3話 はじまる
大抵の人は皇女という仕事を誤解している。
仕事が多くて、勉強を大量にさせられて、ろくに自由時間もとれない。
世間一般ではそう認識されているが、実際はそうじゃない。
「ローゼノエル様、お退きください。掃除ロボットが通れないではありませんか」
「この星の主はわたしなのよ? 主のわたしがどんなところに寝そべっていてもいいじゃない。時間がないんだし、最後に、最後にゆっくりさせてちょうだいよ」
皇女の仕事は基本ぐうたらだ。
なお、もちろんのことだが、超新星帝国の第一四皇女ローゼノエルに限る。
めんどくさいことが大嫌いなローゼノエルは、仕事を放棄したことはない。
半ボイコット状態に陥ることは頻繁にあるが、めっきり仕事をしない、ということは彼女の選択肢の中になかった。
朝食も片づけられ。
今も、口先ではごろんとしていたいと言っておきながら、その視線の先にあるのは開港式に出席する客人の名簿だった。
「まさか属国の大使まで来てくれるなんてびっくりだわ……第一四皇女という肩書はそこまで仰々しいものではないはずなのに、って、ああなるほど」
「どうかされましたか?」
まるでものを退かすみたいに、ローゼノエルの体を筆頭執事ジョークは軽々持ち上げる。
「ほとんどがわたしと同じ年代の子供ばかり。年端も行かぬようなやつを寄越されても、接するこちらが大変だと言うのに」
年端も行かぬうんぬんは、ローゼノエルも一緒だが、という言葉をジョークは飲み込む。
皇女であれ一〇歳だ。
同じ歳周りの子供たちを年端も行かぬというのなら、自分もそれに値するのに。
「皇位継承権を剥奪されておらず、いまだに保持している皇女のうちの一人だからな。注目されるもの当然と言えば、当然なのだが……安全性が気になるな」
名簿を表示している電子機器から目を話す。
「矢御影、いるか?」
「ここにいます。我が主」
物音もせずに、装飾が施されている天井から声がかかり、床に身を置く。
矢御影・小森。
面倒くさがりな皇女と苦楽を共にする、二人目の忠臣の名である。
「相変わらず、不気味だわ! こわい。もしかしてわたしの寝顔を見て、悦に浸っているなんてことないでしょうね!」
「ございません。それで主、何用で?」
「はぐらかそうとしているわね。言う事を聞かないイヌには正義の鉄拳を下さないといけないのよ。母様がよく言っていたわ」
ローゼノエルはしたり顔で、拳を作り、矢御影の元まで行くと、一発かます。
そして、矢御影は待ってましたとばかりの笑顔を浮かべる。
「まじできもい」
ローゼノエルのSっ気な言葉にさらに笑みを深める。
たった一〇歳の少女の言葉にすらSっ気を感じ取る、正真正銘のド変態。
それこそが矢御影の真の正体だった。
ローゼノエルの命令を受け取ると矢御影はすぐに姿を消す。
先程、現れたときと同じように。
その後も、ローゼノエルは次々と使用人たちに指示を出していく。
開港式のあとには、銀河系内の各地に赴き、そこでもまた別の開港式がある。
主星で行われるこれからの用事に比べれば小さいが、銀河系内はお祭り騒ぎだ。
スポーツ産業が盛んな銀河系キラは盛り上がりに火が付くと消えない。
熱狂的に迎え入れる。
客人は盛大に無茶をしてでも迎え入れる。
それが、この銀河に住む人たちの生き方だ。
各地での開港式を終えると、こんどは主星に戻ってきて宴会が催される。
主催はもちろん、銀河系キラを父である皇帝からもらい受けている第一四皇女ローゼノエル。
ローゼノエルの屋敷――白銀城は、客人を迎え入れるための準備がされている。
最終確認と称して、ローゼノエルは城内の散歩に移る。
「客間の準備はできているわよね。今日の給仕を担当するのは誰かしら……」
筆頭執事のジョークは、ローゼノエルが確認する必要のないこまごまとした準備のために、城内外のあちこちを行き来している。
側を離れているので、ローゼノエルのそばにいるのは侍女のエリカだった。
「ローゼノエルさま、まさかプリガートがこれほどまでに美しくなるなんて、エリカ、嬉しすぎます! きっと素敵な方がいっぱいいることでしょう。このエリカは、今日こそはエリカに相応しい殿方を見つけようと思っているのです!」
「あら、それは殊勝な心掛けね。わたくしも見習わなくてはいけません」
「あら、何をおっしゃいますか。ローゼノエル様は引く手あまたでありましょう? なにせ、皇室の末娘ですから」
「わたくしには若さしかないと?」
「そんなことありませんわ。ローゼノエルさまには、若さ以外の良さがあります。政治的な手腕、皇室としての相応しい対応、賢さや利発さにはいつも驚かされております」
「きっと、それは買いかぶりすぎだわ。わたくしは、ただのしがない一四皇女ですから」
エリカは、ほのぼのとした性格をしていて、ローゼノエルは気に入っていた。
十四皇女とはいえ、継承権を棄権していない身。
ローゼノエルよりも継承順位が高い皇族たちが何かしらの理由で次々と倒れていった場合には、ローゼノエルが皇帝に、なんてこともないことはないのだ。
もしローゼノエルが皇帝にならなかったとしても問題はない。
ほとんどの人間がローゼノエルに皇位継承のチャンスがあるとは思っていないし、ローゼノエルは社交を卒なくこなす性格なので、誰が皇帝になっても冷遇される心配はない。
――――もちろん、例外はいるが。
大方の確認を終えると、手元に持っていた原稿を強く握りしめる。
何度も何度も読み返しているせいで、あちらこちらに折り目ができている。
中を開くと、ジョークの書いた皇室に相応しい文章が書かれている。
だが、行と行の間には、ローゼノエルなりに言葉を変えてみたり、ハプニングが起きた時への対処方法などが事細かに書かれていた。
緊張する様子を見せる主人に侍女は笑いかける。
「ローゼノエル様はこれまで、たくさん時間を費やして熱心に取り組んでこられました。きっと、何も問題なく終わるでしょう」
「ありがとうエリカ。でも、わたくしは問題なく終わることは望んでいないわ」
「……と、言いますと?」
「わたくしは、問題なく終わるのではなく――皇女としての及第点で終わるのではなく、わたくしが皇女として相応しいと、この銀河系の王として相応しいのがわたくしであると広く民にしってもらうことを望んでいるの」
「ローゼノエル様を皇女様として認めぬ人などおりませぬよ」
ローゼノエルは軽く唇を噛んだ。
祭典向けに新調した正装に身を包めば、イベントはもう始まる。