七話 報告
確かに苦戦はしてた。誰かを守りながら戦うってのは、想像以上に厳しかった。
俺だけを狙ってくれる、あの最初のモンスターの大群との戦いは、まだ簡単だった。言っても個の力はそこまでしかないモンスターだ。確実に攻撃を当てて、逃げるを繰り返すだけで何とか出来るレベルだった。
けど、それは出来なかった。モンスターにも考える頭があるんだろう。俺が逃げるって判断したら、近くにいる相手を狙う。俺が面倒な相手だと判断したらな、簡単そうな奴を狙う。
おかげでモンスターが思い通りに動いてくれなかった。そういうより、想定外の動きが多かった。
まあ、それは良い。結果論としか言えないけど、置いて行かれてた人は怪我なんかもしなかった。時間をかけたらどうなってたのか知らないけど、それでも大丈夫だった。
それより、あいつだ。そりゃ、言われた通り、あいつの事を舐めてた。
冒険者なら、相手の実力を見極める目が必要になる。パーティーを組むにしろ協力を頼むにしろ、相手の実力がわからないと意味が無い。
そりゃステータスなんて数値化されてるから、自分で判断する必要はないのかもしれない。それを聞けば、実力を見極める目なんて必要ない。だって数値化されてるから、自分と比べてどうか判断できる。
だが、それはあくまでもパーティーを考える時だろう。もちろんその数値だけを判断基準で決めて問題になる事もあったが、まだあんなの甘い。
冒険者をやっていると、モンスターの襲撃なんかで危険に陥る事がよくある。咄嗟に助けを呼ぶ必要があるが、弱すぎる冒険者を呼んだら、足手纏いが増えるだけなんだ。そんなへまをしない為にも、実力を見極められる目が求められる。
そして俺も、冒険者なら、ある程度は判断できる。言って見た目での判断で、正確なところは判断できない。そういうのもできる人種もいるが、俺には無理だ。そんなのを身に着けるぐらいなら、危機に陥らないように力をつけたい派だった。
とにかく、ある程度なら相手の実力を判断できる。もちろんできる範囲ってのはあるけど、冒険者相手だと特に難しい事じゃない。
けど、こいつ相手だと無理だ。なにせ、冒険者どころか、ただの市民以上にやせ細ってる。どこからどう見ても、戦える見た目をしていない。
そして、改めて見ても、やっぱり俺には判断できない。ただの想像でしかないけど、本来必要なはずの筋肉とかすら無いまである。どこをどう見れば、強いと思えるのか。それをわかった人に聞いてみたい。
「何を驚いた顔をしてるのですか?そちらの方は別にいいですけど、君は違いますよね?」
「だから、お前の見た目からはどうやっても戦えるイメージが湧かねえの。俺は何もおかしくない」
「まあどうでも良いです。さっさと帰りますよ。そちらの方はどうします?一人だと厳しいようでしたら、こちらの方が護衛してくれますが」
「人任せかよ」
「そもそも僕は引き受けてない事なので。仕事じゃない事はやりませんよ、面倒な」
その通りだろうけど。そういう事じゃねえだろ。いくら冒険者じゃないとしても、ここまで来て見捨てるってどう考えてんだよ。
「ほら、言ったでしょう?助けたからには、そういう厄介も想定内でしょうに。まあ僕は先に戻ってますので。護衛だったり経験値稼ぎなりは好きにしてください」
「あ?てめえはてめえはどうすんだよ?」
「だから言ってるでしょう?帰ります。やらないといけない事もあるので」
おいおい、マジでか?マジなのか?
戦闘用のアイテムとかを持ってたけど、それを鞄の中にしまい込んでる。特に戦闘のスタイルとかを知らないから、これ以上の判断材料はないけど。それでも、もう戦闘は終了で、さっきまでのような、移動用のスタイルに戻ってる。
「まあ、今回は依頼料などは取らないので。貸しにしても良いでしょうが、その辺りはそちらの方にでも返してください。僕はたまたまモンスターを近くにいたから討伐しただけなので。……まあここで返せるような借りでもないと思いますけど」
いやまあ、そうだろうが。そんな事言わないで良いだろ。
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「おい。情報は?」
「別にあなた方に寄こさなくてもいいのですがね」
「契約と違うぞ?」
「ええ、ですからこうやって渡してるのですよ。ですけど嘘の情報を高く売る事だってできるのですよ?そしてギルドの信頼を堕とす事ぐらい簡単なのですが、その辺り詳しく考えての発言なのですか?」
「はっ。馬鹿にしたいのかもしれないが、てめえの方こそ考えてんのか?嘘の情報を売ってるなんて知られれば、今度こそ評判は地の底だろうが」
「そうですね。あなた方が追い出した剥奪者を、約7年も頼り情報を手に入れ、果てに嘘の情報かどうかも判断できず購入してると。しかも今まで僕の事を一切開示してこなかったのに、騙されれば他人のせいにする。ああ、確かにこれは、僕の評判が下がりますね。困った困った」
「てめえ」
「わかったのなら、早く話の分かる人を呼んでください。どうせ君のような新米から卒業したてなドワーフに、情報の価値なんて判断できないでしょう」
「……!」
こんな、ある意味冒険者が見慣れた景色が、またギルド内で起きていた。
冒険者資格を剥奪された人は、ギルドや冒険者の枠組みを超え、一般の人ですら忌み嫌う存在となる。ただでさえ素行の荒いヒトが集まりやすい冒険者を、更に追い出されたヒトなのだから。
そのため、どんな事だったとしても、そのヒトを陥れるために協力する。例え相手に非があったとしても、剥奪者が悪とされてしまう。
だがそれでも、この場にいた冒険者は、ギルドの味方をしなかった。
そもそも冒険者は、ある一部を除けば、剥奪者を貶したりはしない。特に意識してるつもりはないのかもしれないが、それでもそのような事はしない。同じ死地を、時は違うとはいえ、生き抜いた仲間意識が働いているのかもしれない。もしくは、自分が同じ立場に追いやられた時の事を考えているのかもしれない。
とにかく、ギルド内には、ギルドの味方をしてくれる冒険者はいない。なにせあれは、どう考えてもギルドが悪い。どんなペテン師だったとしても、相手を納得させるだけの嘘を思いつけないぐらいには、ギルドが悪い。
そもそも、情報屋は、ギルドに情報を売る必要は全くない。それどころか、ギルドを介した方が、冒険者にとっては厄介になる。
ギルドも、ただの善意で活動しているわけではない。ダンジョンの入り口の管理をしていて、そこを入るにしろギルドが関わってくる。そのためモンスタードロップの換金などもギルドでしかできないのだが、そこに手数料が発生する。何割、かなんて知らない。そもそもモンスタードロップの本来の価値など、誰も知らないのだから。計算する事もできない。
だが情報は違う。あれは、情報を得た本人が決める事ができる。その情報を得るために、どれだけ苦労したのか。この情報はどれだけ浸透させないといけないのか。色々と基準はあるが、それもこれも情報屋が決める。
冒険者と同じように、命を懸けて情報を得てきてるのだ。それも冒険者の為に。だから、情報屋から直接情報を買うとなると、意外と安くしてくれたりもする。こんな言い方はあれだが、お得意様になれるようなヒトほど、情報屋は重宝したい人材だ。そしてお得意様になれば、死なれると困るので、安く売る事があるだろう。逆に早く死にそうなヒトは、商売相手としてはイマイチ。適当な値段で情報を売る事だってある。
だから、適度に値段を変える。このヒトには安く、このヒトには少し高め、等々。情報屋の気分次第でもある。
だが、ギルドは違う。ギルドはあくまでも中立だ。冒険者に肩入れするつもりもなければ、国家に干渉するつもりもない。干渉されもしない。
冒険者なんてのを作っておいて勝手だが、冒険者が生きようと死のうと、ギルドは関係ない。ただただ、末端の手足が居なくなったに過ぎない。
だから、情報を売るにしても素材を買い取るにしても、一定の値段で変わる事はない。情を入れる事も無ければ、特別嫌ったり好いたりする事もない。だから、そこに差は出てこず、誰も彼も同じ値段で、同じ品質の物が買える。
これだけをまとめれば、情報屋なんていらないと思うだろう。常連からすれば、ギルドの一定の金額から変わらない事に文句を抱く事もあるだろうが、平等な商売をしているギルドの方こそ、重宝されそうに思う。
だが、これは真実ではない。情報屋はぼったくろうと思えばぼったくる事も出来るし、安くしようとすればそうできる。情報の価値を決めるのは、その情報を得た情報屋。
だが、ギルドは少し変わってくる。情報屋から買い上げ、冒険者に売っている。このひと手間があるせいで、手数料など適当な事言い、値段を引き上げる。
そうなのだ。いくら情報屋が高値で情報を売ろうとしていても、ギルドよりは安いのだ。何をどうやったとしても、情報屋と同じ値段で情報を買う事はできない。
ギルド職員も、給料が無いとやっていけない。だから、情報屋から買い取った値段から、上乗せ料金になってしまう。更に、金の亡者となったギルド職員がいれば、その割高料金に更に上乗せした値段で売りつける。
普通、そんな足下を見た商売をしていれば、普通は信頼など得られない。だが、この国には、どういう訳か、イル以外の情報屋はいない。正確に言えばイルも情報屋ではないのだが、情報を売っている人物が、イルだけなのだ。
だがここにも問題が出てくる。イルは剥奪者。そのせいで、通常はダンジョンに潜れない。冒険者だけがダンジョンに潜る事ができるのだ。
そのため、無茶の要件をイルに突き付けているのだ。情報をギルドに売る事。それだけだと無茶とは程遠いだろうが、そんなはずもない。個人でやれば、情報が買われるたびに売り上げが出て、冒険者にとっても、安いとは言えないが、無茶な値段で買う必要もなくなる。
そこを、ギルドが割り込んできた。これはギルド公式の情報で、安全性が高い、と言えば、聞こえはいい。だが本来得られるはずの、情報屋としての信頼や名誉などが、すべてギルドに吸い取られる。
しかも冒険者は、ギルドが金稼ぎしたいがために割高設定の情報を買わないといけない。得をしているのはギルドだけなのだ。
流石に、この辺りまで把握している冒険者はいないだろう。何せ他の情報が、この国にはないのだから。判断できるはずもない。
それでも、この情報を売り渡している剥奪者を悪にできない。そもそも、しなくてもいい事をしているのだ。しかもイルが言っていた通り、自分たちで追い出したのに、それに縋らないとやっていけない、なんてギルドの評判を堕とすだけだ。その辺りを知っているヒトは、ほぼいないが。
「おう、すまんな」
「全くですよ。しっかりと後進育成してください。いつまでこの面倒な事を繰り返さないといけないのですか」
「ははっ。そりゃ無理だぜ。下っ端なのは、金に目がくらんでるせいで下っ端のままなんだ。逆に目がくらんだ天才どもが上に居るんだし。俺達が一斉にやめれば、少なくともここのギルドは潰れるだろうな。まともに働いてるギルド職員なんて、俺と俺の同期ぐらいじゃねえの?」
「はぁ。その通りでしょうがね。そんなのですから、冒険者にすら信頼を得られないのですよ」
「耳が痛いなぁ。ま、俺とお前の仲じゃんねえか。俺の顔を立てる、ってのじゃ無理か?」
「もう諦めているので、どうでも良いですがね。それでは、商売を始めさせていただきます」
「おう、どんな事があったんだ?」
馬鹿が本格的に出てはじめた。
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