二十二話 会議
「はぁ、はぁ。マジで、マジなんなんだよ。めっちゃモンスターと遭遇すんだけど!」
三層で階段を見つけるまでに、モンスターの群れに一回。二層はちゃんと数えてないけど、五回ぐらいは遭遇した。暗いからとりあえず逃げてたけど、五回は確実に戦闘になった。
そんで一層は、もう七回目だよ。いくら一層の弱めのモンスターだとは言え、既に十連戦以上してる結構疲れた状態だと、普通に厳しい。いや、あれだぞ?瀕死になるとかじゃなくて、疲れてまともに両手剣が振れず、無駄に時間が掛かって、余計に体力を消耗する事になっただけで。
しかも、一人で相手するしかないから、どっかで休憩するとかもなかったし。モンスターが出なさそうな場所で休憩してたのに襲撃を受けたから、もう休憩をしないでさっさと帰る方を選んだ。
「もう一か月分ぐらいモンスターを倒したぞ、俺」
まあ、モンスタードロップも多めにあるし。あ?換金できたっけか?まあ格安で買い取られたとしても十分すぎる量のドロップ品があるし、持っていくだけ持っていくか。
それにしても、ギルドは居心地が悪い。冒険者の時から良い場所ってイメージはなかったけど、剥奪されてからは余計に気色悪い感じが増した。
「あー。換金所はどこだったか」
こういうの、サポーターに任せてたからあんま記憶にない。別にサポーターをほっといて酒を飲むとかは無かったんだけど、だからと言ってパーティー全員で換金に行くのも変な話だ。ガキの使いじゃないんだし、別に付き添いなんていらん。そのせいで、場所が曖昧なんだな、これが。
「あ?なんか騒ぎ声、だよな?なんかあったのか?」
ギルドで騒ぎ声は珍しいよな。普通、ギルドの横の酒場でバカ騒ぎしてるから、こっちはかなり静かなんだけど。
「おや。君もダンジョンに行くので?」
「なんでてめえがいるんだよ」
「まあ色々と面倒な用事があるのでね。まあそこの無能君の頭が固すぎて、一切話が進まないのですが」
「だから、剥奪者のてめえなんかに会えるほど、先輩方は暇じゃねえんだよ」
「とまあ、この通り、一切融通が利かないんですよ」
まあ、向こうの気持ちもわからんでもない。こんなすぐに暴言が出てくる剥奪者とか、ちょっと相手にしたくないよな。それに上司が忙しいなら、ここで追い払うのも仕事のうちに入りそうだし。
けど、話を一切聞かないで門前払いってのも違うような気がしないでもない。
「それで、君は今からダンジョンに?」
「あ?いや、帰ってきたばかりだが」
「そうですか。いえ、帰る前に足止めしてしまいすみませんね」
とは言っても、換金所に寄ってから、って、あった。もうちょい奥に進めばあるな。
「それで、いつになればその重い腰が上がるのですか?ああそれとも、椅子に座ってないと生きていけない人種ですか、そうですか、それは今まで大変失礼な事を言いましたね、すみません。では僕はやらないといけない事があるので、ここでその他冒険者への金稼ぎ、頑張ってください」
「は!?」
まあ、こいつを相手にムキになった時点で負けな気がする。いや、こいつ相手に話し始めた時点でもう負けだな。
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「まずは、急に入ってきた事を詫びましょうかね」
「そんなのは良い」
「どちらかと言えば、どうしてここまで遅くなったのだ?」
「僕は言った通りに着いたと思いますが」
ここは、数日前にイルが連れてこられた、ギルド職員が使う会議室。それも役職が上の、お偉い方達が使う部屋で、椅子だったり装飾が豪華だ。
「いや、一時間程度遅れているぞ」
「それは誤差だと言いたいですが、問題はそちらにありますよ?」
「なに?」
「せめて受付ぐらい、ちゃんと教育をしてはどうです?あそこでかなり足止めを喰らった僕が怒られるのは筋違いだと思うのですが」
だから、普通のギルド職員は入る事ができない。ギルド職員の憧れの場所だったりもする。会議をするための部屋なのだが、何故か憧れの場所だ。
そのため、冒険者なんかは無縁の場所だ。もし入る事があっても、大抵は事情聴取などの、容疑者みたいな扱いのため、誰も入りたがらない。しかも容疑者として扱われているため、下手に乱暴な口調など取ったものなら、どんな事態になるかわからない。
そのため、イルのこの態度はあり得ないと言えるだろう。まあ既に冒険者と言う立場を失っているため、守るべき地位が無いのだろうが。
「まあ別にどうでも良いですが。ただそれでも僕が悪いと言うなら、もう手を切りますよ?ギルドの不祥事を何故、無関係の僕に矛先が向くのですか」
「……」
「まあまあ、早く会議を始めましょうよ。俺はもうすぐ来る定時で帰りたいんで」
「はぁ。そんなのだから昇格できないのだ」
「それは一大事ですね。じゃ、会議を始めますよ」
ただ、この場はギルドに居る問題児が丸く収めた。まあ問題児と言っても、部長の補佐を任されるぐらいには優秀な人物ではあるが。
「まずは、イルが持ち帰った情報の取り扱い方について。俺は素早く公開するべきだと思いますね」
「それはダメだ」
「何故です?確かに住人は混乱するだろうけど、何か事が起きてから公開すれば、今公開した以上の混乱が待ってるでしょう。更に、『こんな一大事をギルドは知らなかった、ダンジョンを管理してるにも拘らず』と言った具合に、ギルドの評判も落ちると思いますけど?」
「補足しておきますが、今言えば、町で起きるであろう被害を抑える事も出来ますね。もし被害があったとしても、住人には何も言えないでしょう。こちらは情報を公開していた。避難しなかったお前達が悪い、と立派な言い訳を準備できますけど」
「それでもだ」
そしてここにいるのは、イルを除いて、この国のギルドの上位の役職。その中でも勿論格差がある。それで言えば、イルの友人は、このメンバーの中だと一番下の役職。意見を聞いてもらえなくてもおかしな話ではないだろう。
だが、それにしては、これは理不尽だと言えるだろう。理由らしい理由もなく、ただただ却下なのだ。これも上司と部下の関係ならよくある事だろうが。
「これは、そう簡単に流していい情報ではない」
「慎重になって行動しなければならない」
「ではいちいち会議なんてしないでください。僕だって暇じゃないので。調べたい事が残ってますし」
「そんな理由だけで会議を開くはずないだろう。本題は、如何に情報を隠すかだ」
「その話題なら、僕抜きで勝手にしてください。僕の情報は公開するために集めているのであって、独占し隠し通すためではないのでね」
上司の無茶を、何が何でもやりきるのが部下の務めだろう。無理だとわかっていても、それを進言する事は許されない。自分の地位を守りたいのならだが。
だが、それは社内の話であって、赤の他人に強要できる訳ではない。同じ仕事仲間かもしれないが、別に上司と部下の関係ではないのだ。命令ではなく、あくまでお願いになる。
「お前が協力しないでどうする」
「そもそも、何故僕が協力する前提で話を進めているのですか?おかしいですよね。別に冒険者であったとしても協力するつもりはありませんが、そちら側が僕の冒険者資格を奪ったのですよ?今の状況でさえ、その剥奪者に依存しないとここを回せない状況になっているのに、これ以上僕に頼ると言うのですか?」
「貴様が一番口を滑らせるだろう」
「……ふざけるなよ?僕はギルドの手足になるのを嫌って資格を捨てたんだ。なんなら今ここで、てめえらの秘密を打ち明かすぞ?」
イルは、常に手札を複数枚持ち合わせている。武力ではどうにもならない事が多いため、基本的には知られたくない情報。
「どうせ信じる者などいない」
「ええ、そうでしょう。それでも妙な噂となり、ギルドのこの絶対的な評判を崩す事ぐらいならできますよ。それに、僕に頼ってる事実はどうやっても変わらない。別に僕はこの国に愛着がある訳ではない。別に店だってこの国以外でやる事だってできますよ。それに、情報はすべて僕の物です。今すぐ、ここにある僕の情報を消す事だって出来るのです。しかもそちらの要求をいちいち受け入れる理由すらない。お忘れで?ダンジョンは、冒険者に限らず誰であろうと入る事ができる。そう決めたのはギルドじゃないですか」
誰でも入る事ができるが、誰もが簡単に命を懸ける事ができる訳ではない。その命を投げうってダンジョンを解明するのが冒険者。そこの差は、やはり命を捨てる覚悟があるかないか。
冒険者だって、自分の身が可愛いだろう。それでも、ダンジョンに潜っていく。金稼ぎのためだとしても、この世界に早く平和をもたらしたいと言う理由だとしても。
一般のヒトでも入る事は出来るが、誰が強いと己惚れる事もないただの市民が、モンスター蔓延るダンジョンに入るのだろうか。冒険者ですら、毎日命を散らしている、最悪の環境に。
「いい加減自分達の身の程を自覚したらどうです?碌にダンジョンに潜れる力がない無能が、偉そうに椅子に座りながら命令と命を飛ばしている自覚を、いい加減覚えるべきですよ」
「貴様」
「まだしばらくは情報を売りますがね。僕も無駄に争うつもりは無いですし。まだこんな事を続けるなら、僕は手を切ります。まあ何かあったとしても、君たち程度なら赤子の世話をするようなものですが」
優秀なイルですけど、とにかくギルドの恨みを買ってるんですね。剥奪者とか関係なく。
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