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怖くて悲しいお話たち  作者: 天野秀作
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チ ロ

 チ ロ

 

 白いラブラドルレトリバーのチロは、山口さんご夫婦が、今から10年ほど前に飼い始めた犬だった。聞くところに寄れば、山口さんご夫婦にはお子さんがおらず、犬の大好きな奥様のためにご主人が購入されたそうだが、いつのまにご主人の方がチロに夢中になってしまった。

 と言うのも、ご夫婦共に還暦を越えてから初めて犬を飼われたそうだが、その年齢にして飼った犬種に少し無理があったようだ。ラブは元々が猟犬で、毎日の運動量は若い人でも少々厳しい。だから体のあまり丈夫ではない奥様の方はすぐに散歩を諦めてしまった。そうなると残されたご主人が一人で頑張るしかない。晴でも雨でも冬でも夏でも関係なく朝夕にけっこうな距離を散歩させなければならなくなった。

 当然ながらチロは奥様よりも毎日外へ連れて行ってくれるご主人に懐いていた。私も含め、近所の人に言わせれば、山口さんのご主人と言えば、常にチロといっしょ、と言う印象があった。


  ところがここ最近、奥様がチロを散歩させる姿が度々見られるようになった。聞けばご主人は古希を目前にして重い血液の病を患い、入院されてしまったとのこと。愛するご主人が家からいなくなるとチロは、ストレスからか、ご飯もあまり食べず、めっきりと元気がなくなったのだそうだ。

 そんなある日、気の毒なことにご主人は、病が悪化してとうとう帰らぬ人となってしまった。

「チロは元気にしているか?」「チロに会いたい」「散歩に連れて行ってやりたい」と、入院中もご主人は口にするのは家にいるチロのことばかり。よほどチロのことを気にかけていたのだろう。

 さて、山口さんの家は、小さい家屋が多く密集する古い地域にあり、前の道が狭いこともあって、家での通夜、告別式を行うには少々無理があった。

 葬儀屋は専用の会場に直接搬送することを勧めたらしい。しかし、奥様は、せめて一晩だけでもご主人を家に連れて帰ってあげたいと希望された。


 その夜、私も近所のよしみで、弔問にお伺いさせていただいた。

 座敷に上がると、北枕でお休みになるご主人の傍らに、なんとチロが、まるでご主人に寄り添うように体をまるめてじっとしている。「チロ、さみしいな」と私が声を掛けると、チロは私の方をちらりと見て、その白いしっぽを力なくぱたぱたと揺らした。

 ご主人が帰って来られるとチロは、一声も出すこともなく、ご主人のそばに行き、じっと丸くなって動かないのだそうだ。それはまるでご主人の亡骸に寄り添っているみたいに見えた。 弔問客が来るからと、奥様や葬儀屋がチロを玄関に引っ張り下ろそうとしたけれど、チロはテコでも動かない。奥様は、おそらく主人もそれを望んでいるに違いないと、チロの夜伽を許されたのだと言う。

 

 そして翌朝、奥様が線香の火を見に行かれた時、なんとチロはご主人の横で眠るように死んでいたのだそうだ。私にはにわかに信じ難いが、奥様は「ああ、主人がチロを連れて行ったに違いない。たぶんチロもそれを望んでいたのでしょう」と、涙ながらにおっしゃられた。

 きっと今頃、山口さんは天国でチロといっしょにのんびり散歩を楽しんでおられるに違いない。 動物でも人でも、思いやり、愛し合う気持ちは同じなのだと思った。

                                             

                                           

                              了


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― 新着の感想 ―
[良い点] 犬の情け深さというのは、いつ見ても心に染みます。
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