No.04 並行世界
えーと、じゃあ説明していくからな。
つってもオレ、決して説明好きのキャラとかじゃないから、わかりにくかったら悪い。
じゃあまず、世界の成り立ちについて。
よく『並行世界』って理論聞くだろ?そう、可能性の数だけ世界があるってアレな。
”ひとつの世界が大きな変化を得て無数に分岐していく”、そんな世界のことさ。よくSFとかで扱われてんじゃん、タイムパラドックスとか聞いたことない?
分からなかったらネット検索でもなんでもしてくれよ、現代っ子。口頭で一から十まで説明するのは面倒だ。
そうだなぁ、地球の日本じゃあ数学の時間に樹形図ってのを習うんだろ?あれと似たような感じで、ひとつのものが分岐していく。わかりやすく言えば、そんな理論だよ。
でもな、オレが言ってる並行世界は、普通のとはちょーっと違うぜ。
ほら、物語の中とかだとさ、並行世界って主人公たちか元いた世界とそっくりだとか言うじゃん?
オレが言う並行世界は、そっくりじゃなくて、完全に異なった世界。要するに、異世界。既存の並行世界みたいに小さな可能性を拾わずに切り捨てて、世界を変貌させる要素によってのみ分岐する世界群。
だから、たとえ別の世界に行っても「もうひとりの自分」はいない。居たとしても、それは全く違う変貌を遂げた、見た目と名前が同じだけの自分自身。異なる世界にいるのは、やっぱり異なる自分なんだ。
元となる世界がポツンと在って、それが『世界に大きな変化をもたらす事象』――たとえば、大災害とか、どっかで国ができたとか、何か大事件が起こったとか、革新的な技術の誕生とか、そんなヤツ。
要は、世界を揺るがす事態が起こった時、それが『あった世界』と『なかった世界』のふたつにだけ分岐するわけだな。オレはこの分岐する原因となった事象を、分岐点と呼んでるけど。
え?じゃあ最初の元となった世界はどんな世界だったのかって?簡単だよ、”太陽系第三惑星”、聞いたことくらいあるんじゃないか?
つまりは地球だ。
いや、地球になる前のただの星だ。
これも日本の理科とかじゃ習うんだろ?地球の成り立ち。そう、隕石と隕石がドッカーン!ってアレな。その激突で星が誕生した、まさにその瞬間。そこは全ての世界を構成する『元』となった。
そこからは言った通り、分岐の繰り返しさ。”Yes”と”No”を繰り返して、起こった事象も起こらなかった事象もあって、滅んだ世界も続いた世界もあるけれど、今、ここまで来た。
ここだけの話、地球だって何度か滅んでるんだぜ?そうだなぁ、最近のなら『2012年人類滅亡説』かな。あの予言、実は”Yes”の世界線があったんだから。
そういやぁ、オレも日本のラノベとか読むけどさ、よく主人公が異世界転生するのあるじゃん?あれだってもしかしたから、異なるだけで根底は同じな世界かもしれねぇよな。
同じだけど異なる世界――いやぁ、それだったら、『全ての物語には元となる世界がある』って台詞を言わなきゃか。
もしかしたら創られたフィクションの物語だって、遠い遠いどこかの世界から送られた実在の物語が、書き手の頭に届いたってことかもしれねぇじゃん?書かれた楽しい幻想の物語が、どこかの世界で本当にあった出来事かもしれねぇ。
そう考えたら、浪漫ある気がしねぇか?創られたキャラクター達が本当に生きる世界が、どこかにある。妄想でも空想でもなく、実在の世界が。少なくとも、オレは感じるね。
ああいや、独り言。
特に深い意味はねぇよ。
信じるか信じないかはあなた次第さ。
さて、じゃあ閑話休題も済んだところで、次に行こう。鈴音を呼んでしまったことについてだ。
えーと、さっきも言った通り、鈴音の居た”西暦2019年7月29日の地球”とオレが今居る世界――”ファトランタス”って言うんだけど、その世界は根底にあるものが同じだ。
つまり、ざっくり言えば、その根底の世界を通して『繋がってる』とも言えるだろ?……わかんないじゃなくて、言えるんだよ。
なら簡単だ。
既に繋がっている路を利用して、”特定の人間の存在”を片方から片方へ流してやるだけでいい。
そうそう、言ってみれば”流しそうめん”みたいな感じ。鈴音の世界から流された麺は水に乗って、やがてオレの世界 へとたどり着く。
ここだけの話、”世界と世界を直接繋いで転移させる”のは難しいんだ。まあなんつーか、出来るヤツもいるんだけど、ただの神様でしかないオレには無理だね。全知だけど、全能じゃない神様だから。……自分で言ってて悲しくなるなぁ。
とにかくまあ、ざっとこんな感じかな。
分かってもらえたか、聞き手の諸君?
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と、さながら物語の世界観説明を口頭で行ったように、ネルタスは喋り倒した。まさしくマシンガントークというヤツだ。
「結構ちゃんと説明するんですね」
「そりゃあ当然。もし仮にオレたちの活躍が小説化されてこの一場面が文章になったら、今のって重要な世界観の説明パートだろ?」
「いや、その”もし仮に”はもしもがすぎるでしょ。というか、この一場面が小説化されたら、その発言こそ超メタいですよ」
「……確かに!」
なんだか愕然としているネルタスだったが、一瞬後には「まあいいか」と立ち直っていた。切り替えが早いんだか適当に生きてるんだか、よくわからない。
と、そこで鈴音は、なにやら足元にもふもふした感触があることに気がついた。わかりやすく言えば、綿あめみたいな感触――もちろん、ベタつくという訳では無いが。
そこで静かに目線を足元へと向けてみると、そこには鈴音の足に体を擦りつける、謎の形容しがたいフォルムをした生物が。
「――っう!?な、なに、この子……?」
あえて言うなら、足の短い種類である猫のマンチカンが羊の毛を生やしたみたいにもふもふ状態になって、さらにそれが二本足で立って歩く感じだ。可愛いけれど、謎の生物すぎる。
「……あれ、ソイツそんな所にいたのか。どうりで見当たらないなーとは思ってたけど」
「えっ、これ、なんなんですか?」
「見ての通り合成獣だけど。名前はアンドロマリウス、略してロマ君だ」
どうやら、神様のペットは合成獣らしかった。当のロマ君はかなりネルタスに懐いているらしく、ご主人様が手を叩くと鈴音の元を離れて「てててっ」と歩いていく。
そして、ご主人様の足を伝ってするすると器用に肩まで昇ると、
「わんっ!」
と鳴いた。
その瞬間、思わず鈴音は芸人のごとくズッコケるかと思った。いや、冗談ではなくマジで。それくらいの衝撃だったのだ。
「えっ、見た目は猫+羊で、身体能力は猿で、鳴き声は犬って……かなり要素盛りすぎてません!?」
「ちなみに尻尾は蛇だぜ」
「なにそれ、超てんこ盛り!」
「なんかそんなの、特撮ヒーローであったよな。……手羽先食いてぇなぁ」
「何故その話題から手羽先に飛んだのかは分からなくもないですけど、今はそんなことよりロマ君の方を――」
じゅるりとヨダレを垂らしたネルタスへ呆れ半分理解半分に言葉を投げつつ、鈴音は神様の肩に乗る合成獣、もといロマ君へと目をやって――その背中から、ばっさぁ!と勢いよく純白の天使のような翼が飛び出したのを見て、いよいよめまいと頭痛がした。
「さらに鳥類が追加……!」
「ふっ、このロマ君は変身をするたびに名状しがたさがはるかに増す……。その変身をあと二回もこの子は残している……。その意味がわかるな?」
「さっぱりわかりません」
「だろうな。オレもわからねぇ」
どういうことだよ、と喉元まで出かかった言葉を鈴音は既のところで飲み込んだ。
世の中には”よく分からないもの”も存在するのだ。ここが異世界で、神様が暮らす空間だというなら、そういったものも在って然るべき……なのだろうか。
とにかく、図らずもこの場で解決不能な難題へ激突したふたりは、目配せをしてこの場は目を背けることにした。触らぬ神に祟りなし――既に触っているが、セーフだと信じたい。
「……コホン。えっと、じゃあさっきの説明を聞いた上で、何か質問とかあるか?」
話を切り替えるように咳払いして、ネルタスはそう言った。ここで作られた流れに乗るべく、鈴音はしばし考え込んで――そういえばと、説明を聞いた時に引っかかった疑問を訊ねることにした。
「わたしの世界とこの世界、繋がってるんでしたっけ?」
「……ええと、そうだな」
「移動する際は、片方から片方へ”存在”を流してやるだけなんですよね?」
「……そうだな」
「じゃあもうひとつ」
すう、と息を吸い込んで、鈴音は決定的な疑問を口にする。
「この世界から地球へ”わたしの存在”を流せば、ひょっとして元の世界へ帰れるんじゃないですか?」
「――!」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
そんな、最愛の妻や娘を実験材料にした錬金術師のようなセリフを、ネルタスは呟いた。あと、ロマ君が大袈裟に驚いた表情をしていたけど、このやり取りが理解できるあたり、どうやらご主人様の趣味に汚染されているらしかった。
というか、凄いノリがいい。
嫌いじゃないわ!と、鈴音は本日二度目となる使い勝手のいいセリフを心の中で漏らした――その時。
「――だけど、本当に戻りたいか?」
「え?」
そっと、掻き消えるような声で紡がれたその言葉が、ネルタスの口から放たれたものだと理解するのに、鈴音は数秒を要した。なぜなら、そこに含まれる『何か』が、先程までとは決定的に違っていたから。
「本当に、戻りたいか?」
「え、ええ……もし戻れるなら、戻りたいですけど……」
念を押すように繰り返されたそのワードに、鈴音は率直な気持ちを返す。
物語に描かれるような主人公たちならいざ知らず、一介の女子高生でしかない鈴音には、家族があって友達がいるあの世界に帰りたくないなんて、どうしても思えなかった。
そんな鈴音の戸惑いを隠せない返答に、ネルタスは「そうか」とだけ呟くと、パチンと指を鳴らした。
途端、鈴音の背後で沈黙を保っていたリズムゲーム筐体の画面が、ブォンと音を立てて点灯した。
「……見てみろよ」
そう、まるで性格が変わったようなネルタスを奇妙に思いつつ、鈴音は言われた通りに振り返って、
「…………っ、は……ぁ?」
そのゲーム画面を見た瞬間、息が止まるかと思った。いや、実際止まってたかもしれない。得体の知れない汗が噴き出し、呼吸が滅茶苦茶なリズムを刻み出す。
なぜなら。
そこに、映っていたのは。
”2019年7月30日08:15”という日付と。
平然と日常生活を送る自分の姿だったのだから。