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いつ何時も服部は笑む

作者: L'Arc-en-Ciep


恋には終わりがある方が、ずっと楽しい。


byヘルマン・ヘッセ


僕は嫌なことを考えていた。


そんな僕を見てか、彼女は心配そうに


「人って落ち込んだ時はお空を見上げたらいいんだよ?何でだと思う?」


人がごった返す蒸し暑い河川敷、服部(はっとり)は微笑みながら僕に問いた。


いきなり出題された易しくない問題にたじろぎながらも、少し考えて僕は口を開く。


「涙がこぼれ落ちないように、じゃない?」


短時間で考えた割には最もらしい答えを導き出せたはずだ。

周りの人がザワついているのは、今から花火が打ち上がるからか、それとも僕の答えが素晴らしすぎたからか。


ドヤ顔で服部の方を向くと、


「違うよ。」


自信満々に間違えた僕の顔に、服部はまた笑った。

彼女の笑顔は間違いなく、世界で一番可愛い。


「宇宙って広いでしょ?無限に広がってるでしょ?そんな大きい空間で生きてるって考えたら、今まで考え込んでたこともちっぽけなことだったな!って思えるじゃん?」


期待した僕がバカだった。

もっとタメになる答えを聞けると思ったら、これだ。

そもそもこの問題に正解なんてあるのか。



可愛い彼女と花火大会に来ている。

こんな時なのに、僕は嫌なことを考えている。


いや、こんな時だからこそ考えてしまうのだろう。

そして、それは僕以上に、服部を悩ませているだろう。






服部は病気を患っていた。

急性カラダガジョジョニカタマルーゼ。

その名の通り、体が徐々に動かなくなっていき、最終的には心肺も動かなくなり死んでしまう病気。

発症しまう原因も治療法も明らかにされていない難病だ。


若いうちは進行が遅く、最初のうちは特に生活に支障はなかった。

が、発症したのは1年前のため、今では左腕と右足の足首から下がろくに動かず、誰かが支えてないと歩くことが難しい。

それに追い打ちをかけるように日々、症状の進行は早くまっていて、ある日は肺が一時的に固まり、救急車に運ばれたこともあった。




最愛の人の終わりは近い。なんとなく、そんな感じがする。

そして、それは彼女も気づいているのか、ここ最近、妙に「思い出をたくさん作りたい」の言葉が増えた気がする。


そして今日もその"思い出作り"の一環として、花火大会に来たのだ。







「ねえ?聞いてる?返事は??『はぁ〜タメになったなぁ〜!』は??まだ聞いてないよ?」


服部は口を丸くとがらせ、不満そうにしている。


ごめんごめん、と謝っていると、後ろから どん と大きい音が聞こえた。


「あ、花火だ!打ち上がったよ!」


服部の向くほうを見ると、飲み込まれてしまいそうな深い黒を背景に赤と黄の大きな花が明々と咲いていた。

花火大会が始まったのだ。




次々と打ち上げられる花火に観衆たちは釘付けになった。


取りまくもの全てが脇役に見えるくらいに壮大で、

この瞬間だけは年齢なんて関係なく、みながみな少年のように目を輝かせる。


そして服部もその例に漏れなかったらしく、誰にも負けぬとばかりに空に咲く花にのめりこんでいた。



ずらりと並ぶ屋台の灯り。汗と風とソースの匂い。


夏を実感しながら、すかさずポケットからスマホを取り出して、その絹のように繊細で美しい笑顔を横から撮る。


カシャ。





この時間がずっと、続けばいいのに。

この人とずっと、一緒にいられるだけでいいのに。























服部が死んで、1か月が経った。




時計の長針は1分ごとに歩みを進める。

カラスがごみを漁って飛び立つ。

木々は柔風に揺れ、止まって、また揺れる。



あの日からも世界はずっと動いているのに、僕だけは1か月前に置いてきぼりになっていた。




服部は僕の全てだった。

服部がいなくなってから僕は、時間の進め方すら忘れたみたいだった。



最期には顔の筋肉も固まって、服部は笑う事すらできなくなっていたのに、

皮肉なことにスマホの中ではずっと、笑顔のまま横を向いていた。



もう二度とその笑顔を正面から見ることは出来ない。

もう二度と目を合わせることは出来ない。



言葉にできない悔しさは、口から出せない分、目から溢れてくる。


僕は急いで立ち上がり、ベランダに出て、空を見上げる。








「ほら。やっぱり正解だ。」


涙をこぼさないように僕は、しばらく顔を上げ続けていた。



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