十八話 報告義務
「いくら最後の波だとしても、流石に一時間近く戦わせるのはおかしくないですかね?いえ、もう少し戦わさせられていますかね。既に階段も消えてますし、ここにモンスターがやってくる理由が読めないのですが」
モンスターパレード自体、ダンジョンにおける例外のようなものだ。二年三年に一度しか起こらず、しかもその都度勝手が変わったりする。基本的な部分は変わらないのだが、細かなところは変わってくる。
だが、これはその例外に例外を重ねたような事が起きている。
モンスターパレードは、ダンジョンにいるモンスターが地上を目指して、一斉に侵攻してくる事を指す。そのため、地上とダンジョンとを繋ぐ階段に待ち伏せていれば、勝手にモンスターがやってくる。
冒険者だって力を合わせれば、情報が出尽くしているモンスターならば負ける事はない。突っ走るような輩が居たら勿論死んでいくが、基本命が可愛い冒険者だ。こういう時は協調する。死なない為に囮にしようとする輩も出てこなくもないが、そのあとの名誉などが地の底まで落ちるため、そんな馬鹿な行動に走る輩もいない。
そうであっても、最後の方になれば、冒険者は死んでいく。なにせ、どこまで低い階層から来ているかわからないが、未到達階層のモンスターがやってくるのだ。何十人で協力してですら、二、三人は絶対に死ぬ。
「それに、このモンスター達もなかなか強かったですしね。何故冒険者ですらない僕が戦わないといけないのですかね」
にも拘らず、イルは一人で戦えていた。独り言を呟くぐらいには余裕がある。無傷とはいかないが、それでも情報も何もないモンスター相手に戦っていると考えれば、十分すぎる。何十人で挑んで死者を出すような相手なのだから。
「さてまあ、終わった訳ですし、帰りますがね。どうせ面倒な事になるのですよ、ええ。嫌になりますね。報酬が弾まないと割に合わないですよ」
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ギルドはダンジョンの入り口を管理している。これはギルドの仕事であり、義務だ。これらしい仕事をしていないギルドの、最低限行っている仕事だ。
この管理のうち、冒険者の入出を把握すると言うのもある。いつ頃にダンジョンに入り、どのぐらいダンジョンから戻ってきていないのか。そして一定期間戻ってきていないのなら、捜索隊を編成する。遠征などはまた変わってくるが、基本は変わらない。
この管理方法は、かなり原始的だ。冒険者の顔を見て、誰が入ったのかを判断する。そうされている。こんな原始的な方法だと見過ごす事なんかもありそうだが、今のところ一度も問題は起きていないため、特に変更はされていない。問題が起きてからだと遅い気もするが、出来る限り金を節約したいのだろう。
そして、この管理があるからこそ、本当は入っていないヒトがいるなんて事は起きない。起きてはいけない。そうなればギルドの仕事ぶりを怪しまれてしまう。
「どうしてお前が居るんだ?」
「こちらからも説明したいところですが、ヒト払いをしてもらいたいところですよ。君たちが情報を徹底的に管理するつもりなら、聴かれるのは不味いでしょう?まあ今更ですが」
「チっ、わかった。だが重要じゃなかったらどうなるかわかってるな?」
「情報屋を完璧超人と思っているのなら、考えを改めるべきですよ」
そのため、ダンジョンに入っていないはずのイルが、ダンジョン側からギルドにやってきた事は異常な事だ。
本当ならばもっと言って聞かせたいのだろうが、その事情を聴くためにも、ヒト払いをする必要があると来た。
さっきまでモンスターパレードに対応していた冒険者達が、ここに集まっている。仲間が殺された者や、初めてモンスターに仲間を喰われるところを見た者など様々だ。そんなところに、『すまないが緊急事態だから出てけ。理由は言えない』ときた。手間がかかりすぎるし、冒険者からは反感を買うだろう。
「ヒト払いは良い。こっちに案内しろ」
「は、はい」
だから、ギルド職員が使う会議室に案内する。
「で、こんな事をするぐらい不味い事があったってのか?」
「ええ、そうですね。今回はどうやらこちらも悪い感じですし、無理な報酬の要求は控えますよ」
「おい、ダンジョンに不法にお入った罪があるんだ。報酬なんて出ると思ってるのか?」
「それは話を聞いて判断してくれれば良いですよ。まあ適当な判断になるなら、僕だって取るべき手段を間違えませんから悪しからず」
会議室には、緊張感が漂っている。仮にもこの支部を任せられている支部長、部長とその補佐2名の計4名。この程度は慣れているだろう。だが新人のギルド職員などをここに連れてくれば、間違いなく発狂するだろう。
全員が全員、敵意丸出し今にも刃物を取って動き出しそうな気配がある。しかも一人は元であっても、ゴールド冒険者。その中でも、モンスターを殺す事に長けている。知っている者は本当に少ないだろうが。
その殺気立ってる場所に、こういった事とは無縁な者を連れてくれば、やはり発狂するだろう。少なくとも耐えられるものではない。
「ほら、良いから話せって。じゃないと話が進まないから、な?」
「ええ、わかりました。まあ結論だけを言えば、ここ以外にも地上への階段が作られました」
「「「なっ!?」」」
「勘違いしないで欲しいですが、ここのダンジョン特有の、一定時間経てば勝手に消えて勝手に出来上がる方法で、ですよ。ですがまあ、階段ができたのは間違いないですね。現に僕はここに居る訳ですし」
途端に、イルのペースに持っていかれた。そもそも情報を知っているのはイルだけなので、主導権はどうやってもイルにしか握れないが。仮に支部長なんかに主導権が握られたのなら、イルは適当な事しか言わないだろう。
「しかも今回のモンスターパレードがどのぐらいのものだったのか知りませんが、階段ができた場所にモンスターが集まっていましたね。どうやらモンスターは階段ができる事を知っていたという事でしょう。まあ最悪の中の最高と言う感じで、国の外に階段は作られてましたが、ダンジョン内の事など予測不能ですし、いつ国内に階段が作られてもおかしくないでしょうね。特に法則などなく階段が作られるのだとしたら、国民は不安でしかたないでしょうし」
更に衝撃の事実だろう。モンスターパレードは、数年に一度しかやってこない。そのため、前回がどのぐらいの規模だったのか、情報でしかわからない。これを体験した冒険者であっても、ダンジョンを潜っていくほど、この時の衝撃を忘れてしまう。毎日モンスターと遭遇して、仲間が殺される場面に遭遇する事もある。興味が失せた訳ではないだろうが、毎日同じぐらいの衝撃を見せつけられるため、数年前の事柄など覚えていないだろう。
そのため、今回が比較的少なかったという事さえ理解できなかった。今回は前回に比べ比較的死傷者が少なかったが、それは単に、冒険者のレベルが上がっただけだと思い込んでいた。
だから、他のところにモンスターが行っていたなんて知る由もない。
更に、自分達の知らないところで、自分達が追い出したはずの相手に救われていたなんて、衝撃的すぎるだろう。
「しかもこの階段ができるルールは、一階と二階を繋ぐ階段とほぼ同じですので、今まであった地面が何の予兆もなく消える事になります。そうなると、住民どころか家ごとダンジョンに落ちる事になりますね。考えるべき事が沢山ありますが、まあこちらはギルドにお任せしますよ。僕はまだ調べたい事もありますし」
「そ、それだけか?」
「ええ、たったの一か月ちょっとの調査の結果、ギルドに管理されてる以外の入り口を発見しただけ、ですね」
ここで、強がろうとしたのがいけなかった。威厳を保つためだったのだろうが、この事実を、それだけと評するのはいけない。
まあ戦場を知らない子供が評価しているようなもの。この程度の失敗はイルにとっては特に気にするところではない。
「では、報酬の方の話をしたいのですが」
「「「……」」」
「なら、俺がやっておきますよ。ほら、こっち来い。こういったやり取りは見せつけておかないと意味がないから」
「わかりました」
ギルドの役職が上の人達は、金の亡者です。どれだけ安く情報を買い取り、どれだけ高く情報を売るか。そんな事しか考えてません。無能ですね。
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