遠き国にて。
遠い日の胸騒ぎ
藍色に紛れて、穿たれた釘を引っこ抜く
夕食の音のリズムに合わせ軋む盗賊の仕業
朽ちかけた木戸開かれたり、いざダンジョンへ
古黴漂う暗闇に、くじけぬ心
行き止まり見上げたら、呪符の如き六芒星
呪いを踏み潰し、這い上がる梯子の先
鉄の扉を押し開けると風
一面の水たまりに、星揺れる
少年2人、秘密基地収奪の成功に笑う
【夜、目を覚ます影:2019.3.29】
子供の頃の冒険を追体験しながら、一気に文字を打ち終えた私は一息つくためにキッチンへ向かった。
無名の物書きながら、記憶の底に向かって歩き、そこで見たものを文字に起こす作業は疲れる。それは取材と記録に似るが、あくまでイメージを書きとる……いや、描くのだ。完結した詩・小説は、一枚の絵のようだ。葉書きサイズか、壁画か、そういう違いはあるが。いやまだ私は、壁画など描いたことは無い、描いたのはただ、葉書きかスケッチブックの落書きか……それでもそれが、精いっぱいの私なのだ。
誰も読んでくれないかもしれない絵を一人、画廊「無限堂」の埃っぽい棚に積み上げた私はその日とても、疲れを覚えた。たまに来る客同士が、揉めたのもあったが……彼らはどうやら、私の作品に興味が無いようなのがつくづく分かって、それが一番、堪えたのかもしれない。とにかくしばらくは、店の隅で燻っていたい、そんなある日の朝だった。観光客が「夜、目を覚ます影」を見てこう言った。
「I have fun with, lead to I found just what I used to be taking a look for. You’ve ended my 4 day lengthy hunt!God Bless you man. Have a great day. Bye 」
私はこう答えた。
「Hi,I’m Hal.Thank you for reading my poem.I’m glad to hear your feedback.Your shop is nice!」
言い忘れていたが、無限堂はネット上の画廊だ。埃っぽいというのはものの例えで、要するに「ごたごたしている」という事なのだ……メッセージをくれたのは「Crescent Moon Cafe」の店員のようだ。ノースカロライナにあるその店は、街の中にある。店のメニュー表、店内の様子、飾られている絵画等をその店のホームページで知った私は、ある風景が浮かんでつい、こんな詩を作った。
店主は茹でる
ほうれん草
アーティチョーク
毎日挟む
ハムにサラミ
焼いたパン
壁いっぱいの絵
赤い大地に
白い木立
月さえ見えないビルの陰に
飛び出したい気持ち抑えて
オレンジの街灯
青いネオン
俺たちには赤い血が流れてる
湧きたつ冒険心 穿つ現実
その先に見えた
本物の三日月
退屈よさらば
うちはパスタも美味いぜ
【Crescent Moon Cafe:2019.11.17】
レストランの店員はおそらく、毎日同じ仕込みをして、毎日まいにちパスタを茹でているに違いないし、ほうれん草の泥を落としたり、ハムを切ったり……総菜屋の社員時代を思い出しながら私は、そんな名も知らぬ人の日常に、一瞬の冒険を見せられたのがただ単純に、嬉しかった。そして考えた。なぜ、赤い血が流れている、なんてフレーズが出てくるんだろうと。赤い土、ではないのか。いや、血でないといけない。いや……ノースカロライナの、歴史の事をどう言い表したらいいのか、そんな事まで考えながら結局、赤い血、という言葉に落ち着いたのだった。先に「赤い大地」って書いちゃったのだし、そこにまた「赤い土」と被せるのも馬鹿らしいし。
その日以来、私の心の中には遠い国アメリカの、インディアン……そう言うのが適当で無いとするなら……ネイティブアメリカンが、住まうようになった。かの国にいつか行きたい、そんな風に思う。今もこうしてこの文章を打つ手に繋がる心の風景は……濃いブルーの空の下、赤い大地を、歩いている。