墓仕舞いの夜
墓仕舞いの夜
うちの母方の本家のお墓は新潟県の佐渡島にあった。その家の子供は母を含めて男4人、女3人の7人兄弟。昔はどこも多産だった。
長男だけを佐渡に残して、6人の子供たちが、就職や、嫁入りなどで、皆、佐渡を離れて、北は北海道、南は九州まで、日本各地に散り散りに移り住んでいた。そして各地で子供や孫をもうけ、親戚一同で総勢20人以上になる。
私がまだ十才の時、佐渡の長男が亡くなり、お墓だけが佐渡に残ってしまった。一番近いのが東京に住む次男だったが、東京と佐渡島。今は新幹線があるので日帰りで行けなくもないが、当時はまだ上越新幹線もなく、在来線で上野・新潟の間は4時間半もかかったため、日帰りでは難しく、盆や正月ぐらいにしか行くとこはできなかった。年に1,2度の墓参りでは、墓所は荒れ放題になってしまう。と言うことで、お墓を東京に移すことになった。亡くなった長男の家は、売却することも検討されたが、そんな過疎の村の家など売っても二束三文にしかならず、結局、祖父の遠い親戚が移り住んで管理することになった。
その年のお盆に、日本各地に散っていた、子、孫、ひ孫、親戚一同が、お墓の掘り起こしとお骨の移動のために、佐渡に集まった。長男が亡くなり、人けのなかった古い家が、半年ぶりに賑やかになった。私の知らない人も多かったが、何となく同じ面影がある。よく見れば、やはり皆うちの祖父母から続く一族だ。
さて、墓仕舞いの前夜、一族が会して宴が始まった。女性たちは協力して多くの料理を用意し、男性たちは、皆わいわいと酒を飲みながら懐かしい昔話に興じている。
私たち子供は、広い旧家でかくれんぼをして遊んでいた。
私はかくれんぼの鬼役となり、奥の部屋の襖をそっと開けて入った。正面の障子がぼぅっと光っている。遠くで親戚たちの宴の声が小さく耳に届いていた。
あの障子の向こうはどうなっているのか。私は足音を殺して、そっと障子に近付き、すーっと開けると、そこは縁側に面していて、外から入る、月の光が薄青く畳を照らした。
都会育ちの私は、月光の美しさ、神秘さをその時初めて知った。
ふと横を見る。天井下のらんまには、額縁に入れられた古い写真がずらりと飾られているが、薄暗くてはっきりとは見えない。ただ、誰かにずっと見られているようで、ゾクリと首筋に寒気を感じた。その部屋は、どうにも居心地が悪かった。
深夜。皆が寝静まった頃。私はどうにも寝つけなくて、用を足しに外のトイレに行った時、どうにもあの部屋のことが気になって仕方がなかったので、怖かったけれど、勇気を出して再びあの襖を開けた。
目の前に、見たこともない老人が、月の光を背後に受けて立っていた。顔は暗くてよくわからなかった。なぜか怖くはなかった。とても懐かしい感じを受けた。
「坊、よう来たな。皆がこうやって集まってくれて嬉しいぞ。離れ離れの一族がこうやって集まることはもうこれが最後かもしれんな。一つお前たちにわしから祝いをしよう。明日はよろしく頼む」
それだけ言うと、その老人はすっと消えた。青い青い月光だけが部屋を照らし出していた。
その旧家のすぐ近くには、羽茂川と言うきれいな川が流れている。墓仕舞いの当日の朝のこと。
「ごめんください、おはようございます」
玄関から声が聞えた。伯母さんが出て、すぐに大きな桶を抱えて戻って来た。
「それは?」
「隣に住む人が、今朝、そこの川で投網に掛かったのでどうぞって持って来てくれたんよ」
そう言いながら、伯母さんは桶をこちらに差し出した。
「お、鯉だ」
誰かが声を出した。
そこにはものの見事に丸々と太った、紅白の緋鯉が入っていた。
「川でこんな立派な緋鯉が獲れるんやな」
皆感心してその立派な鯉を見ていた。
その時、私はピンと来た。
――ああ、これのことや!
「母さん、僕、夕べな、奥の部屋で、おじいちゃんに会ったよ」
「おじいちゃん? どんな?」
「着物着てたよ」
「おじいちゃんは、何か言うてた?」
「みんなが集まって嬉しいって。明日よろしく頼むって。ほんでお祝いくれるって」
皆が頷いた。誰も私のことを疑ったりしなかった。
その夜は鯉のあらいをみんなで頂いた。心の中でおじいちゃんにありがとうと言いながら。
了




