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ゼロ:少女の異界戦譚―Zero:Savior of parallel wars―  作者: 本城ユイト
第一章 喚ばれた世界
5/8

No.05 否定される存在

 気持ち悪い。

 ぞわぞわと、得体の知れない何かが肌の下でのたくっているような気分。ぐるぐると周囲の光景が回転して、視界が狭まってくる。


 つまり。

 私の精神は、たった一撃で完膚無きまで叩きのめされてしまったのだ――と、そう鈴音は込み上げる吐き気を押し留めながら感じた。


「おいっ、大丈夫か?」


「……っあ、まり……だい、じょうぶじゃ……ありませ……」


 どうにかそれだけの言葉を絞り出して、鈴音はその場に座り込んだ。足の力がどうにも入らず、立っていることすら出来なくなったのだ。

 

 脳が理解を拒否している。

 だが、それでも考えねばなるまい。


 ”2019年7月30日”――それは、鈴音がここへ喚ばれた翌日の日付だ。つまり、あのゲーム画面に映し出された映像の鈴音は、自分ではない。


 自分が見ている前で、自分ではない自分が、我が物顔で日常を送っている――これ以上の恐怖が、他にあるだろうか。考えただけで、嫌悪や忌避感がごちゃ混ぜになった何かが、胸の中で暴れ回る。


 と、ここで、鈴音の脳裏に植え付けられて間もない知識の芽があった。この問題を合理的に、ただの”たわいもない笑い話”へ変える画期的な理論が。


(……並行世界)


 そう、可能性の数だけ分岐する世界ならば、鈴音が”この世界へ来なかった”ルートもあってしかるべきなのではないか。それならば、この光景はなんてことない、有り得るモノだ。


 憶測でしかない、それでいてかなり矛盾のないように思える考えへ飛びついた鈴音は、全てを知っているであろうネルタスと答え合わせをしようとして――


「……あ」


 気づく。

 気づいてしまう。

 先程ネルタスが言っていた台詞の中に潜んでいた、最大の凶器に。


 たとえば、『世界を変貌させる要素によってのみ分岐する世界群』という台詞。鈴音という人間ひとり欠けた程度では、世界が変貌するということは無いのではないか?


 たとえば、『たとえ別の世界に行っても「もうひとりの自分」はいない』という台詞。仮に別の並行世界が生まれていたとしても、”そこに居る四之宮鈴音”が”自分”であることは無いのではないか?


 つまり、それは、要するに。

 あの画面に映し出された映像は、”自分本人”が居た世界ではないという否定が、出来なくなってしまったという事ではないか?


 そこから導き出された、残酷な結論は。あの世界は――まさしく、間違いようもなく、自分自身が居た世界であるということ。つまり、”今ここにいる自分”は、少なからず本物でない可能性があるということだ。


 ――自分で自分の存在を否定した。

 その皮肉のような事実が、強大な負荷となって鈴音の精神へとのしかかる。

  

「……はっ……そ、んな……」


 呼吸のリズムがおかしい。まともな思考が砕けていく。”自分”という存在全てを構成する何もかもが、バラバラになって消える。


 ぐりん、と意識がひっくり返って、横転して、暗転して、闇に飲まれて解けて溶けて熔けていく――


 と、意識が落ちる寸前。

 がしっ!と痛いほどに強く肩を掴まれて揺さぶられたかと思うと、耳元で声が炸裂した。

 

「おいっ、しっかりしろ――四之宮鈴音!」


「っ、あぅ……ネルタスさん……?」


「いいか?落ち着いて、ゆっくりと深呼吸するんだ。慌てちゃダメだぜ、余計に悪くなるからな」


「は、はい……」 


 鈴音はもはや考える余裕もなく、ただ言われた通りに大きく深呼吸を繰り返して――徐々に、のしかかる負荷が消えるとまでは行かないものの、軽減されていくのを感じた。


「あ……ありがとう、ございます」


「いや、今のはオレが全面的に悪かった。あんな事実……突きつけるべきじゃなかった。……本当にゴメン」


 そう言って、深々と頭を下げたネルタスは、数秒してその顔を上げると、パチンと指を鳴らす。


 すると、ゲームセンターの空間がぐにゃりと歪み、やがて薄れて別の空間へと切り替わっていく。


 そこは、角柱状の部屋だった。ただし、広さは一般的な学校にある体育館の何倍もあるし、その壁一面には隙間なく本がびっしりと詰まっていた。


 その部屋は、上を見ても下を見ても、終わりが見えない――暗闇の中へと続いている。そして、やはりその全ての壁に本が詰まっているのだから、蔵書数は億や兆を軽く上回るのではないだろうか。


 その空間の中央、吹き抜けになった場所にかけられた吊り橋のような所へ、鈴音とネルタスは立っていた。


「……ここは?」


「ここはな、創世から今に至るまで、ありとあらゆる知識と情報が集う場所。そして、神様であるオレが管理者を務める場所。まさしく、世界の中枢といっても過言ではない、不可侵の聖域――《創世史記録(アカシックレコード) 》だ」


「えっ?不可侵なのにわたし、入っていいんですか?」


「……っう、それは…………問題ない、かも?」


「どうやら、ダメそうですね」


 元の調子へ戻った――鈴音には無理やり合わせてくれているようにも見えたが、そのネルタスのテンションのおかげで、陰鬱な気分は幾分かマシになっていた。


 そのことにこっそり感謝しつつ、安堵のため息をついた鈴音の手首を、不意にネルタスががっしりと握った。いや、握るというよりは、掴むと言った方がいいか。


「さあ、行くぜ、鈴音!」


「えっ、行くってどこにです?」


「無限の彼方へ――さあ行こう!」


 まさか本当に、無限の彼方とやらに向かうわけでないろだろうが――そう宣言した直後、ふわりとネルタスと鈴音の体が宙へ浮き上がった。


「うわっ、わわわ……!」 


「ふっふっふ、しっかり掴まってろよ?こっから先はちょっと刺激的でスリリングな飛行旅行になるぜ!」


「あ、安全運転でお願いしますね?」


「オーケー、オーケー、了解だ。なぁに心配はいらねぇよ、よくバラエティ番組とかでみる海外のぶっ飛んだジェットコースターよりちょっと危険なだけさ」


「いやっ、海外のジェットコースターより危険って、具体的にはどんな!?」


「んーと、例えるなら海外のモンスターじみたジェットコースターを元にして、鬼畜な設計者が腕によりをかけて魔改造した感じ。つまり、死人が出るレベルだな」


「死ぬんじゃないですか!」


 そんな言葉を遠くに聴きながら、しかし鈴音に「異世界に住むネルタスから見て、モンスターアトラクションの本場であるアメリカあたりは海外と呼んでいいのだろうか」という類いのツッコミを言う余裕は無かった。


 なぜなら、そんなやり取りをする間もふたりの体はふわりふわりと上昇を続け、ついには元いた吊り橋すら底の見えない――まるでネルタスのキャラごとく底知れない闇の中へと呑まれてしまっていたからだ。


 それでも天井が一向に見える気配がしない限り、どうやらこの部屋は日本最大の――ひいては世界有数の高さを誇る空色の電波塔なんか目じゃないくらいには高いらしい。さすがは異世界、と高すぎてもはや恐怖すら麻痺してきた鈴音は、現実逃避気味にそう感想を脳内で綴った。


「よしっ、それじゃあ行くぞ!」


「えっ、ちょっ、ま――ってえええぇぇぇぇぇェェェェェェェェ!?」


 残念ながら、鈴音の静止はあと一歩で届かなかった――たとえ届いたとしても、猫より自由奔放なネルタスが素直に従ったかどうかはわからないが。


 嵐が纏う豪風のような凄まじい音が耳元で響き、辛うじて聴こえる自分の悲鳴がドップラー効果を伴って届く。

 

 つまりは、それほどまでの超加速での上昇飛行だった。ロケットスタート、いや、どちらかといえばミサイルスタートか。角柱状の部屋を一定ごとに横切る空中通路を巧みに避けて、二人の乙女の体がうなぎのような不規則な軌道で昇る――うなぎ昇る。


 それでも体に負担がかからないのは、やはりここが異世界の聖域だから既存の物理法則が通用しないのか、それとも神様であり管理者でもあるネルタスが最大限の注意を払ってくれているのだろうか。


 どちらにせよ、未だ転生・転移系のテンプレに逆らってチート能力のひとつも持たない鈴音にとっては、有難い話だった。


 もしこの後、鈴音もテンプレに則って神様からチート能力を頂戴できるのであれば、そこにたどり着くまでの間が長過ぎる。そして、一度体験してしまえば、それが鈴音の中で常識となるのだろう。


 その場合、ああいった転生・転生系の大半は、文章に起こされる段階で、神様とのやり取りの結構な部分が端折(はしょ)られているらしいと認識せざるを得なくなるのだが。


 まあ、それは物語の都合上、仕方の無い演出なのだろうなぁと、鈴音は他人事のように片手間で思う。もしかしたら、異世界に行くまでぐだぐだとやるよりは、そっちの方が物語がスッキリするのかもしれない。


 だとしたら、先程のネルタスの発言ではないが、もし仮にこの場面が小説化されて文章になった場合、読者の人はどう思うのだろうか。気になる、すごい気になる。もしコメント欄が実装されている投稿サイトとかならば、そこで意見を求めてしまうくらいには気になる事案だった。


「はいはーい、この先連続直角カーブでございまーす、ってなぁ!ヒューゥ、やっぱり最ッ高だなぁ!」


「っ、ノリノリですねぇ!安全運転は忘れないでくださいよ!?」


「了解だぜ!安全運転でドリフトターンを決めてやるわぁッ!」


「生身の飛行でドリフトってどうやるんです!?生じた遠心力でわたしが吹っ飛ぶのがオチですよ!」


 現状、ネルタスと鈴音を繋ぐのは片手首だけだ。ドリフトターンなんて決められた暁には、四方の壁にびっしりと置かれた本棚へ弾丸のごとく突っ込んでしまう。


 だが、そんなことは既に聞こえていないのか、ネルタスは不意にぐんっと上昇飛行に急停止を掛けたと思うと、壁の本棚の一部へ空いた人ふたり分くらいの狭い通路口へと飛び込んだ。まさしく垂直に、直角で。


「きっ――やああぁぁぁぁぁァァァァァァッッ!?」


 一応、乙女っぽく悲鳴を上げるが、どうせ無駄なんだろうなぁと、鈴音は早くも悟っていた。なぜなら、牽引して飛ぶ神様の瞳が、完全にイッていた。これが漫画なら、瞳がぐるぐると渦巻いていることだろう。


 数百メートルほど続いた――その通路の壁にもびっしりと本が置かれていたその通路を飛び出した先は、入ってきたのと同じような角柱状の部屋だった。


 やはりこちらも、壁いっぱいに本が詰まり、上下ともに終わりが見えない。その部屋を、今度は真下へと降っていく――というより、落ちていく。


「っ――――!」


「あーっはっはっは!こんなモンは序の口だ!さあ、まだまだ行くぜぇ!」


 自由落下の何倍もの速度で垂直に落ちながら、耳元でネルタスの歓喜の叫びが爆発する。


 どうやらまだ、この巫山戯た飛行の旅は続くらしい――と、心底げんなりすると共に、心中で少しだけ高揚感が生まれたのを、鈴音自身はついぞ自覚することは無かった。

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