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怖くて悲しいお話たち  作者: 天野秀作
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峠のトンネル

時には幽霊に命を救われることだってある。

   峠のトンネル

 これは今から約35年近く昔の、私がバイクに乗り始めた頃の話です。

 

 九州大分県南部の小さな漁村と少し大きなJRの通る町とをつなぐ県道があった。

 今では高速道路も通り、30分とかからないが、当時は、やっと車一台が通れるような旧県道で、高い峠を越えて行かなければならなかった。

 その峠の頂上付近に小さなトンネルがあった。

 ふもとからいくつものつづら折れを越えて狭い坂道をバイクで登って行く。

 頂上が近付くにつれ、道はさらに険しく、やがて最後のカーブを抜けた時、不気味なトンネルが姿を現した。

 そこを通る時には、似たようなブラインドカーブを抜ける度に、そのトンネルが現れることが怖くて仕方がなかった。本当にそのトンネルのある景色を見たくなかった。今、目をつぶっても、濃い緑の中にぽっかりと開いた黒い入り口がありありと思い出される。まるで私がやって来るのを待っているような気がする。

 

 それは初めてこの旧道を通った時のことだ。

 さっき町を出発してから、ずっと険しい道路を走って来た。当然きついカーブでは、急ブレーキ、急加速を繰り返すわけだが、そのたびに――あ、慎重に、ゆっくり、彼女に不安な思いをさせてしまう。もっと気を付けなければ――こんな気持ちになっていた。 

 バイクには当然、私一人しか乗っていないはずなのに、後部シートの人を思いやるやさしい気持ちだった。その度に私は、我に返って首を傾げていた。なぜ後ろを気にするんだ? と。

 そして最後のカーブを抜けた時、目の前にトンネルが現れた。そのトンネルの入り口には、「轟 (とどろき)隧道」と標されていた。何かとてつもなく嫌な気持ちになった。できることなら引き返したかったが、そうも行かない。私は勇気を出してその暗闇の中に消えて行くしかなかった。

  

 入り口から出口は見えなかった。

 トンネル内は、かろうじて車2台が通れるほどの幅員だった。そして照明もない真っ暗なトンネルの壁は、崩落防止の為、無理矢理コンクリートを吹き付けて固めてあり、ライトがその壁の大きな凹凸の陰影を不気味に照らし出ていた。

 沁み出した水で濡れた路面がぬめりと浮かび上がる、そのずっと先の方に小さな出口が白く光って見えた。ここまで来たことを少し後悔し始めていた。早くここから出たかった。

 と、そのとき、どこかで女の声が聞こえた。

 

  ――気をつけて!

 

 私は驚いてスピードを落とした。さっと後ろを振り向くが当然誰も乗っているわけはない。

 ようやく出口だ。出た瞬間、明るい日の光で目がくらみそうになる。

 ところが出口を出たところで、道はとても急な下り坂のブラインドカーブになっていた。

 トンネルを抜け出して初めてそれに気が付いた。だが気付いた時には遅かった。あっという間に対向車線にはみ出してそれでも曲がりきれず、ガードレールのない崖すれすれをかすめてかろうじて通過した。

 バイクに乗り始めてまだ日が浅いこと。まったく知らない道、暗いトンネル内は緩やかな下り坂でいつのまにか出ているスピード、その他様々な悪条件が重なり、それでも無事に通過できたのは、あの声のおかげとしか言いようがなかった。もし減速せずに、先ほどのスピードのままここへ来ていたらと思うと私はぞっとした。

 

 後に聞いた話によると、かつて私が落ちそうになった場所でバイク事故があり、後部シートに乗っていた少女が崖から転落して亡くなったのだそうだ。

 おそらく先ほどからずっと背後に感じていた気配はその少女だったに違いない。

 でも彼女は、死へのいざないではなく、逆に私を守ってくれたのだろう。

 

                               了

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