06<酒場にて>
帝都ヴィンケルに宵闇が訪れます。
私は路地裏の奥にある、小さな酒場へと向かいました。
昔は賑わっていた店も、今は閑散としております。
私はカウンターでお代を払い、黒ビールのジョッキを一つもらいました。
二人の男性が小声で話をする席に向かいます。
「あの……、ここ、よろしいですか?」
「おおっ。これは、これは。どうぞどうぞ。構わないよな?」
「好きにしろ」
近衛師団長のアマデオ様は、いつもと同じで明るく言ってくださいます。騎士団長のオラツィオ様も、いつもと同じ表情で言いました。
「将来お妃様が、こんなところに一人で来てよろしいのですか?」
あくまで冗談ぽく、そう言われます。
「はい。失礼いたします――」
私は友情を確かめ合う二人に割り込む無粋者として座りました。
「――まだ私はメイドです。今日はメイド仲間から、街の様子などを聞いて回りました」
「情報収集ですか。それは感心だ」
私は答える代わりに、小さく微笑みました。
給仕たちが飲み終わったジョッキを片付け、そしてお代わりやおつまみの注文を受けます。皆顔馴染みのメイドたちです。
「軍の知り合いから聞いたんだけどなあ。アテマは西の国境線に大部隊を貼り付けているんだって?」
「当然だ。第二王女が来ていたのだからな。しかしそれも終わる。そろそろ引き上げ時だろう」
「腹が減っては戦ができぬか」
対応するために帝国側も、王都防衛部隊を抽出して国境の備えを増強しております。
そして補給は心もとないようです。
「しばらくそれはありません」
お二人は私の言葉に少し驚いてから、顔を見合わせました。
「ふうむ……、そうですか。我が軍の中にはアテマ王国から食料を分けてもらい、仲良くやっている者もおるとか……」
「友好だよ。良いではないか? 私の部下もそうしているかもな」
「騎士も空腹には勝てんか。破談と知ればいずれは互いに引くし、衝突はやはりないかな?」
「分からんぞ。 婚約破棄に逆上して国境を突破するかもしれん」
オラツィオ様はあくまで冗談のつもりなのでしょうが、真剣な表情を崩さずに言われます。
「かんべんしてくれよ……」
アマデオ様も同じように返します。
「アテマ王国は引きません。帝国軍も動かないのでは? ここ帝都しだいですが……」
私の言葉に、お二人は再び顔を見合わせました。
「ふむ、興味深いですなあ……。ところで殿下とは、どこで知り合われたのですか?」
「無粋だな……」
「まあ、そう言うな。お前だって気になるだろ?」
これは私の立場をはっきりと告白する儀式です。
決断の時が近づいております。
「私は幼少の頃、魔獣に襲われ死の刻印を刻まれました。救ってくださったのが、殿下なのです」
「刻印を中和した? そんなことができるのか。おい、知ってたか?」
「才能の片鱗は見たことがあるが……」
「昔、出身地近くを殿下が訪ねられました。私は滞在した屋敷のお手伝いにあがりました。その時の話です」
「なるほど。それは大きな絆ですなあ」
「あの人と出会わなければ、私はもう生きてはおりません」
お二人は力強くうなずかれました。