三十話 通りすがりの商売
さて。イルが仲間になったまでは良かった。いや、イルが仲間になった事で悪影響が出た訳では無い。ただ、今まで亜人に対する悪評だったり変な噂が、イルと言う変人が入る事により、更に加速したのだ。
具体的に言えば。まず基本的に静かな場所であるギルド内ですら、冒険者達からは罵詈雑言が飛ばされ、ギルド職員にもあからさまな態度を取られる。酒場に行けば、ただのちょっかいと言うレベルを超えた、本気で殺すつもりでいるような雰囲気を漂わせながら、喧嘩を売ってくる。挙句通りすがりのヒトですら、避ける、もしくは罵声を浴びせる、等々。ヒューマンしかいない国特有の、亜人差別だ。
なのだが、仕事は仕事。例え嫌いなヒトが来ようが、商売ならば仕方がない。諦めよう。冒険者なら、ダンジョンに入るのだ。なら、そこで死ねば、もうやってくる事は無いのだから。本人すら気づかないレベルだが、死んでくれと願うほど、亜人は嫌われていた。
だからまあ、彼らは基本的に、ダンジョンに居た。そこに居れば、通りすがりの冒険者と、モンスターだけが居る。冒険者に関しては、下の階層に行けば行くほど、すれ違う可能性も低くなる。なにせ、そこまで行ける冒険者が少ないのだから。無用な言いがかりをつけられないで済む。
だからこそ、彼らはイルのような、知恵に優れたヒトが欲しかった。どのあたりが安全なのか、自分達には判断できないから。
だから、イルこのパーティーに入った事は良かった。イルは自分じゃどうにかできないようなモンスター相手にも対抗できる戦力が。彼らは、どのモンスターが危険かどうか、どの場所が安全かどうか判断できるヒトが。
だから、生き延びる事ができた。だから、気が付けば強くなっていた。
そして、最高到達階層を更新した。それも、一か月以内に十層分も。
これはもう、現在は更新されているが。この時で言えば快挙だ。いや、いつだって最高到達階層が一層だろうと更新されるのは快挙なのだが、それが一度に十層も更新した。これは、本当の強者だけができる事だろう。
おかげで、亜人差別は、多少なりともマシになった。未だに忌み嫌う人物も居るが、少なくともその力だけは認められるようになった。これがまた別に差別になったのだが、これは彼らには関係ない事だ。
そして、彼らへの悪評も又、消えはした。ただ、今までの接し方のせいで、わいわいやるような間柄になる訳では無かったが。
そして、彼らは又、別の国に行った。
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「っと。怪我人、ですかね?」
「お前は諸々と俺達と違うって事を理解してくれ。そして俺には、ごま粒程度にしか見えてない」
「ミャーも、せいぜいヒトが倒れてるぐらいしか」
それもだいぶおかしいんだが。いやだって、百メートル以上ありそうな場所に居るヒトの事なんて、普通見えねえだろ。それに未だに三層だから、雨が降ってる。そうだな。普通に視界が悪い。
「では、少々商売をしてきますかね」
「別におかしな話じゃねえだろうけど。こういう時ぐらい、金を要求しない方が良いんじゃねえの?」
「場合によっては、そうすしますよ」
いや、場合に寄らずにだな。助けてやれよ。こう、悪い話でもないだろうに。恩を売れるって言うかさ。
「ではまあ、出発しますよ」
「あ、そう」
こいつ、本当に金貰ったんだな。安めに売ったのだろうけど、手に金の入った小袋がある。
うん、あの革の鞄は置いていってたから、それ以外は杖しか持ってない。いやもうほんと、モンスターに襲われたとしても、それだけあれば十分って意味だからな。普通にその力が羨ましい。
「それで、話の続きを聞かせるニャ!ドワーフの国とか、エルフの里とか、気になるニャよ」
「エルフの里は別として、ドワーフの国ならば自分で行って見てきたら良いじゃないですか。あそこは獣人だからと言うだけで迫害されるような事は無いでしょうし。ヒューマンが居ない、いわゆる亜人だけの国ですので」
「だから、話を聞かせてほしいニャ!その内容次第では、行くか決めるニャン!」
てかなんでこいつ、当たり前のようにその亜人とパーティーを組んでるんだ?それも、今よりも差別が激しかったって言ってたよな?今でようやく、獣人以外ならそこまで迫害ってか、差別される事は無いけど。昔だとドワーフとかも同じだったんだろ?やっぱこいつの考えは理解できそうにない。
「まあ、どうせすぐ階段ですし、話すのは良いですが」
更に流してたけどさ。こいつ、さらっと到達階層を更新したって言ったよな?いくらサポーターとか言っても、足手纏いだったら、そんな場所まで行けないだろ。え?……え?こいつって、そんな凄かったのか?
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ドワーフの国、と言うよりは亜人の国。そこはビルンスケルの故郷だ。
ビルンスケルは、その国でも一番を争う武器鍛冶師の子孫であり、実際かなり腕のいい鍛冶師だった。
彼は一族の希望だった。彼ならば、幻の魔剣を作れるかもしれない。もしそれができれば、ヒューマンにだって、鍛冶師として認めて貰える。いや、それができなくても、その腕前は誰だろうと舌を巻く事だろう。
彼らは、迫害される事なく、ヒューマンが暮す国で暮らす事ができるだろう。それは、亜人ならば誰もが夢見る事だろう。
だが彼は、それをよしとしなかった。確かに、自分が武器を作る事によって、家族が幸せに暮らせるのならば、それは良い事なのだろう。自分の腕前を、世界中で認めて貰えるなど、最高級の名誉だ。
それでも、彼はそれをしなかった。だがそんな彼を、一族は認める事はしなかった。なにせ、目の前の宝を、失う事と等しいのだから。
だからビルンスケルは、親の反対を無視して、ヒューマンが暮す国まで出て来た。理由は勿論、自分の力を認めさせたい、など陳腐な目的ではない。ドワーフの、鍛冶師としてじゃない、一人の人間として認めさせたい。そのためにダンジョンに潜り、有名になる必要があった。そして、鍛冶師としてじゃなく、普通に暮す一人の人間としても、理解してもらいたかった。
そして、約三年の短い年月で、少なくとも彼は認められた。鍛冶師としてのドワーフではなく、冒険者としてだったが。その時には同じような思いを抱く仲間が居て、そのパーティーで有名になったが。そこは誤差だろう。何せ、有名になり、迫害される事が無くなったのだから。
だがあそこでは、あれ以上の進展はあり得ない。ヒトは、一度進んでしまった道は、戻る事ができない。そのため、今までしてきた行いは、決して消える事は無い。だから、彼らは自分達にはあれ以上の関係を築く事はできない。今まで出来た壁を壊すのは、そう簡単な話ではないのだ。
だから、他の国に行く事にした。そこでもう一度、一からやるため。
だがその前に、一度自分の故郷に帰る事にした。その最初の里帰りが、亜人の国だった。まあ正確に言うならば、補給をしなければならない状態になり、一番近い町がそこだった、と言うだけだが。まあ誤差だ。そう、誤差。
冒険者として活躍した事は、既にいろんな国に渡っていた。なにせ一番大きな国の、そのダンジョンだ。十数年更新されていなかった階層を、一度に十階層も更新したのだ。噂にならないはずがない。
その噂は、この国にも辿り着いていた。変に曲解した噂などではなく、ただただ『亜人のパーティーが最高到達階層を更新した』と言う事だ。詳しく聞かなくても、それはよく聞けた。そして更に、行商人達に話を聞けば、その名前まで聞く事ができた。
その名前は、一度はこの国で一番腕の良い鍛冶師になる男だと言われた、かの名前だ。
まだヒューマン達には完全に理解されていないかもしれないが、既にこの国では、十分すぎたと讃えられた。そう。何処からか彼が帰ってくると聞きつけた国王と彼の一族が、彼を祝う宴を、今までにない規模で行った。
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