No.07 ぐだぐだ説明譚
衝撃はあった。
思考がバラバラに砕けるほどの凶悪極まりない、全く容赦のない重い一撃が、鈴音の核へと炸裂するような衝撃が。
自分の存在が偽物だった――そう言われて、まさか平然としていられるほど、鈴音は非人間ではない。だがしかし、それでもなんとか卒倒を免れたのは、ひとえにそれを予期していたからだ。
ここに来る以前にネルタスに見せられた映像、そして、それを発端とした考え。『自分で自分自身の存在を否定する』という自傷を経験していたからこそ、耐性ができていたというべきか。
裏を返せば、こうなることを分かっていたから、あの時あの場面でネルタスは鈴音に映像を見せたのかもしれない――と、鈴音は砕ける思考を繋ぎ合わせて思う。そして、それは恐らく正しいはずだ。
「前にも言った通り、鈴音をここへ喚んだのは、世界から世界へ”存在”を流す方法。……存在だけを、流す方法だ。要するに、今の鈴音は”人間そのもの”じゃなく、その人間の存在――影のようなもの、意識のコピー、魂の複製体といったところかな」
「なるほど、なるほど。つまりは――偽物、ということになりますね。」
「うん、そうなんだけど……結構落ち着いてるね?良かったよ。ここでまた傷つけるんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしていたところだ。最悪、その場で失神も有り得るかと危惧してたからな」
「まあ、この事実も二回目ですしね。わかっていれば、受け止められないことはありません。……実は、かなり痩せ我慢ですけど」
その言葉に嘘はないと、ネルタスは見抜いていた。よく注視してみれば、鈴音の手足はかすかに震えているし、笑顔にも無理矢理感がありありと浮かんでいる。
年端もいかない少女にそこまでの無理をさせていることに忸怩たる思いを覚えつつ、しかしネルタスは話を続ける。
「なぜ肉体ごとじゃなく存在だけか、なんて小難しい話は、後で機会があったらにしよう。それより今は、話を進めるのが先決だと思うんだ」
「まあそれについては、わたしも同感です。これ以上難しい話をぶっ込まれたら、頭がオーバーヒートしそうですしね」
「そうそう、オーバーヒートっていえば、昔ゴウ――じゃなくて、かえんポケモンに覚えさせてたなぁ。結構強いんだよね、アレ」
「またいきなり話が飛びましたね……。確かあの技、使う度に”とくこう”が下がるから、基本最初の一発だけ使って後は物理技で殴るしかないんでしたっけ」
「それな!その点アイツは物理もイケるから、いい感じに強くなるんだよな!」
「へぇー、もしここにゲーム機があればボコってやれたんですけど、残念ながらないんですよね。なので、神秘パワーでも使って私のゲーム機出してくださいよ、神様 (仮)」
「いやお前、神様をなんだと思ってんの?便利屋さんとかじゃないんだぜ?……っておい、今神様の後に何か付かなかったか!?というかタメ口になってる!」
なにやら愕然としているネルタスだったが、鈴音はまるっきり無視した。この神様はかまうと調子に乗るタイプだと理解したからだ。
しばらく鈴音の周囲をウロウロしながら文句を言っていたネルタスだったが、やがて鈴音からの返答には期待できないと悟ると、不意に着ている空色を基調としたワンピースのポケットへと手を突っ込んで――
「ここに鈴音愛用のゲーム機があります」
「ヒャッホウさっすが神様 (本物)!やる時はやる人だと信じてましたよ、ええ!どうやら私の目に狂いはなかったようですね!……というわけで、お世辞とはいえ褒めたんだからゲーム機渡して下さい」
「神速で手のひらくるくる返してんじゃねぇよ。つか、も少し本音隠す努力しろ。……あと、残念ながらお望みのヤツは無かったから、代わりにモンハ――もとい、怪物を狩猟するゲームを持ってきたぜ」
「いいチョイスです、褒めて遣わしますよ」
「敬語に妙なアレンジ加えんなよ。シンプルに使え、独創性を織り交ぜるな」
不満げな顔をしつつも、優しい神様は鈴音へとゲーム機を手渡した。そしてどこからか自分の愛用機を取り出すと、さも当然とばかりに電源を入れていく。
「……思ったんだけどよ、このゲーム機って3D機能いるか?」
「普通にいらないと思いますけど。……それより、入ったら集会場に来てくださいね。わたし、作っておきますから」
「OK、了解だ。古龍でもひと狩りいこうぜ」
「じゃあ、”老山龍”か”天廻龍”あたりを狩りますか?それとも、”黒龍”もしくは”霞龍”あたりを?」
「そーだなー、黒龍狩るか?……あと、秘薬無いからくれよ」
「了解です。久々に腕がなりますよ。……じゃあ大タル爆弾Gと交換で」
表示される画面を見据えながら、その場でどっかりと座り込んだふたりは、好戦的に笑う。その様子はまるで、肩を並べて戦いに赴く歴戦の勇士だ。
「ついて来れますか」
「――ついて来れるか、じゃねぇ。てめぇの方こそ、ついて来やがれ――!」
戦闘の幕を切る怪物の咆哮が響く。それを聴き、ぞわぞわと体を駆け巡る戦闘への緊張を伴った高揚感を従えて、体に染み付いた動作で戦闘態勢を取りながら、どちらともなく言う。
「「しまっていこう」」
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そして。
結論からいえば、負けた。それも敵に倒されるのではなく、最悪の結末とも言える自滅でだ。
「だっはー!負けた負けた!」
「さすがに、ふたりだけじゃキツかったですね……」
「いやいや、でもアレ反則級に強くない!?まあ隠しボス的な立ち位置だから仕方ないんだろうけどさぁー!」
なんだか、本来チートを与える側の神様が、高々ゲームへとぶーぶー文句を垂れていた。だが、気まぐれに”大タル爆弾G”で味方ごと爆殺してしまった鈴音には何も言えない。
まあ、そこは色々と巻き込まれたことへのささやかな仕返しだと思って、軽く受け流して欲しかった。
「そりゃもちろん、この程度は甘んじて――甘んじて――甘んじて受け入れるけれど!」
「だいぶ葛藤しましたね」
「受け入れるけ・れ・ど!ここはさあ、ひとつ、言い訳させてくれない?」
「……言い訳なら署で聞きましょう」
「署!?まさかっ、高校生でありながら国家権力の身分を持つとでも言うのか!?」
「ええ。さながらわたしは学生と国家権力、二足のわらしというわけです!」
「えっと、うん、童子ということは――つまり、『目が覚めたら、体が縮んでしまっていた!』というような解釈でいいのか?」
「誰が見た目は子供頭脳は大人ですか!そりゃあ若いって言われるのもやぶさかじゃありませんが……でも若すぎです!小学一年生じゃないですか!」
「えっ、そこなのかよ!?もっとツッコむとこ沢山あっただろ!」
微妙にズレた鈴音の言葉に驚きを隠せず、思わずツッコんでしまったネルタスは、即座に後悔した――何故ならば、自分が物語ならばボケ担当のキャラに相当する性格だということは痛いほど理解しているからだ。
だがそこは腐っても神様、素早い状況判断でその一件を脳内から削除して無かったことにし、何食わぬ顔でしれっと会話へ復帰する。
このフットワークの軽さ――裏を返せば大して物事を深く考えずにノリで生きているというこの点こそが、ネルタスの真骨頂だった。
「コホン。えっと、言い訳させてくれ」
「もちろんどうぞ?ただし、納得いかなかった場合は、口内にホッチキスを突っ込んで閉じてやりますので悪しからず」
「お前はどこのツンドラ女子だ!?しかも文房具で武装してたのって、わりと初期のキャラじゃんか!」
「炭素四十グラム、硫黄二十五グラム、ケイ素十五グラム、おふざけ五グラムにその場のノリ九十七キロで私の台詞は構成されているんです」
「おっと、その材料だと、ただの馬鹿にし聞こえな――痛い痛い痛い!悪かったよ謝るから胸を揉みしだくのはやめろ力が強いんだよ握りつぶす気か握力ゴリラ並だなってああ嘘ゴメンなさいでしたコノヤロウ!?」
ストレートに馬鹿と呼ばれて、むーっと頬をふくらませた鈴音から予想外の反撃を受けたネルタスは、たまらず意味不明な絶叫を放った。
揉むと言うよりは捻って引きちぎりかねない危険な攻撃をなんとか制止しようと、謝罪に取れなくもない台詞を吐きながら、大人気なく鈴音の顔を押しのけ抵抗を図る。
くるりくるりと上下攻守が入れ替わり。
鈴音とネルタスは、それからしばらくの間どったんばったんと醜い争いをしていたが、やがて不毛だと悟ると、肩で息をしながらどちらともなく謝罪を口にした。
「えっと……ゴメンなさいでした」
「いや、なんかオレの方も悪かった……」
「……話、進めましょう?」
「……そうだな、そうしよう」
争いほど無益なものは無い。
そう悟ったのだと、後に二人は語った。
「……じゃ、やるか。何度も言ったと思うけど、この召喚は故意じゃない。全てはこの『善悪の天秤』が招いたことだ。つっても、オレに責任があるのは間違いないけどな」
「その点については擁護のしようがありませんね。さあ、お前の罪を数えてください」
「……お前、なんか遠慮なくなってきたよな?」
「え?遠慮とか必要ですか?」
「…………いや別に、いいんだけどさ」
懐いてくれてるっつーか距離が縮まってきてんのかね、とネルタスは遠い目をしながら思った。間違っても、舐められてるとか小馬鹿にされているのだとは思いたくもない。――否定は出来ないが。
まあ、そこは持ち前の楽観的思考で都合のいいように解釈しつつ、ネルタスは説明へ専念することにした。
「現在、この世界は戦争状態にある。その影響を受けて、『善悪の天秤』が大きく傾いたんだ。とはいえ、攻めてきた相手が悪なんじゃない。戦争自体に正義も悪もあるもんか」
「一人殺せば殺人鬼、千人殺せば英雄――ってやつですか。結局の話、正義も悪も主観では語れず周りの目によって決まる、とかでしたっけ」
「そう。あるのはただ、自分の意見を通したいという願望だけだよ。あれは善悪や正義悪で、正しいか間違いかで語れるものじゃない。戦争という概念は――単純でいて、複雑だ」
「単純でいて――複雑。まるで人間関係ですね」
「ああ、言えてる」
実際に長く見てきたからだろう。人間関係も、戦争も、そのどちらも第三者の視点から視たネルタスだからこそ、しみじみと頷く。
少なくとも、一介の高校生でしかない、それも日本という平和な国の、さらに戦争を知らない世代の鈴音には、自分で言った言葉ながら、わかった風な言葉を返すことも出来なかった。
「これは、とある人の言葉なんだけどね。『汝、正義を貫きたくば、力を持って世界へ示せ。それが世界の法則と成る』とは、まさしくよく言ったものだよ思うよ、うん」
「暴力で叶える正義ですか」
「ちげーよ。力ってのは何も暴力の専売特許じゃない。『ペンは剣よりも強し』ってあるだろ?言葉だって十分な力さ」
「それはまあ……そうですけど。言葉で戦争は止まりませんよ?」
「はっはー、現実的な意見だ。その通り、戦争は言葉だけじゃ止まらない。でも、止めようと思わせることは出来るだろ?」
その言葉に、鈴音は思わず同意を示していた。
話し合えばわかる、なんて物語の英雄のような夢物語ではなく、現実を見た上での妥協案のような言葉は、いたずらに正義を振りかざす偽善者 よりも偽悪者 らしいと思ったから。
「今、初めて神様を尊敬した気がします」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるね!尊敬しただなんてさぁ……あれ、まさか聞き間違いだと思うけど、初めて……?」
「言いましたけど」
”神様に嘘をつくのもなぁ”というのが半分、”色々巻き込まれた仕返し”がもう半分。包み隠さず真実を告げた鈴音だが、思った以上に会心の一撃だったようだ。
へにゃへにゃと力無くその場に崩れ落ちたネルタスは、真っ白に燃え尽きているようだった。心無しか、口からエクトプラズムのようなものが出ている気がしないでもない。
「えっと……大丈夫ですか?」
「いいや、もうダメだ。これ以上説明を続けられる気がしない……。わかりやすく小説風にたとえるなら、次話へ持ち越すことにしよう」
「だから何故、小説になる前提のたとえをするんですか」