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怖くて悲しいお話たち  作者: 天野秀作
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いっしょに持って行ったる

 いっしょに持って行ったる


 あれはまだ10才にもなっていなかった時の出来事だ。

 ある晩、急に酷い腹痛と吐き気に襲われて、救急車で病院に担ぎ込まれたことがあった。いろいろと緊急検査するが、原因がわからない。医者もお手上げ状態だった。とりあえず一晩、入院して様子を見ましょうと言うことになった。

 そこは緊急で運び込まれた患者ばかりの部屋。

 かなり深刻な状況の人もいた。私は比較的軽く、「とりあえず入院」だったので、医者が母親に帰宅指示を出した。そして母が医者によろしくお願いしますと言って帰った後のことだ。


 すぐ隣のベッドではおそらく高齢の男性がうめき声の合間に何かしゃべっているのが聞こえる。

 しかし私もその時、酷い腹痛と戦っている真っ最中だったので、余裕はあまりなかったが、なにせまだ子供だったのでそのうめき声がとても気持ちが悪かった。 それは10才の私にも、明らかに死を連想させる、回復見込みのない死の苦痛のように思えた。


 深夜になり、私の体調は依然として悪かったが、さっきまで聞こえていた隣のうめき声がピタリと止んでいた。 と、突然、耳元で「ぼく、しんどいか?」と声が聞こえる。

 私は医者が来たのかと思って目を開けるが、誰もいない。

「えっ?」 と思い隣を見るが、白いカーテンに閉ざされていて何も見えない。するとまた声がした。


――こんな小さいのに可哀そうに。わしがいっしょに持って行ったるさかいな。もうちょっと辛抱せえよ。


 しばらくして隣のベッドから大きく咳き込む声が聞こえたかと思えば、おそらく付き添いの家族だろうと思う男の大きな声が部屋に響いた。

「誰か! 親父、血ぃ吐いた! 誰か来てくれ!」

 すぐに声を聞きつけた医者や看護婦がバタバタとやって来る音が聞こえた。私はゆっくり隣を見る。

 カーテンは開かれ、見れば医師がベッドに横たわる患者に馬乗りになっていた。

 

 私はいつのまにか眠っていたようだ。気付けば、窓から朝日が射しこんでいた。

 隣を見る。 誰もいなかった。

 カーテンの開かれた無人のベッドを見る。 ただ白いシーツには、茶色い吐血がべっとりと付いていた。そして驚いたことに私の胃痛と吐き気は嘘のように治まっていた。

 

 朝、母がやって来て私に尋ねた。

 「あれ、隣のおじいちゃんは?」

 「夜中に血を吐いて死んだみたい」

 「え? 夕べ帰る時にはまだ何か言うてはったのに? 一晩でかいな。あんたえらい経験したな」

 母は酷く驚いていたが、それは私に取って、間近で人がどんなふうに死んで逝くのかをまざまざと見せられた体験だった。

 しかし、耳元で囁かれたあの声は何だったのだろう。

 夢でも妄想でもない、確かに聞こえたあの老人の声。もちろんこのことは母にも誰にも話していない。



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