4話 お兄様
開港式は難なく終了した。
ジェットラートお兄様が血だらけの状態で参加するという珍事はあったけれど、そんなの珍事のうちに入らない。
肝心なのは私がちっちゃな失敗もほとんどなかったということに尽きる。
「この後は宇宙港を十六個もまわって、そのあとに大宴会で間違いなかったわよね?」
「はい。何度も何度も確認しておりますが、此度の宇宙港開港式は、帝国内外に第一四皇女ローゼノエル様の領地・銀河系キラがいかに発展しており、帝国が盤石なものであるかを」
「要するに失敗はできない、ということでしょう? 理解しているわ」
ジョークからのとても笑えない長ったらしい説教を聞いているうちに、船内にはお兄様をはじめ貴賓たちが乗り込んでくる。
今回私たちが乗っているのは遊覧船と呼ばれるもので、外を見ることに主体が置かれている。
全面ガラス張りだが、安全性はばっちしクリアしている。
安全性と言えば、矢御影はどうなっているのだろうか。
ジョークをちらりと見ると、それだけで伝わったのか情報収集のために後ろに下がる。
代わりにエリカが側に就いてくれる。
「それでは、いっちょ張り切りますわよ」
「エリカは、エリカのご主人様のためにがんばりますっ!」
可愛いエリカの手伝いもあって、貴賓たちとの挨拶も順調にできた。
身分が高い者が席に着くことで宴などは始まり、社交の場ではそれが当然のルールとなっているが、主催者がたった一〇歳の私なのでそこまでかっちし決まっているというわけではない。
ジョークからも聞いていた通り、皇女という肩書に近付きたい貴賓たちの中には子連れも多いのも原因の一つだろう。
とは言え、どんなに小さくとも表舞台に出せるだけの社交の能力は持っているわけだ。
足元をすくわれるなんてことにならないように十分に注意は必要である。
「ローゼノエル様はどのようなお召し物がお好きですか? 私が考案する新しい婦人服のモデルにと考えているのですが……」
「宇宙港となれば面倒事も増えるでしょう。ここは我が家の用心棒を……」
「私たちも宇宙港を創りたいと考えており、そのノウハウを……」
とまあ、こう言った具合に貴族たちは欲丸出しで私に近付いてくる。
それが愚かだということも気付かずに。
だって、相手は一〇歳の子供なんだからその気持ちは分からなくもない。
けれど、私は腐っても第一四皇女だ。
皇位継承権を持つ、もしかしたら――ほんとうに大大大大大大ドンデン返しがあったとしたら、皇帝になるのだ。
一〇歳の子供だから、という理由で他の皇位継承者は優しく接してくれない。
いついかなるときも優雅に、そして優美にふるまわなければ。
貴賓たちと質疑応答を行っていると、お兄様がこちらに近付いてくる。
貴賓たちの中には帝国以外の組織からの高位な方も多いが、半数は帝国貴族なので皇子であるお兄様が――私なんかよりもずっと上の皇位継承者が歩いてくれば、道を開けてくれる。
やはり血まみれのお兄様も格好良かったけれど、いつものお兄様の方が落ち着く。
「先程はだらしない恰好を見してしまってすまなかったね。宇宙海賊なんて久しぶりに見たものだからつい興奮してしまってね……」
「まあ、それはよろしかったですね。興奮したってことは――まさか、戦闘機《オジョル・ピアンセⅡ》に乗り込んだということですか!? あれは観賞用に許されたのではなかったのですか」
平静を装っているが、心の中では大嵐だ。
戦闘機オジョル・ピアンセⅡというのは、大お兄様が持っていたオジョル・ピアンセを欲しがったジェットラートお兄様のために、技術者が作ってくれた優れものである。
あくまでも観賞用ということで許されたはずだったのに。まあ、ジェットラートお兄様ですものね。宇宙船戦闘技術学などという五人もいない科目を選択するような、争いごとが大好きなお兄様ですものね。
諦めの表情でお兄様を見ると、お兄様は肩を竦めるだけでとくに弁明する気はなかったようだ。
「レイピア、次このようなことがあればお母様への報告も視野に入れます。あくまでも今日のお兄様は私の招待客として、この地を訪れているのです。万が一にでもお兄様の身にあれば私はあなたを許しませんよ。それにお兄様には戦闘禁止命令も出ているではないでしょうか」
「あ、あれはね、うんそうだね……」
何も言えないだろう。当然だ。
数年前、本当にあらそいごとに熱を入れていた当時のお兄様は、戦闘機に乗り込み、王宮があった惑星を半壊させるという前代未聞の不祥事を起こした。
死傷者が一人もいなかったこと。
戦闘機の最後の爆発によって地下深くにあった絶対鉱石を見つけられたことから、うやむやにされたが、父様はきっとまだ目を離していないだろう。
気を抜いていればあっという間に食われる。
それが、この世界だ。