三話 ダンジョン探査
ダンジョンで休むって、心が落ち着かない。ダンジョンと言えば、年間で数万人規模で死者を出す世界だ。もちろん世界の全部のダンジョン合わせての死者数で、一つあたりだと数千ぐらいだろうけど。
それでも、油断、とは違うか。そういう場所での、見張りなんかもいない休息ってのは、逆に休息にならない。いくら見晴らしが良いにしろ、何処からモンスターが来るかもわからない。おかげで休憩にならない。
「それに、前はこの辺りに階段があったのに」
どういう訳なのか、その階段が無い。トラップみたいな感じで、階段を隠すように芝でも敷いてるのか?流石にそれは無理だよな。いくら目印が少ない次の階層とを繋ぐ階段だったとしても、結構大きな穴が開く事になるんだし。
「おや?別に寝ていてもよかったのですが。今からはおそらく、休憩を挟む事もできないですし」
「ダンジョンなんかで、呑気に寝れるはずねえだろ」
「そうですか。休憩できるタイミングで、どれだけ休めるかが大事になるのですが。まあ君が良いなら、僕から言う事は何一つないですけどね」
そもそもだけど、しばらく休憩する機会が無いなら、それを先に言えってんだよ。聞いててもどうせ寝るなんてできないけどよ。こんな場所で気を落ち着かせる事なんてできるはずもない。
「では、次の階層に行きますよ。ここで調べる事はほとんど無いですから」
「へー。で、何処に行けばいいんだ?」
「本当に何も知らないのですね。それでよく無事だったものですね。感動しますよ」
は?いや、階層を繋ぐ階段は場所が決まってる。そりゃ平原なんて、見晴らしのいい場所だから、どの辺りに居るのか把握できなくなるけどよ。
「まあ、別に知らなくても良いでしょう。それより、今なら、あの辺りでしょうね。それでは行きますよ」
「お、おう」
教えてくれたっていいじゃねえか。俺だって仮かもしれねえけど、一応は従業員になってるんだしよ。
このダンジョンの二層は、一層の平原が夜になった感じだ。平原なのは変わってないけど、明かりが一切ない。そのせいで、片手にはたいまつを持たないといけない。しかも明かり確保だとは言え、モンスターに自分の居場所を教える事になる。
「君は、二階では厳しいでしょうね」
「あ?」
「まあ、僕が守らないといけないほど弱くはないでしょうし、あまり気にしなくても大丈夫でしょう」
「何が言いてえんだ?」
「自分の身は自分で守ってくださいね。僕もいちいち気にしたくないのでね」
こいつ、マジで俺をどう思ってんだよ。そりゃさ。冒険者資格を剥奪はされたよ。けどそれは弱い冒険者の証って訳じゃない。
「それでは、付いてきてください。調べないといけない事があるので。それと、自己防衛でない限り、モンスターには手は出さないでもらいたい」
「あ?モンスターを殺すのはダメだって言いたいのか?」
「その通りですよ。言ってるでしょう?調べたい事があるのですよ。殺されでもすれば、何も得られないのでね」
モンスターを殺さないとか、正気か?そもそも普通、モンスターの方が先に気づいて襲ってくるんだ。否応なしに戦わないといけなくなるぞ。
「これは、目的の相手ではないですね」
「何言ってるんだよ?」
さっきからずっとこの調子だ。しかも向こうもこっちに気づく様子もないし。もう一時間ぐらい、この心臓に悪い進み方をしてる。
ただでさえ、モンスターの横を素通りなんて奇妙な事してるのに、明かりもたいまつの少ししか確保できてない状況なんだ。いつ後ろから襲われるかわかったもんじゃない。
「おい、モンスターを見逃すってのはどうなんだ」
「そうですか。それが君の考えですか。ええ別に否定するつもりはありませんよ。モンスターなどと言う脅威はさっさと始末するべきで、見逃すなんてもっての外。実に正しい、反論の余地もない事実ですよね」
「じゃあなんで殺さねえんだよ」
「そうですね。余計な体力を使うぐらいなら、無視する方が良いでしょう。出会う度に相手していると、二層や三層で力尽きる事になりますよ。それにいちいち喧嘩を売って、返り討ちにあるなんて馬鹿げた事はしたくないのでね。それに僕達の現状ですと、暗闇で戦うのは厳しいでしょうし。僕は別に暗くても問題ないですけど、君がいると立ち回りに制限が課されるのでね」
そうだよ。こいつ、たいまつを持ってない。なのに正確な足取りというか、どこか目的地があるかのように、一切足を止める事が無い。
「それに、君はこの中で、サポーターもいないのに、戦えると言うのですか?」
「それは…」
「別にモンスターを殺したいと思うのは勝手ですけど、しっかり現状を見極めての行動を心掛けるべきですね。最低でも戦っても大丈夫か否かを見極めるべきです。これを心掛けるだけで、どれだけ冒険者を救えるのか。あれは、冒険なんてものに浮かされてるせいで、正確に現状を確認する事すらできない無能の集まりですよ。ベテランまで行けば、僕のような事を言ってる人も増えるのですがね。どうしてそれをできないのか。それだけで命が助かると言うのに」
こいつはホント、何処から目線で話してんだ?そりゃ、現状把握なんて、冒険者の時は真面目にやってなかったけど。やっても、こっちが万全かどうかしか考えてなかった。
「静かにしてください」
「お前が一方的に喋ってたんだよ」
「あれが、今回の目標です」
目標って、ありゃ人影だろ。それもリザードマンみたいな、角とかしっぽがある訳じゃない。
確かに小さめだと思うけど。ありゃ完全にヒトの影だ。ドワーフみたいな感じの、人間の10歳程度の子供ぐらいのサイズだ。
「あれがモンスターだって?」
「さあ?知るはずないでしょう」
「あ?てめえが目標のモンスターって」
「僕は別に、目標がモンスターだと言った覚えはありませんよ。それに、何事も初めは知らない事しか無いですからね。その辺りの確認、観察や実験などが今回の目標ですよ。最高なのは、モンスターの住処を発見、マッピング作成ができれば良いですね。まあそこまでする予定は今のところは無いですが。死なない為の情報を得る今回ですのに、それで死ぬのはごめんですので。今回はとにかく、対象はモンスターなのか。そして僕達地上のヒトに敵対するのかどうか。さらに言えば、同じ地下のモンスター同士で争ったりするのか、等々調べる予定です」
「けど、そんなのできねえだろ。相手がモンスターかどうか知らねえけどよ。モンスターなら、俺達以上の気配察知能力があるだろ。なんだっけ?第六感とか言われてるあれが」
そのせいで、俺達が目視して判断し終えてる時には、既に相手はこっちに向かってきてる事がある。特にこのダンジョンだと、俺達が気づけないような、背後からいきなり現れるとかもある。
ここ以外だと、一応は迷路方式だから、後ろから襲われる事ってのは少ない。何せ一度通った道だ。背後に敵が残ってるって事はほとんどない。通ってくる時にモンスターを殺し尽くしてる。敵が新たに湧いてきたりすれば、背後に回られる事になるが。
「大丈夫ですよ。さっきまでもモンスターの横を通っていたでしょう?あの時で君にも僕の魔法の効果がしっかりと付与できてるのは確認済みですし。余程馬鹿な行動をしない限り、バレる事はありませんよ」
「そういう問題じゃねぇ」
いくら大丈夫とは言え、モンスターの横を通りすぎるだけで心臓バクバクだったんだ。モンスターの後ろをつけるとか、絶対にできないぞ。
それにこいつが言ったんだ。信用するなって。言われたからって訳でも無いけどよ。こいつを信用できる要素が今のところ何一つない。ただただ印象が悪いだけだ。
「では、後ろをついてきてくださいね。そして、手を出すのだけはしないでくださいね。折角見つけた対象が使い物にならなくなりますので。感覚的にも、これ以上探し回るのは危険な域に入りますので」
一応ですけど、マッドも弱くは無いです。金ではないですけど、銀の中だとかなり上位に入れるぐらいの実力者ではあります。一人で暗がりのモンスター軍団を相手とるのは、それこそなろう主人公じゃないとできないです。そのぐらいこの国のダンジョンは高難易度なんです。その辺りは後々本編で語られるはずですけど。