04<帝国の現状>
「朝ですよ。殿下……」
目覚まし代わりに、私はベッドの殿下を揺すります。
多忙なブルクハウセン・セラフィーノ様の朝は早いのです。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
私はカーテンと窓を開け放ちます。
殿下はあくびを噛み殺し寝室のバルコニーに立ちました。
私も隣に並びます。
裏門には出発の準備を整えている馬車が数台見えます。
「あちらの朝も早いものだな」
深いベールをかぶった、銀髪の女性がそそくさと馬車に乗り込みます。
「噂を流す者どもによって、本日中に婚約破棄は帝都中に伝播するであろう」
「民衆は大いに落胆するはずです。この婚約、同盟に望みをかけていた者も、たくさんおられますから」
私には目に見えるようです。
酒場のネタ、噂話で語られる不平不満。他国にさえすがった希望は打ち砕かれ、明日は更に見えなくなります。
その先は不安だけが残ることでしょう。
鉾先がアテマ王国に向かないともかぎりません。
「賢明な措置だな……」
早朝の出発。再交渉は無駄と、アテマ王国は意思を示しました。
しかしまた、他国との同盟と聞いて期待する者もいるでしょう。
セラフィーノ様は、去りゆく車列を見送っております。
「それでは後ほど」
「うん」
私は寝室を出てキッチンに向かいました。
扉をノックしティーワゴンを押し入室すると、セラフィーノ様は執務机で書類を読んでおられます。
私はお茶と共に、一枚の紙を差し出しました。
「昨夜から帝都に撒かれているビラだそうです」
「ヤツら手回しがいいな。もう印刷しているのか……」
そこにはアテマ王国令嬢との婚約破棄、そして他の国との同盟の進展など、楽観的な記事が書かれています。
政策はうまくいっていると。
「こんなのは嘘っぱちだ」
「はい」
ただし私のことについては、まったく記されておりません。
新たな婚約者など雑魚程度だ、との扱いなのです。
事実です。
殿下は薄いお茶を飲み、朝食が用意されたテーブルへと移動します。
若干の野菜に黒いパン。これが帝都の現実でした。
物資が極度に不足してまいりました。
「ところでエリーザ。そなたの一族の者は皆元気かな?」
「はい元気にしております」
殿下のお母上がアテマ王国からこの国に嫁ぐとき、数名の貴族もまたこの国の貴族と婚姻関係を結びました。
あるものは婿に入り、あるものは嫁としてこの国にやってきました。
その者たちはそれなりの権力を得ましたが、皇妃追放とともにその力は衰えております。
私はその一族の一人なのです。
アテマンツィ・マリアンジェラ様との婚約を破棄したとしても、それでもアテマ王国との絆は残る。
そんな理屈もそれなりにたつ相手が私なのです。
◆
午前中の帝国審議会が始まりました。
私も婚約者として、本日から同席いたします。
身分は皇室付の貴族メイドのままですが、昨夜のお目通りが婚約の了解と解釈されました。
デマルティーニ様は最初に、この婚約破棄がいかに有意義であるかと説きました。
アテマ王国を排除することにより、他国と同盟を結びより援助を得られる、と力説しました。
家臣団の中には懐疑的な目を向ける者はいましたが、このメンバーの大半は現帝国皇と宰相を支えている者たちです。
ブルクハウセン・セラフィーノ様は孤独でした。
私がお支えせねばなりませぬ。




