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怖くて悲しいお話たち  作者: 天野秀作
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うずくまる男

昔から私は、様々な不思議な現象を体験して来ました。また私の下へそう言った方が、まるで蜜に引き寄せられる蜜蜂のようにやって来ます。それらを少しずつ書き溜めて参りましたので、こちらへ発表してみたいと思います。すぐに読める話ばかりですので、どうぞよろしくお願いいたします。

  第1話   

 

  うずくまる男

 

 それはある八月の昼下がりのことだった。

 小学五年生だった僕は、夏休みのプール開放を終えて徒歩で家に向かっていた。

 とある国道と幹線道路の交わる大きな交差点付近まで来たところ、大勢の野次馬が交差点の周りを取り囲んで騒いでいる。道路脇に、数台のパトカーと救急車が赤色灯を回しながら待機していた。

 一体何が起こったのだろうかと、何気なく皆の見ている方に視線を向けると、交差点中央付近に大きなトラックが車線を跨いで斜めに停まっていた。そしてそのトラックのすぐ後ろに、一台のオートバイが横倒しになっていた。

 ふーん、事故か……。

 何気なくその現場に視線を遣ると、一人の男の姿が目に留まった。

 事故処理の警察官が慌ただしく動く中、よく見ると、そのトラックのタイヤの横で一人の作業服姿の男がうずくまり、じっと目の前の路面を見つめている。

 彼は何をしているのだろうか? 

 気になった僕は、歩みを止めて野次馬に混じってその様子を見ることにした。

 うずくまる男の周りでは、制服姿の警察官や救急隊員たちが右往左往している。しかし不思議なことに、その誰もがうずくまる男にはまったく関心を示さない。

 もしかしたらあのうずくまる男が事故の当事者なのだろうか。いいや、それにしてはその場でうずくまって立てないほどの男が救急隊員に搬送されないのは違和感がある。まるで誰も気付かないようにさえ見えた。 

 うずくまる男の前にはトラックの下部より流れ出した大きな黒いオイル溜りができていた。その黒いオイルの海の真ん中辺りに、くしゃっと丸めたボロ雑巾がポツンと置かれていた。それはあたかも黒い海の中に浮かぶ孤島のように見えた。うずくまった男はその雑巾の島をじっと見つめたまま動かない。

 少したって真夏の太陽が雲に隠れ、交差点を照り付けていた陽射しが陰り出した。

 僕はハッとした。

 液溜りはオイルではなかった。

 黒いアスファルトの上に広がった液溜りに真夏の太陽が反射して黒く光って見えていただけで、実は、トラックの下から大量に流れ出した鮮やかな朱色の液体――被害者の血液であることがわかった。

 少しするとレスキューが到着した。その派手なオレンジのつなぎ服に身を包んだレスキュー隊員は、血だまりを避けるようにするするとトラックの下に潜り込んだ。

 隊員は黒い安全靴を履いた二本の足先だけをトラックの下から覗かせて、懸命に中で何かしている。誰もがその光景をじっと見守っている。まるで時が止まったようだ。

 暑かった。額を汗が伝う。しばらくして合図の声が聞こえた。その場に居た警官や救急隊員がレスキュー隊員の足を引っ張る。ずるずると引きずり出されたレスキュー隊員の手に白い足首がちらりと見えた。

 ずるずる、ずるずると、白い足首に続いて下肢が、やがてうつ伏せの胴体が引きずり出される。

 その光景を見ていた横の野次馬たちが口々に言う。

「ああ、酷いな」

「ほんとだ、イヤなもの見ちゃったな」

「生きてるかなあ」

「いやあれはダメだろう。即死じゃないかな」

「ああ即死だろう、だってほら、脳ミソが飛び出しちゃってるもん」

 その時、ようやくあのボロ雑巾は、人間の脳ミソだったと気付いた。

 トラックの下から男の体がすべて引きずり出された時、野次馬たちのささやきは悲鳴にも近いざわめきに変わった。遺体には首がなかった。いや、詳しくは首ではなく、顔の上半分がなかった。

 そして僕は気付いた。

 着ていたその服が、横でうずくまる男と同じ作業着だったことに。

 と、その時、それまで自分の脳ミソをじっと見ていたはずの男の姿が消えた。

 いない。いったいどこへ? 次の瞬間、僕は背後に嫌な気配を感じた。

 振り返ってはいけない。絶対に。

                                了

                                                                        


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