2話 パンケーキ
超新星帝国の皇女には何が求められているのだろう。
第一四皇女ローゼノエルの筆頭執事を任されているジョークは、考えることの嫌いな主人に代わってそんなことをたびたび考える。
気品と優雅にあふれた皇室という印象を壊すようなことは主人にはさせられない。
しかし、ローゼノエルがそんな主人ではないということは、誰よりもジョークが分かっていた。
弱冠一〇歳でありながら、父帝と母后が住んでいた「母星」を離れ、第一四皇女ローゼノエルに与えられた惑星”キルノエル”に住むことになったときも、嫌とは言ったが涙は決して流さないようにこらえていた。
嫌いだ、嫌だ、したくない。
何度も言葉にしたことはあったけれど、逃げたことは一度たりともなかった。
皇女には必要ないと言われても、一度自分でやり始めたことだからと頑なに止めることを拒否したスーパー華道ですらもやめなかったのだ。
あのスーパー華道を辞めなかったのだ。
暇だから、といろいろな芸事をしているローゼノエルの祖母にあたる先の皇后ですら、あんなのしても無駄だと言ったスーパー華道を辞めなかったのだ。
だから、ローゼノエルはそういう主なのだとジョークは思っていた。
「ローゼノエル様、朝です。失礼いたしますよ」
「うむ、ジョークか。今日は太陽が明るいな。まさか朝の五時に日が昇るなんて聞いてなかったぞ」
「夏の日差しは初めてございましたね。この銀河系にやってきてからもうすぐで一年が経とうとしておりますね。ローゼノエル様は身長を大きく伸ばされ、このジョークはうれしく思います」
「朝からうるさいやつだな。それで開港式の準備は終わったのか?」
「はい。ローゼノエル様がおっしゃられたように、宇宙花ではなく、この銀河系でとることのできる『地元』の花をご準備いたしました。ですが、包装もせずにどうされるのですか?」
「簡単なことよ! わたしのスーパー華道を見せるときがきたってことよ!」
「ぬおおおおおおお! やっと、ついにですか! 先の皇后さまにも無駄と言われた、あのスーパー華道を披露できる時が!」
「いくらなんでもちょっと言い過ぎじゃないの……」
ローゼノエルと談笑していくうちに、ベッドのすぐそばの机にジョークは朝食を置いていく。
すでにローゼノエルは寝巻から皇女としての正装に着替えを済ませている。
皇女であるならば側仕えの手を借りて服を着るものだが、ローゼノエルはそれを許さず、自分でやっていた。風呂もである。
開港式というのは、ようやくこの銀河系に宇宙港ができる、ということだ。
宇宙港として機能していたものはこれまでもあったが、あくまでも仮の港に過ぎず、主要な客人を迎え入れるには格が足りなかった。
けれど、こうして銀河系キラの主星であるキラノエルに宇宙港が開港する。
ローゼノエルはこの日を楽しみにしていた。
「うーん、うん。楽しみにはしていた。楽しみにはしていたけれど、本当に仕事しなきゃだめー? こっから系内放送を使ってじゃだめなの?」
「銀河系内用の領主放送はあくまで、緊急時などやむを得ないときだけなのですよ。それに、開港式は二か月以上前から予定されていたことです。ジェットラートお兄様もいらっしゃいますし、頑張ってくださいませ」
「お兄様が来るのはうれしいのよ。けれど、その後、系内の一五の宇宙港の視察ってなんなのよ。そもそも、この星の宇宙港を合わせれば一六も港を一気に開ける必要があった? 別に違う日でもいいじゃない!」
「よろしいですが、ジェットラート兄様はなんとおっしゃるでしょうか。『一六も宇宙港を開港できるなんてローゼノエルはすごいな!』と『主星だけ宇宙港を開くなんてすごいな!』どちらが聞きたいのですか?」
「ぬうう。それはもちろん、前者に決まってるけれど……」
ぐだぐだ言っているのはいつものことなのでジョークは意に介さず。
ローゼノエルがお兄様と呼ぶのは、一〇八人いる皇子の中でもジェットラートを含め、五人しかいない。
お気に入りお兄様が来るのがうれしくて仕方がない、と言うようにローゼノエルは足をぶらぶらしている。
三枚目のパンケーキを食べ終えたところだった。
緊急通信でローゼノエルの室内にジェットラートの顔が映りこんだ。
大食漢な皇女のために、さらにはまだ二枚パンケーキが残っていた。
「ジェットラートお兄様! どうしたの? 緊急通信を使うなんて」
「やあ、愛しのローゼノエル。どうやら、今日の開港式に合わせてキラノエルに向かっていた海賊船団に攻撃に遭っているみたいでね。装甲が……とにかく、敵がちょーっとだけ強いから、式に遅れるかもしれないんだ。お兄様の遅刻を許してくれるかい?」
「それぐらい大丈夫よ! でも、お兄様、兵を出さなくても大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。なんて言ったって、僕は愛しのローゼノエルのお兄様だからね」
あわただしい様子の船内が通信には映されていた。
ローゼノエルは少しだけ心配そうな顔をしたあと、まああのジェットラートお兄様なら大丈夫でしょう、とつぶやいて一口大のパンケーキを口に入れた。
ジョークはそれを見て、呆れたように笑った。