ちゅーとりある!
黒い鎧を身に纏った重装備の戦士からの袈裟斬りの攻撃が繰り出される。
それを踏み込み、屈むことによって紙一重ですれ違う。
もちろんすれ違いざまに鎧の無い左肘の隙間へと短剣を差し込む。
加速度のついた短剣はあっさりと肘から先を撥ねとばした。
そして距離が開き、睨み合う。
戦っているのは小さな女の子であった。
金色の長い癖っ毛に活発そうなくりっとした碧の瞳。
簡単な皮の帽子と鎧、手袋をつけてはいるがその姿は駆け出しの冒険者が精々だろう。
「神さま、私に勇気をください。目の前の敵を倒す勇気を!」
その言葉を聞き終わる前に少女へと魔法が放たれた。
〈勇壮なる心・ブレイブハート〉
その魔法を受けて少女は敵を見据え、走り出した。
「私は、誰にも負けない!」
◼️ ◼️ ◼️
時間を巻き戻そう。
夏休みが始まったばかりの俺は家でゴロゴロしていた。そして暇を持て余していた。
夏休みというのは友達がたくさん居て予定が沢山ある人や部活動をしている人は有意義に過ごせるかもしれない。
しかし、特に用事もなければ帰宅部の俺からすればただの長い休みである。しかもやることがない。
なので恒例の夏休みデビューを果たそうと画策していた。
つまり、新作ゲームを探していたのである。
長い夏休みの間続けられ、すぐに終わらず、ずっとプレイを続けれるゲーム。
行動するのに体力が必要であるとか、まだアップデートが途中までですとか、1週間ぐらいで終わりそうじゃないゲーム。
そんなゲームを探していたら、ふと目に止まった。
【Hell Japan】
基本無料プレイ。最初のキャラ無料。
うたい文句は普通のゲームっぽい。
世界観は、位相がずれてしまった平行世界。
幻想上の生物が闊歩するようになった日本列島を舞台にしている。
位相がずれた副産物として魔法が使えるようになったり人間以外の人種が現れたりしている。
そんな中、プレイヤーは現世に干渉できない光神の代わりに代弁者となり弱きものを導いていく、というものである。
普通である。
だが、それ以外は普通じゃない。
なんとこのゲームをしている人が全て相互リンクしているらしい。
そして極め付けがVR対応で、スマホ画面が自分の視界として見えるという。
凄すぎて開発は大丈夫だろうかと思ってしまった。
そんなこんなでとりあえずこれをやってみようと決めた。
◼️ ◼️ ◼️
ゲームを始めるとロゴが流れオープニングムービーが流れる。
凄い高そうなローブを着た美女が何かを言っているが聞いたことのない言語で何を言っているのかわからなかった。
その美女が掲げた杖の先が輝き出す。
そこで初めて名前を入力する画面が出てきた。いつも使っている名前を入れる。
スルト、と。
次にアバターを選べるらしい。
クリスタル型、目玉型、本型、水晶型等色々ある。
つまりはマスコット的な存在なのだろう。
特に考えずに最初にあったクリスタル型にする。
選ぶと声の選択があった。取り敢えずダンディそうな渋めの声にする。
次にガチャが一回引けるらしい。
大体のゲームだとこういうのはSR以上確定ガチャなのだがそう言った表記は特になさそうである。
とりあえず引いてみた。
ま、眩しい!
めちゃくちゃ光って画面が凄いことになった。つまりはそういうことだろう。大当たりなんだろう?と思っていたら表示されたのは想像と違った。
【 奇蹟的な隠遁した未完の農奴 ニルナ 】
レア度とかが特に書いていない。
むしろ農奴。
農奴かぁ。農奴って勝手なイメージだけど最弱な職業と言うイメージなんだが。
などと思っていたらチュートリアルの続きっぽいアイコンが出る。
アバターとガチャで出てきたキャラを選択してゲームスタートを選ぶ。
画面には、善い選択を、と書いてあった。
◼️ ◼️ ◼️
「お父さんも、お母さんも、もう三日も帰ってこない」
ゲームを始めた画面に、椅子に座った少女が机に突っ伏している姿が写った。
「ご飯ももうないし、このままじゃ死んじゃうよぅ」
キャラの導入だろうか、独白が続く。
「ああ、神さま。何でも言うこと聞いて良い子にします。どうか助けて下さい」
そう言って手を組み祈りを捧げ出す。
そこに俺のアバターが突如として現れる。
後光が差し、クリスタルの左右にある透明な翼がキラキラと光る。
眩しさからか、ニルナが目を開ける。
「え、神さま?本当に神様、なの…?」
見つめ合うニルナとクリスタル。つまり俺。
放心したキャラの顔を前にガイドアイコンが出現する。
そのアイコンに従って操作をする。どうやら魔法の使い方についてのレクチャーであるらしい。
魔法ボタンをタップして離すと魔法が放たれる。
タップしたまま上下に動かすと放つ魔法を変更できるらしい。
今は二つしかないようであるがガイドに従って魔法を選ぶ。
タップした指を離し、俺は魔法を撃った。
〈勇壮なる心・ブレイブハート〉
ニルナがぽうっと少し煌めいた。
ニルナの驚愕の表情が見る見るうちに変わっていくのが面白い。
と思ったらニルナが動き出した。
「わぁ、神様だぁ!すごい!あ、自己紹介します!私、ニルナって言います!」
そう言って勢いよく立ち上がり直角にお辞儀をした。
すごく自然に動くし、会話できる。
不自然なところもなくぬるぬる動くのに感動を覚えた。
そこで更にガイドアイコンが出る。
設定でチャットによる指示と音声による指示が選べるようなので、どうせならと音声による指示を選ぶ。
声紋の登録をすることによって他の人の声が入っても識別できるようである。
試しに喋ってみた。
〈 よい 〉
キャラが神様と言っていたので偉そうに言ってみる。
「ありがとうございます!」
最初に設定した渋い声にきっと変換されていると思われる。
どうやら音声による指示も伝わったようである。テレパシーのようなものか。
ならばと思い、さらなる指示を伝える。
〈 我は見守るもの。其方と共にあるもの。かしこまらなくても良い 〉
なんだか偉そうだがこれで伝わるのであれば楽であるのだが。
「神さまありがとう!」
〈 よい 〉
ぱぁーっと笑顔になったニルナの前にまたしてもガイドアイコンが出る。
どうやら移動に関するチュートリアルであるらしい。
右のジョイスティックで視点移動、左のジョイスティックで視点方向に対して前後左右の移動ができるようになるらしい。
一般的なFPSと同じ仕様で安心した。
チュートリアルとしてニルナの肩へと移動するように出る。
かなり難しいが何とかニルナの肩の上に着地する。
移動するとまたガイドアイコンが出る。
どうやら位置を固定できるようである。
ボタンを押すとニルナの肩へと固定された。
神様が肩へ移動したことに驚いたのか、ニルナがその場でくるくると回る。
「えへへ 」
位置が固定されているため、ニルナが回転するのに合わせて視界が移動する。
視界を横に移動させるとニルナの満面の笑顔がどアップで映される。
とても自然で可愛い。
暫く笑顔だったニルナだったがすぐに真面目な顔に変わった。
「うん、神様ありがとう。私、お父さんとお母さんを探しに行く。勇気が出てきたぞー!」
〈 よい。だが何があるか分からない。装備を整えよ 〉
「神さまありがとっ!」
そう言ってニルナは部屋の中を漁り始めた。
練習がてら位置のロックを外して机の上に降り立つ。
部屋の荷物を勇者よろしく漁っているニルナを横目に考える。
ここまでプレイしていてわかったこと。
それはこのゲームが一般的なMMOではないということである。
プレイヤーがキャラを操作するのではなく、キャラをプレイヤーが間接的に操作する感じなのだろう。
今もニルナは部屋の中から自主的に装備を見繕っている。
「神様できました!」
こちらを指差しながらポーズを取っていた。
その体には皮の簡単な鎧と耳まで隠れる皮の帽子に手袋、最後に短剣を一つ。
〈 我も一緒に行こう 〉
そう言ってニルナの肩の上へと移動した。
◼️ ◼️ ◼️
今までいた部屋を出て野外へと出る。
そこに広がるのは広大な自然溢れる世界だった。
目の前に広がるなだらかな丘に広がる山並み。
ただ、スケールが全く違う。
木々は高く伸び、巨大な岩がそこかしこに存在する。
そんな中にポツンと一軒家が建っているのは凄くなんというかメルヘンである。
「今までね、家から出たことってほとんどないんだ。お母さんもお父さんも私にすっごく過保護で危ないことは絶対させてくれないんだよ!」
〈 うむ 〉
「私たちの住んでるところって本当に山奥だから、周りに同年代の人もいないし、魔物が出るから人も近づいてこないんだよ!」
〈 うむ 〉
「だからこういうのって初めて!」
肩に位置を固定した状態で曖昧に返事をする。
現在は家の前から延びる石畳の道をのんびりと歩いている。
目的地とかは特にわからないがおそらくこれは一連のチュートリアルなのだろう。
ニルナの肩にマスコットよろしくくっ付いて移動する。
放牧的な雰囲気に癒される。
しかしながらそれは唐突に破られた。
「あ、ピグピグです!」
石畳の上でゴロゴロしている豚がいる。
ただしその豚は妙に胴体が長く丸っこく、足が短い。
そのピグピグなるものへとニルナは走りよると頭をなで始めた。
「ここがかゆいのかー!」
わしゃわしゃしているニルナを横目にガイドアイコンが出る。
攻撃の指示を出してみましょう…?
この状況でこの指示は鬼畜なのではないだろうか?
しかしチュートリアルというものは非情である。
ニルナがわしゃわしゃするのが終わらない。
そのまま葛藤していたら前方から歩いてくる人影が見えた。
〈 ニルナよ、前方を警戒せよ 〉
「あ、了解です神様!」
お腹を見せている豚を後ろに庇うように道の先へと視線を動かすニルナ。
そこでもう一度ガイドアイコンが出る。
その、攻撃指示を出してみましょうというミッションを遂行する。
〈 目の前の魔物を殲滅せよ、ニルナ 〉
「はぁーい!わかりました神様ぁ!」
一気に加速する視界。
走り出したニルナの肩の上はそこまで揺れることなくぬるぬると移動する。
どうやら道の先に居るのはゴブリンと呼ばれる種類の魔物であると思われる。
緑色の体色に粗末な装備を身に着けている。
そのゴブリンへと向けて走り寄るニルナ。
その姿に気が付いたのかゴブリンは粗末な棍棒を構えていた。
突っ込んできたニルナへと振り下ろされる棍棒であったが体を半身にしながらすっと通り抜ける。
目の前を通り過ぎる棍棒は中々にひやっとする。
ニルナが振り向いたの視線の先には首が胴体から切り離されたゴブリンの姿があった。
何がどうなってそうなったのかは不明だが、ニルナはそこそこ強そうである。
因みにそれをずっと肩の上で見ているだけなのであるが。
斬り伏せられた魔物は光の粒子へと変換されて空気へと溶けていった。
その一部がどうやら経験値のようであったのか、経験値バーが少しだけ増えた。
ログにビックリマークがついていたので見てみると、ゴブリンのマテリアルを1入手しましたと書いてある。ゴブリンのレベルが1だったのでマテリアルも1なのだろうか。
おそらくは素材的なものなのだろう。
「あ、神様倒しましたよー!」
ほめてほめてとこちらをきらきらした目で見てくる。
〈 うむ。この調子で頼むぞ 〉
「はいっ!」
そのまま上機嫌で石畳を進む。
そうするとすぐに今度はゴブリンが3体現れた。
先ほどと同じように指示を出す。
「神様やりました!」
あっけなく倒されてしまった。
なんというか、スッ、ザク!ザクザク!といった感じで苦戦しているように全く見えないという。
そしてゴブリンのマテリアルを3つ入手しましたというログとニルナのレベルが2に上がったと表示される。
まあ、最初の敵なのでこんなものなのだろう。
と、最初は思っていました。
次に現れたのはゴブリンが3体とゴブリンアーチャーが1体。
その次に現れたのは前の4体にプラスしてゴブリンマジシャンが1体。
その次は前に現れた5体プラス少し大きめのゴブリン。
その次はゴブリンの装備が粗末なものではなく歴戦を感じさせる鉄の装備へと変わっていた。
なんだこれは。
もしかしてエンドレスなのか?
敵のレベルもどんどんと上昇していく。
そう思いながら現状を確認する。
ニルナは現在レベルが10まで上がっている。プレイヤーのアバターもレベルが2に上がっており、ボーナスなるものをもらえるらしい。
・同時召喚数+1
・攻撃魔法習得
・追加支援魔法
・追加回復魔法
俺は迷わず追加支援魔法を選んだ。
課金はしない決めているため、暫く召喚出来ないだろうから召喚数を選択肢から外し、ニルナ無双なので攻撃力は必要がないと思い攻撃魔法を外す。
回復か支援なのだけど、今のところニルナが被弾したことはないので支援でいいだろう。
これで現在持っている魔法は
〈 勇壮なる心・ライオンハート 〉
〈 慈愛の心・リジェネレート 〉
これに加えて
〈 聖なる障壁・マジックバリア 〉
を覚えたようだ。
「お父さんとお母さんは麓の町に買い物に行ったんだけど、もう三日も帰ってきてないんだ。往復で一日あれば余裕で帰ってこれるはずなのに 」
〈 うむ 〉
「だから麓の町でお父さんとお母さんのことを聞いてみようと思う 」
〈 うむ 〉
それがフラグだったのだろうか。
目の前に人が倒れていた。
ちょうど二人、折り重なるようにして倒れている。
「え、うそ…。お母さん!お父さん!」
その姿からすぐにわかったのか、ニルナが走り寄る。
安堵と不安が混ざったような泣きそうになる一歩手前の顔を見ながらそっと先ほど覚えた魔法を発動させる。
〈 聖なる障壁・マジックシールド 〉
ニルナの肩の上で何とも言えず考える。
なんと言っても怪しすぎる。
道のど真ん中に倒れているのもそうだし、左右が林になっているのも怪しい。
必死に駆け寄るニルナの横顔を見ながら周りに目を向ける。
そんな視界の先で左右の林からわらわらと魔物が出てきた。
「なんで…、魔物が集団行動してる。もしかして魔族がいるの!?」
現れたのは狼のような魔物とゴブリンの魔物の集団。中には大きな体躯の個体もいた。
確かに今まで現れた魔物は単一種族の集団で違う種族が集まっていたりはしなかった。
その魔物達も無視してニルナが倒れた二人へとたどり着いた。
ゆらりと立ち上がる人影。
「お母さん…?」
ゆっくりとした動きでニルナに抱きつくと、その首筋へと牙を突き立てた。
その瞬間、割れるようなエフェクトとともに母親がニルナから弾かれる。
その顔は生気がなく干からびており、敵のアイコンがついている。
おそらくはゾンビかそれに類する魔物になってしまったのだろう。
「そんな、お父さん!お母さん!」
まさしく絶体絶命のピンチと言えなくもない。
目前に対峙する元両親に周りを囲む魔物達。
最後に林から出てきたのは黒い鎧を纏った重装備の戦士。
見るからに強そうで如何にも中ボス感が出ている。
「聖ナル血筋ハ絶ヤサネバナラヌ。ノコノコ現レタ自ラヲ呪エ 」
「何でもない日々が続くと思ってたのに。…お父さんお母さん、今までありがとう 」
そして肩の上にこちらを向いて無理に笑った。
「神様、私に勇気をください。困難に打ち勝つ道標になってください。お母さんとお父さんの仇ぃ―――!」
キリッとした顔でニルナは前を向き、目の前に迫る魔物の群れに向かう。
放たれる矢をスイスイと避け、飛んでくる魔法を避ける。
何気なく口から指示が出る。
〈 先にアーチャーとマジシャンを仕留めるのだ 〉
その言葉に頷いたニルナが音もなく後衛の後ろへと移動すると容赦なく首を刈っていく。
倒された魔物は光の粒子になって消えていくため、ぎりぎり流血表現はないが本当にぎりぎりである。
手早く後衛を仕留めたニルナは近くに寄ってくる魔物をどんどんと狩っていった。
あっという間にその数を減らし、最後には黒い戦士のみが立っていた。
「猪口才ナ、我自ラガ引導ヲ渡シテクレル!」
目の前に最後に残った敵は
《 黒鎧大兜 ジェガウム 》
と書いていった。
因みにレベルは45らしい。
袈裟懸けに振り下ろされる黒刃に臆することなく前に出るニルナ。
すれ違いざまに黒い戦士の腕が飛ぶ。
「神さま、勇気をください。目の前の敵を倒す勇気を!」
その言葉にすかさず魔法を放つ。
〈勇壮なる心・ブレイブハート〉
「私は、誰にも負けない!」
そして少女と黒い戦士は交錯する―
◼️ ◼️ ◼️
うーむ。
恐らくはここまでがチュートリアルだったんだろうか。
ニルナ強すぎだし、まるで相手にならなかったよ黒い戦士。
両腕を切り飛ばされて最後は胸を一突きとか、ちょっとグロ表現なのではないだろうか。
そんな感想を抱いているとニルナが短剣を仕舞って振り向いてこちらに走り寄ってきた。
「神さま。私、頑張りました 」
〈 うむ 〉
「お母さんも、お父さんも、溶けて消えちゃいました 」
そう言って名残惜しそうに粒子が溶けていく様を眺める。
「私、天涯孤独になっちゃいました 」
〈 うむ 〉
「神さま、私はどうしたらいいですか?」
まるで迷える子羊。潤んだ瞳に見上げる仕草。その有り余るリアルな表情に空を仰ぐ。
〈 我に全てを任せるが良い 〉
その言葉に、ニルナは無理矢理に笑った。
「はい、神さま!」
◼️ ◼️ ◼️
リハビリです。