八話 勧誘
にしても、まさか『獣』だったとは。
別に助けた事には後悔はない。知らないヒトとか死にそうなヒトすべて助けるなんて大層な願いはないにしろ、流石に目の前で危険になってるヒトは見逃せない。そりゃ、俺が行っても足手纏いになる時だってあるだろうさ。それでも、できる範囲なら、助ける事はしたい。
けど、まさか『獣』を助ける事になるとは思ってなかった。こんな、ヒトの成り損ないのような奴と関わっても、良い事なんて無い。
なのに、やっちまった。そりゃ目の前で死なれるよりかは、全然良いさ。そんな嫌な事になるよりかは、そりゃ全然良い。
でも、獣人なんかと関わったら、良い事なんて一つもない。
「助けてくれて、ありがとニャ。おかでげ命拾いしたの」
「そうかよ。それよりさっさとパーティーのところに帰れ」
あいつには、護衛だのなんだの言われたが、別に言う通りにする必要もない。
「それは無理ニャ。あれは短期契約の、ミャーがお邪魔してたパーティーニャ。ミャーが入らなかったら、ああはならなかったの」
「そりゃ、流石に自意識過剰だろ」
「でも、前はこんな事なかったって、そう言ってたニャ」
獣の肩を持つようで嫌になるが、モンスターの襲撃とか、運任せだ。全くバレない事もあれば、事あるごとにモンスターに遭遇する事だってある。
それに誰かのせいでモンスターが来たって話は、……。獣だとあり得るのか。
「まあどこでも良い。だからさっさと行け。俺のやる事はもう終いだ」
「でも、」
「別に、恩を売りたくてやってた事じゃねえ。そんなのいちいち気にすんな。それよりさっさとどっか行けよ」
「……わかったニャ」
これで、獣とも別れられる。別に俺のこの性格を変えるつもりはないが、なんで獣なんか助けたかね?
「……経験値稼ぎでもするか」
不味いとは言え、やらないよりかはマシだろう。それに、開けた場所だから、逃げるのも襲うのも楽だろうし。
____________________
「本格的に、外も調べるべきだと思いますね」
「それが本当なら、だな」
「まあ、こんな不確定なタイミングから人員を割ける内容ではないですが。それでも、万が一があれば困りますのでね。適当にこちらで調べるつもりですが」
「でもなぁ。昔から、モンスターなんて地上に住み着いてるしな。その辺りの見分けなんてできねえだろ?」
「そこですよね。昔から住み着いているのは、ダンジョンのモンスターよりも危機察知能力が強いですからね。僕達が発見したとしても、すぐに逃げてしまう。それに住処まで変えますからね。そのタイミングでごちゃ混ぜ、なんて余裕で起こりえますよ」
モンスターが地上に侵攻した時に、可能な限り討伐はした。だがどこから湧いてくるのかわからない相手に、すべてを殺す事は不可能だった。そのため、一部だが地上に住み着くモンスターがいる。
だがそのモンスター達は、異常なまでの警戒心がある。簡単には巣から出てこず、ヒトに見つかる事なんてまずない。あったとしても、すぐに逃げ、姿を隠す。それこそ見間違いだと思うレベルの速さで隠れてしまう。
「それと、近々モンスターが一斉に動き出す可能性もありますね。今回は潜っていた期間も短いので、正確なところはわかりませんが。それでもこの短期間で二度も、複数のモンスターが協力している場面に遭遇しましたのでね。かなり近いと考えて問題ないでしょう」
「それは良い情報を貰ったな。ちゃんと警戒しておくが、冒険者達が信じるかが問題だな」
「なに、大丈夫でしょう。あの人達は、情報より直感を信じます。僕達がなんと言おうと、その時に起きてる事を整理して、どうするかを判断してますよ。まあ新人は知りませんが」
「俺としちゃ、それの心配なんだがな。無駄に言う事聞かないくせ、その直感なんかも鍛えられてないんだ。厄介極まりないさ」
冒険者は、自分の直感を信じる。他人を信じる訳ではないが、他人の言葉より自分の目で見た事を信じる。
それは新人のヒトほどそうなる。それは、自分が優れているなどと勘違いしているからなのか。それとも面倒くさい爺の言葉なんかに貸す耳を持ちえないのか。
まあどちらでもいい。どういう訳か、新人の冒険者の方が、ギルドなんかの言う事を信じないのだ。しかもベテランのような、直感が優れている訳でもない。
「まあ僕ははしばらく外に居る事になると思うので、そちらは知りませんよ。そもそも僕を戦力としてカウントしてもらっては困りますし」
「そもそもお前って、外に行けんのか?」
「流石に、旅行と言う訳でも無いですしね。仕事ですのに出してくれないとなると、そろそろこの国にも愛想を尽かしますが。こちらは情報屋なので、多少は切り札を持ち得てますし」
「そんなんだから、国外に行くことを拒否られんだよ」
もちろんとして、イルはすべてを知っている訳ではない。というよりも、すべてを知れば、生かす理由が存在しない。
だがまあ、イルは情報を集める事において、恐らく上はいない。どこの国で見ても、恐らくではあるがこれ以上優れた者はいない。なにせ、イルの覚えている魔法は、基本攻撃ではない。活用しようとすれば、できなくはない。ないがやはり本来の使い方でこそ本領が発揮される。
その結果、誰と知られる事なく情報を得る事ができる。
このような脅しをしているため、情報を持っていることはなんとなく理解できるだろうが。何を知っていて、何を知らないのか知る事ができない。もちろん何一つ知りえてない可能性もあるわけだが、そんなウソをついているような素振りではないのだ。
だからこそ、その話に信憑性が湧く。だからこそ、国外に行くのにも、いちいち面倒な手順を踏む必要があるのだが。
「おや?先にあなたが帰ってきたのですか」
「ニャ?あの時の」
「どうした?お前が冒険者に知り合いなんて珍しいな。……いや、亜人だとそうでもねえのか」
そこには、イルが先ほど助けた獣人がいる。
栗色で毛先が少し飛んだ、肩ぐらいまで伸ばした髪。髪より少し明るいぐらいの色をした眼。そこに猫に似た、縦長に狭めた瞳孔が。そしてヒトと同じ場所には耳が無く、これまた猫に似た三角形のような形の耳が頭についている。
「まあ、知り合いと言えば、そうでしょうね。それで、どうしたのですか?あれは、発言こそあれですけど、実力はそこそこあったと思いますがね」
「別に、死んでない、と思うニャ。あの後すぐに別行動になったの。だから、死んでないとは、思うニャけど」
「ああ、なるほど。この国では露骨なヒトは少ないですが、獣人は嫌われ者ですもんね。あれは、例に漏れず、そういった根拠ない噂を信じるヒトですもんね」
「一応補足するが、お前は異常な思考の持ち主だって事。忘れんなよ」
「異常とは何です?獣人やドワーフだからなんだと言うのですか。ただ少し見た目が違うだけじゃないですか。そこに人間性などに違いはありませんよ。そう決めつけるヒューマンが一番モンスターに近いと思いますが」
「そこな。最後の一文さえなければ、立派な思考の持ち主で終わるんだよ」
この世界には、いろんな種族が暮している。だが獣人だけは嫌われている。特にヒューマンから。
獣の特徴が出ている獣人は、モンスターの見た目に似ている。もちろんモンスターではないのだが、勝手な噂と、それを広めた勝手なヒト達のせいで、獣人は忌み嫌われている。
「そうそう。あなた。他にあなたを保護してくれるようなヒトはいないのですか?」
「……いないニャ」
「まあそうでしょうね。獣人と言うだけで嫌うようなヒトしかいない町ですし、それが当たり前ですよ」
いくら他種族が集まっている国であっても、そういった嫌な噂は簡単には消えてくれない。
「お前ってなんでこう、いちいち余計な言葉をつけるんだ?そんなんだから嫌われてんだろ」
「別に他人の評価で自分を変えるつもりはないのですがね。そんな窮屈な過ごし方をして、一体何が良いのか。僕には判断しかねますよ」
「はいはい、俺が悪ぅございました」
「別に責めている訳ではないのですがね。そうそう、話が逸れました。他に行く場所が無いのなら、うちに来ませんか?まあ冒険者をやっている、で良いのですよね?」
「当たり前だろ。お前以外に一般人がダンジョンに入るもの好きなんていねえよ」
「その冒険者がうちに居たら、獣人など関係なく嫌われる事になるでしょうが」
「いいのかニャ?」
「別にあなたの自由ですよ。まあうちに来たら、仕事を手伝ってもらう事にはなりますが」
「おいおい。お前ってそんな節操無しなのか?」
「別に僕も誰彼構わず勧誘する訳じゃないのですが」
「知ってるって。仲間の事でも思い出してんのか?」
「まあこれも何かの縁ですよ。それに、あの店はこういう時の為にあるのですから」
ブックマークと評価をしてくれると嬉しいです。