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ゼロ:少女の異界戦譚―Zero:Savior of parallel wars―  作者: 本城ユイト
第一章 喚ばれた世界
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No.06 異世界情勢

「よっし、着いたぞ」


 あの後、幾度となく上昇下降を繰り返して、無数の通路を飛び抜けて、無限に等しい角柱の書架群を見てきたふたりは――最終的に純白の空間へとたどり着いた。


 ただし、どうやら本当に楽しかったのか、そこはかとなく肌がツヤツヤしているネルタスとは対照的に、ただの一般人で日本の常識内に収まる範囲のジェットコースターにしか乗ったことの無い鈴音は、完全にグロッキーになっていたが。


 これも漫画なら、口から魂が抜けているところだ――小説だったら、『真っ白に燃え尽きていた』とかなんとか表現されること請け負いだ。


「うう、酷い目にあいました……」


「はっはっは、鍛え方が足りんぜ、少女よ」


「いったいどこの誰が、普段からジェットコースターじみた生身のアクロバティック飛行を想定して、それに耐えるために鍛えるっていうんですか。そんなの、奇人・変人・怪人のどれかですよ」


 そう愚痴るようにうめいて、鈴音はごろりと大の字で純白の床へ転がる。ちなみに、鈴音が纏う学生服――白のブラウスと紺のスカートは、ここまでの荒技飛行でぐっちゃぐちゃに乱れてなんだか事後みたいになっているが、それに気を配る余裕もない。


 そもそも、その場にいるのは鈴音とネルタスのみ――つまりは両方ともに女性なので別にいいかな、と半ば言い訳のような思考を重ねる。


「いや、よくはねぇだろ。気をつけろよ?世の中にはな、変態と呼ばれる人種もいるんだ。とくに今、オレの目の前にいるヤツとかな」


「へぇ、変態。気をつけなきゃいけないですね。不覚にもわたしにその姿は見えませんけど、そういうことなら注意しておきます」


「……その変態はな、人様のことを脳内で陵辱して楽しむ類いの変態だ」


「なるほど、脳内妄想なら法に触れず、なんでも出来るという考え方ですか。実に天才的発想です、その変態さんとやらは世紀の大発見をしてますよ。素直に心の底から感心しますね」


「ちなみに、そいつの名前は『シ』から始まって『ネ』で終わる」

 

「ああ、確か五代目火影の秘書をやってた。わたし、あの人結構好きなんですよ」


「……違う、そうじゃない。じゃあ言い方を変えよう、『ス』から始まって『ネ』で終わる!」


「『悪いな、このゲームは3人用なんだ』ですか?」


「その台詞は確かに『ス』と『ネ』が提示されていれば自ずと思い浮かぶ国民的キャラクターだけど、残念ながらやはり違う!というかそのキャラの最後の文字は『オ』だろ!」


 はぁ、とネルタスはなんだか疲れたようなため息を吐いた――その意味は、鈴音にはさっぱりわからなかったが。伝わらなかった、と言えるかもしれない。


「まあいいや。オレが鈴音をここに連れてきたのはな――()()()を見せたかったからだ」


 そう言って、ネルタスが指さしたのは――純白の空間に鎮座する、巨大なモニュメントのようなものだった。その形状から”天秤”を模していると推測のつく、それの両極端にぶら下がる皿の上には、右には白の錘が、左には黒の錘がそれぞれ乗っていた。


 そして、左側へと大きく傾いたそれを見て、鈴音は首を傾げた。


「なんですか、これ?」


「うん、これはな。『善悪の天秤』、もしくは『秩序量り』と呼ばれるものだ。要するに、世界を制御するバランサーだよ」


 白と黒――善と悪。

 つまりは、ネルタスが”ファトランタス”と呼んでいたこの世界は、今現在悪が蔓延っているのだろうか。


 だとしたら、俗にいう”世紀末のような世界”――釘バット片手にモヒカンがヒャッハーなところなのだろうかと、鈴音は漫画の影響を多分に受けた知識でそう判断したのだが、ネルタスはそれを否定した。


「いやぁ、そうじゃない。……あの世界はヒャッハー世界じゃない。でも、あながち間違ってるとは言えねぇな」


「近からずも遠からず……ってとこですか」


「ああ、そうだ。正しくは今現在――ファトランタスは『異世界との戦争状態』にある、といったとこか」


「異世界との……戦争?」


 予想の斜め上からの単語に、鈴音は思わず聞き返していた。それをネルタスは肯定し、うんざりした調子で話を続ける。


「といっても、世界VS世界の戦争ってわけじゃない。戦局は、異世界VS一国……いや、一組織ってのが正しいんだろうな」


「……組織で世界と戦争、ですか。勝てるイメージが湧きませんけどね」


「まあ、言いたいことはわかる。組織の名は”Ideal Star”を略してアイディスター。理想の星を追い求める、という意味で名づけられた、多種族連合組織さ」


「……いやっ、待ってください?ファトランタスって、私から見たら異世界なんですけど、英語とかってあるんですか?」 


 その、看過し得ない部分に鈴音が待ったをかけると、ネルタスは「何を当然」とばかりの怪訝な表情を披露した。


「今日び地球で標準語になってる英語は、古代のヨーロッパで使われていた古英語の派生なんだ。もし暇になったら、ここに来るまでに通ってきた書架で英語の歴史を探してみるといい。結構面白いぜ?」


「なんで地球の歴史が、異世界の叡智が集う書架に並べられてるんです?……まあそれはいいとして、推察するにアイディスターという組織があるのは、アメリカ辺りですか?」


「いいや。あるのは地球で言うヨーロッパ地方だよ。地球とは違って、ファトランタスはその地で現在の英語とほぼ同じに派生した言語が誕生したってだけの話さ」


「ああ、つまり、現在の英語の誕生が北アメリカ地方じゃなくヨーロッパ地方だった、ということですね」


 平行世界――つまりは、異なる歴史を歩んだ世界。ならば、ひとつの言語が誕生した場所に差が生じるということも、もしかしたらあるのだろう。


 ネルタスの説明を自分なりに噛み砕いてそうまとめた鈴音に、説明した神様はうんうんと満足げに頷いた。


「ってことは、ファトランタスでの標準語は英語なんですか?」


「ん?いやいや、どちらかと言えば日本語に近いぜ。ほら、日本の義務教育なら、国語で日本語の文章構成くらいやるだろ?」


「生憎わたしは、理系専門の頭脳なものでして。そういった暗号じみた文は存じ上げませんね。ご期待に添えず申し訳ございません」

 

「母国語くらい存じ上げてやれよ。……基本的には『主語→修飾語→述語』で成り立つヤツな。ファトランタスだと構成はあれと同じで、使われてる文字が違うだけ。覚えるのは簡単だと思うぜ?」


 冗談ではなく、理系専門の思考回路と知識を有する鈴音は、日本語の成り立ちなんて本気で存じ上げてはいない。辛うじて接続詞がわかるくらいのレベルなのである。


 ちなみに、転移前になぜ理系頭脳の鈴音が物理のテストで赤点補習をしていたかというと、解答欄がズレたまま提出したからだ。テスト返却時に、奈緒ちゃんせんせいから”うっかり八兵衛”の称号を貰ったのは、記憶に新しい。


「でもそれって、書く時の話でしょう?実際に会話するのはどうなんですか?」


「ああ……さすがにそっちは一長一短には行かねぇよな。だけど心配すんな、自動翻訳くらいのサポートなら付けられるから」


「だったら書くのもサポートしてくれればいいじゃないですか」


「残念だけど、今ちょいと割けるリソースが雀の涙なんだわ。この程度が限界だな」


 お手上げだよ、と実際に両手を上げて降参のポーズを取ってみせるネルタス。


 本当かな、とその発言に疑いの目線を向けた鈴音は――すぐに気付いた。その基本的にふざけたような言葉の端々に、微かに浮かぶ憂慮のようなものに。


 だが、それには一切言及しない。

 ネルタスが話さないならば話してくれるまで待つべきだろうと、そう判断を下して、鈴音は話題を逸らしていく。


「……それで、根本的な疑問に話を戻しますけど、結局わたしを喚んだのって、なんのためなんです?」


「ん、ああ……そうだな。それを話さなきゃなんねぇよな。だけど鈴音、それを話すにあたって、お前には知りたくない事実や見たくないものを押し付けてしまう。本当なら、したくはない。……ごめん、言い訳だよな、こんなの」


「……いえ」


 語れば語るほど沈んでいくネルタスの言葉に、そう小さく返すことしか出来ない。そんなことはない、大丈夫だと言おうと頭では命令を出しているのに、口が上手く機能しない。


 そんなもどかしさを抱えた鈴音には、先を促す勇気も余裕もなかった。


 双方ともに重たい沈黙が流れ――やがて、意を決した様に、ネルタスが口を開いた。


「……実はな」


「はい」


 言いにくそうに、辛そうに、ネルタスは真実を口にする。その真実が、どれほど残酷で鋭利な凶器かを理解した上で、それでもなお。


「実はな――今ここに居る四之宮鈴音という人間は、本物じゃない。本物から派生した、いわばコピー体、意識のクローンみたいなものなんだ」

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