09<帝国の黄金>
「アテマ王国からいくつか情報が届き届きました。これ、何だか分かる?」
マリアンジェラ様は一枚の金貨を差し出しました。
私は手のひらを覗き込みます。
「これは、ずいぶん昔の帝国金貨ですが、今はほとんどが回収されています」
「そう、アリとキリギリスを改変した皇帝の時代の通貨。これ、我が国との密貿易で使われているの」
「まさか! でも……」
「どこかの貴族がずっと持ってていて、こんな時だから出てきたのかな、と思っていたのだけれど、それがけっこうな量なのね。これ、今はどこにあるのかしら?」
「お城の地下金庫に厳重に保管されているはずです」
「どこにでも獅子心中の虫なんているけれど、この国はちょっと数が多いのかしら?」
「はい……」
「世界を大洪水が襲った。でもキリギリスが奏でるバイオリンの音色で、神はその洪水の、一部だけを鎮めた。アリたちは流されてしまったけれど、キリギリスは助かった。これがこの国のバイオリンなのかしらね」
マリアンジェラ様は帝国紋章が刻まれた金貨をつまみました。
この国だけに通じる寓話です。
「大洪水なんて起こらなかった。寒い冬がやってきて、アリたちは蓄えた食料を食べて助かったけど、キリギリスは飢え死にした。それが本来の寓話だもの」
マリアンジェラ様は金貨を差し出します。
「これ、持っていって。他にもあるから。あの人に話すといいわ。それと王妃様自ら、こちらに乗り込むと言っているそうです」
「分りました」
「セラフィーノって悪くないわよね。落ち着いたらもう一度正式に婚約して、私がこの国の王妃になれば、絶対うまくいくわ。どう思う?」
「どうでしょうか……」
「王妃様も、是非そうしなさいと言ってくださっている。両国はそれでうまくいくと思う。それも伝えて下さいな」
「はい」
お二人はもう、お前、あなたと呼び合う間がらです。
「あなたはどうなのかしら?」
心がチクリといたしました。私の立場は永遠に決まっております。
「私はただいつまでも、セラフィーノ様のおそばにお仕えしたいだけです」
◆
「ふむ、噂は耳にしていたが実物を見るとはな。それなりの量が出回っているのか……」
以前使用されていた高額貨幣の金貨と大振りの銀貨は、すでに大半が国外に流出したと聞いております。
その穴を埋めるために発行された貨幣は、あまり信頼されていないようです。
現在主に流通している貨幣は、金の含有量が少ない金貨と小さな銀貨、それに銀を含んだ銅貨です。
失政と言ってよいでしょう。
「この金貨は、一体どこに保管されているのですか?」
「私は知らん。そして父上も知らない。知っている者はこの金貨を作り、そして回収した始祖帝だけなのだ」
「それではこれは、いったいどこから?」
「わからん。この皇城のどこか、だとは思うが……。見つけた者が、勝手に持ち出しているのだよ。一部だけかも知れんし、過度な期待は禁物だ。私が期待しているのは廃坑となった金鉱山の方だ。始祖帝は、金は枯渇したとしたが私はまだあると睨んでいる。通貨の流通量として必要な分を確保したから閉山としたのだ。貨幣価値を保つためにな」
それからアリとキリギリスの話と、再びアテマ王国王女と婚約を結んではどうか? との話をいたしました。
「これがキリギリスのバイオリンであること、間違いないな。あちらはアリか。そうかアリなのか……」
殿下は難しい顔をされました。
「アリは甘いものが好き――かな? 飴玉はやはり必用か」
それが金貨なのでしょうか? 私には分かりません。
あるいは、他の何か約束事などか――。
「寓話など、いかようにも解釈できるわっ。ご先祖は意地悪な男だったのだな」
「あの――、再婚約の話は……」
「はははっ、それは冗談だ。お前はからかわれているのだよ」
これが殿下の結論です。
私はホッといたしました。