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怖くて悲しいお話たち  作者: 天野秀作
83/122

ウォシュレット

 

 身内や親しい人が亡くなった時に、その人がまだ身近にいるような気になることがよくあります。 でもそれは気ではなくて、本当におられるのです。

 死を受け入れるのには時間がかかります。その間柄が親しければ親しいほど、愛情が深ければ深いほど時間がかかります。もしかしたら一生受け入れられないかもしれない。

 そんな気さえしますが、でも大丈夫。人間の心はそれにちゃんと適応できるようにできています。でなければいつまでもそこで留まって次に行けない。行けないのは、存命者だけではなくて、故人の方もなのです。亡くなった方をそこに繋ぎとめているのは、案外、残された人の方なのかもしれませんね。満中陰の間はまだ傍にいらっしゃるのかもしれませんが、悲しいけれど、49日が済んだら、きちんと見送ってあげたいと思います。

 

  ウォシュレット


 いきなり下のお話しで恐縮です。

 以前、83才になる私の母の弟さんが亡くなり、告別式も無事済んで、49日法要にお伺いした時のことです。

 当日、私はあいにくお腹の具合が悪く、伯父の家で何回かお手洗いをお借りしました。

 今はもうどこでもそうですが、その家のトイレにもウォシュレットが備え付けてありました。

 食事時の方がおられたら申し訳ないと思います。昔から生理現象に恥じらいを持たないようになったら年を取った証拠、などと言いますが、まあこればかりはどうしようもありません。

 

 さて、用を足し終えて、ボタンを押すと、まあこれが蝉のオシッコみたいなお湯がちょろちょろと出ます。見れば、水圧が最弱に設定してあります。私は常々、水流を一番強くして使う方でした。

 うちのはいつも最強です!「男は最強やろ」と言う息子の言葉を思い出して思わずクスっと笑ってしまいました。と言うことで、男は最強、にして使用し、その後、うっかり元に戻すことを忘れてトイレを出てしまいました。

 出てからそのことに気付いて、すぐに戻って弱くしようと思ったら、すでに最弱になっています。(あれ? 勝手に戻るんかいな?)と何となく疑問を持ちましたが、気に留めることもなく、トイレを後にしました。

 ところが、その日は、前日に食べたものが悪く、かなり調子が悪く、また、お腹の調子の悪い時にはよくあることで、何回もトイレを借りる羽目になりました。法事に来て大変申し訳ない。自己管理の悪さに反省しきりです。そして2回目も最強にして、また勝手に戻るのだろうとそのまま出ました。

 トイレを出ると、何度もトイレに入る私に、伯父の奥さんが「大丈夫ですか?」と声を掛けてこられました。


「すみませんね、こんな時に申し訳ないです。ちょっと食あたりなんですよ」

「あらあら、大変ですね。正露丸差し上げましょうか」

「いえいえ、もう大丈夫です。ところでこちらのウォシュレットは、自動で水圧が元に戻るんですね」

 と、私が言うと奥さんは、ほんの一瞬、やさしい笑みを浮かべて言います。

「ああ、気付かれましたか」

「何か?」

「うちの人ね、お恥ずかしい話なんですが、実は痔持ちだったんですよ。いつもトイレが辛かったみたいでね、一番弱くして使ってましたから」

 そこでハタと気付きました。ああ、設定を戻していたのは……。


「まだこの家におられるんですね。伯父さん」

「ええ、いちいち変えないといけなくて面倒なんですけどねえ。トイレするたびにあの人のことを思い出します」

 そう言いながら、奥さんはやさしく笑っておられました。


                              了


 


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