダミアンみたいに「こいつ、ヤバくね?(;゜Д゜)」みたいな一面を時折見せつつ(事故だけは起こさないよう注意しつつ)それでも異常…
[良い点] 復讐を肯定した上での考察が素晴らしいです。より相手にダメージを与えるための‼ 興味深く読ませていただきました。堅実で利益を考えた復讐方法。確かに、そのような手段もありますのね。 私は短…
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