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怖くて悲しいお話たち  作者: 天野秀作
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おはよう

 

  おはよう


 私は毎日、毎朝、同じ電車に乗って通勤している。

 M駅、午前7時40分発、Y行き快速。もう5年以上朝はこの電車に乗っている。でもそれは私だけではないようで、この時間の、この車両の、このドア位置には決まって同じ人がいる。

 もちろんどこの誰ともわからない。話をしたこともない。でも、髪形が違っていることや、服のローテーションまで知っている。男性ももちろん女性も、スーツ姿の会社員も制服姿の学生も、いつも同じ顔ぶれだ。

 

 その昔、うちの子、直也がまだ7,8才ぐらいだったか。あの頃私は直也を毎日、支援学校へ送り迎えしていた。直也には生まれつき発達障害があった。自閉症だった。確かにそれは日常生活に支障があるほどではあったけれど、彼には誰もまねのできない不思議な力があった。

 花や木や動物たちとお話をして、見えない者の声を聞き、大いなる力に守られている。誰かが言った。「あの子たちは、神様に一番近い子供たちなのかもしれないね」と。


 あの頃もやはり、毎日毎朝、同じ電車に乗っていた。

 今と違うのは、私の手はしっかり小さな手を握っていたこと。

 やはりその時の直也も今の私と同じことを考えていた。


 ――どうしてみんな、おはようって言わないの?


「なおや君、知らない人には用がない時は話し掛けないんだよ」

「ううん、ボクはみんな知ってるよ? 毎朝会ってるもの」


 ああ、確かにそうだ。毎朝会っているのに誰一人として「おはよう」は言わない。

 大昔の人々は言ったのだろうか。そう言えばかつて私が住んでいた離島の人は、知っている人も知らない人も、その日、朝、初めて会ったら「おはよう」を言った。初めてその島へ引っ越した朝、「おはよう」と声を掛けられて、ん? 誰だったかな? と悩んだけれど、そのうち私もそうするようになっていた。それはきっとやさしい習慣だったように思う。


「じゃあねえ、心の中でみんなにあいさつすればいいよ。声に出さずにね」

「わかった」


 その次の日の朝のこと。

 「おはよう」「おはよう」「おはよう」

 声にはならない直也のやさしい声が、私の頭にすーっと入って来た。きっとみんなの心にもきっと届いているに違いない。

 しばらくして……。

「おはようございます」

 元気のいい子供の声が聞える。私は周りを見回すが、ここにいる子供は直也一人だけだった。

 「おはよう」「おはようございます」「オハヨウ」「おはようさん」

 今度はいろいろな人の声が聞える。でも周りの人々は、皆一様に口を閉ざしたままだ。

 どこから聞こえるのかわからなかったが、確かに聞こえる。

 嫌な感じはまったくしなかった。私は直也の手のぬくもりを感じながら、ふと彼の方を見る。直也が見上げる。目が合う。にこにこしている。嬉しそうだ。

 「とうさん、みんな挨拶してくれるよ」

 「そうやね。ほんとはみんな挨拶したかったんだよ」


                               了


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