08<皇太子の助力者>
私はバスケットにパンを入れ皇城の地下へ向かいました。
隠し通路に入り、そこからまた複雑な廊下を通ります。そしてまた隠し扉を入ると、そこには豪華な調度品が並ぶ部屋がありました。
「パンをお持ちしました」
「ありがとう。嬉しいわ」
テーブルの上には、外から運び込まれたであろう食料が並びます。
籠に山盛りの新鮮なフルーツ、ぶどう酒の瓶。
そして保存用に瓶詰めされた野菜や干し肉などの食材の数々。
それらは皇城の地下に作られた隠し部屋より、外へとつながる秘密の脱出路から運び込まれました。
「ビスケットも持ってきてくれたんだけど、ここのライ麦パンはとてもおいしいわ。私の国のとは何か違うのかしら?」
「酵母菌だと思います。古くから我が国だけに伝わっていると聞いております」
「そう、でも残念ね。帝国じゃ、ライ麦パンなんてあまり食べる人もいないでしょう」
「今はそうでもありません。でも、最近はそのライ麦パンも少なくなってきています」
「残念ね」
アテマ王国の令嬢マリアンジェラ様は、一旦帝国を脱出したと見せかけ、秘密通路を通りこの城の地下室に戻って来ておられました。
ここは万が一のために皇族が避難される部屋。
そして外へと脱出するための秘密の部屋です。
「その酵母の提供を求めようかしら? 国家機密?」
「各家庭に伝わっている味です。特別な何かではございません」
「あはは、そう。アテマ王国の腕利き間諜に盗ませるわ! あの人への借りにしたくないしね」
そう言って少女のように笑われます。
「ここ、見つかったりしないのかしら?」
「そのような兆候はございません――」
「そう……」
城の東西南北にこのような施設があり、たとえ一カ所が発見されたとしても、また別の出口から脱出できるようになっております。
存在を知りうるのは皇族とごく少数の従者たちだけです。
平和な時代が続き、最近はその存在を知る者少なくなってきました。
「――ご安心ください」
「素晴らしい蔵書ね。ここ、退屈しないわ」
長期滞在――隠れる時のためにと書架が並びます。
全て同じ本が皇室の図書室にも用意されております。
「エリーザ様、アリとキリギリスの寓話。ご存知かしら?」
「はい、もちろんです。この国にも古くから伝わっております」
「この国の話は私も聞きました。冬がやってきて、遊んでいたばかりのキリギリスはさぞや困ったことでしょう」
「はい。でもキリギリスは、最後は助かりました」
「おかしな話よね。私の国とは全然違う話。この国の初代皇帝が、勝手に改変したと言われているわ」
「その通りだと思います。この国の武力は、キリギリスのバイオリンであるべき、と教えられましたから」
「都合よく改変したものね」
「……」
どのような意図でそのような寓話改変がおこなわれたのか? 今は知る者はおりません。
セラフィーノ様は以前、始祖帝の性格を後世に知らしめるためだとおっしゃりました。