03<父と子>
そろそろ宴も終わったころですね。
セラフィーノ様は執務室の机で一人何かを考えておられ、私は黙って扉の横に立ち続けています。
パーティー用のドレスから、いつものメイド服に着替えました。
やはりこちらの方が落ち着きます。
ノックの音が小さく響き、私は扉を開けました。
呼び出していたデマルティーニ宰相が現れます。
「どうだったかな?」
「よろしいかと思います。これでアテマ王国は我らが帝国との同盟をあきらめましょう」
「うむ、ところで同盟を申し込んできた隣国とはどこなのだ?」
「まだ秘密交渉でございます。具体的な名までは明かせませぬ」
「この後におよんでか?」
セラフィーノ様は宰相に睨むような視線を送ります。
一方デマルティーニ様は意に介することなく、冷ややかな表情をいたしました。
「慌てめされるな。皇帝陛下ともよく話しております。ご朗報をお待ち下さいませ」
「勝手が過ぎるのではないか?」
「全て陛下と、我ら家臣団で相談のうえ進めております」
セラフィーノ様は不満げに、デマルティーニ宰相は余裕の笑みで複雑な睨み合いが続きます。
「お席の座り心地はいかがでしたかな?」
「姑息な……」
「我らにお任せ下さいませ。いずれは殿下のご定席となりましょう……」
今夜会場に入った殿下は、すぐに椅子の仕掛けに気が付かれました。私は設営上のミスだと思っていました。
「父上は――、陛下はどこにおられる?」
「家臣団と会議中であります」
「こんな時間までか? 会ってくる」
「しかし……」
「わかっておるわ。顔を合わすだけだ。長居はせんよ」
セラフィーノ様は執務室を出られ、私は宰相に一礼して続きました。
皇城を出て離れの屋敷へ、二人で廊下を進みます。
会議とは陛下のお屋敷、宴会の間で行われているのでしょう。
「父上、お話があります」
「おう、セラフィーノか、よく来たな。まあ飲めよ……」
皇帝陛下はテーブルの上にあった数枚の金貨をポケットに押し込みました。そのまま殿下に手招きします。
「いえ、お時間は取らせません。少々聞きたいことがあるだけです。それとご報告も――」
「うむ、座りなさい」
セラフィーノ様は、それには応えず立ち尽くします。
帝国皇の両脇には女たちがはべっています。
そして周囲は、家臣団とは名ばかりの腰巾着たちばかりです。
執務の全てはデマルティーニ宰相が取り行っているといっていいでしょう。
皇太子のセラフィーノ様とて、さほど影響力を発揮できないのがこの国の現状なのです。
「婚約者も呆れて逃げ出すわけだ……」
セラフィーノ様は小さく呟きました。
「アテマ王国の王女に婚約破棄を言い渡しました。明日にでも帰国するでしょう」
「聞いておる。よくやったな。まあ、飲め」
陛下はグラスにどぼどぼとお酒をつぎました。
「改めて私は婚約しました。よろしかったのですね?」
「結構結構。つまり女ならこの国の女に限る。私はそれで失敗した」
セラフィーノ様の母は、アテマ王国の伯爵令嬢様でした。
三年前に現皇が追放いたしました。
今はご実家に戻っておられます。
その時からぎくしゃくした両国関係を、セラフィーノ様はなんとか修復しようといたしました。
それゆえの婚約でしたが、結果は最悪の破談でした。
かえって関係がこじれてしまったのです。
皇太子としての求心力は、更に低下したかもしれません。
そして新たなる婚約相手が私。
お付きのメイド兼婚約者など、たぶん酒場のお笑いネタです。
「時々は母のことなど思い出しませぬか?」
「ああ、口うるさい女だった――」
「……」
「――そんなことばかり思い出すわっ!」
「そうですか……」
「心を入れ替えれば、呼び戻しもしようものを」
なんともはや、お互いただの意地の張り合いか、はたまたすれ違いなのか? 帝国皇の表情からは、憎しみなどみじんも感じられません。
「私はこれで失礼いたします」
「なんだ、飲んでいかんのか?」
「次の機会にでもお付き合いいたしますよ」
取り巻きの皆様は帝国皇と皇大子とやりとりを、ニヤニヤと眺めています。
「その女か? ブルクハウセンの血だな……」
皇帝様はチラリと私を見ます。
セラフィーノ様は極力感情を表に出すまいと努めて、父親に背を向けました。