甘えんぼ幼馴染みには逆らえない
俺、楠本翔太には1年下の幼馴染みがいる。
見た目は楚々できちんとした女の子だが、とある事で俺は少々手を焼いていた。
「ねえねえ翔くん。おんぶしてー」
「いやだ、無理」
「無理じゃないって~。翔くんならできるよ」
倉崎なお。
家が向かい同士で色々と縁もあり、小さい頃からよく一緒にいる事が多い。
両サイドに編ませた綺麗な茶髪、くっきりとした切れ長の眉に、大きな瞳。
バランスもよく、まさに容姿端麗。
そして学校では、模範とされた優秀な生徒を装っているらしいが、この通り、あれが彼女の本性だ。
人様の自室に勝手に入り込んでは、俺がゲームをしている時に、いつもこんな調子で邪魔をしてくる。
俺の貴重な寛ぎの間を妨害され、辟易していた。
なら部屋に入れなけりゃいいって?
それが可能ならば、どれほど苦労しないことか。
こいつ、親を味方に付けてるから、俺の毎月のお小遣い量がなおの評価しだいで大分変わるんだよ。
下げられることはあるが、上がることはない。
大人って、ほんと理不尽だよな。
「翔くん、おんぶーおんぶー」
なおが俺の背中に乗っかるように、体重をかけてきた。
身体を揺らし、その度になおの小さな膨らみがむにゅっと当たる。
中3にもなったのに、この子は……。
昔からぽっちも甘え癖が抜けていない。
反抗期の一つ、あってもいいと思うのだが……。
信頼してくれているのは嬉しいけど、俺だって男である。いくら何でも無防備すぎだ。
このままだと、将来ダメな大人になってしまう。
だから、俺は少しキツめの口調で言ってやった。
「嫌だよ。なお重いし」
「えー?重くないよぉ」
ぷくっと頬を膨らませる。まるで口にものを含んだリスみたいだ。
つついてやると、「ふしゅー」といって空気が抜けていく。可愛いな……。
―――ハッ!
しっかりしろ、俺。
このままなおのペースに乗らせたら、またついつい甘やかしてしまう。
俺は意識をなるべくゲーム画面に向ける。
うっ、ここのボス、結構強いな。
「む~、翔くんのケチんぼ」
つまんなそうに唇を尖らせた。
俺は構うもんかと鼻をならして無視をする。
「ねえねえ翔くん、お姫さま抱っこして」
「……さっきよりハードル上がったなおい。つーか重いって」
「えー、いいでしょ?一回されて見たいんだー」
「いやだよ。大体、今ゲームしてるから手が放せない」
我ながらうまく、冷ややかに言い放ってみせた。
「……最近、翔くんつれなくない?」
なおが不機嫌そうにじーっと横から睨んでくる。
「そりゃあ、これだけ無防備に甘えられたら、将来的になおの事が心配にもなるわな」
「うっ……。こ、これでも学校ではちゃんとやってるし、甘えるのは翔くんだけにだから問題ないもん」
そうなんだよなぁ。
なおの外面は、“周りから頼られる優等生”なのだ。
学業や運動、友好関係から先生への態度など、全てにおいて完璧で申し分ないという。
さらに自ら学級委員長を挙上してやるぐらいだし。
「……それよりも君ィ?最近どうも学校の成績が芳しくないようだね?」
「ぐッ、何故それを……!」
唐突に触れられたくなかった事を突かれ、俺は面を喰らった。
「私が勉強を教えてあげよーか?今ならお姫さま抱っこで手を打ってあげよう!」
ニヤニヤとなおは意地悪い笑みを浮かべる。
こいつは俺より一個下の学年だが、高1の範囲はもう予習済みのようで俺よりも頭がいいのだ。
だから試験前とかは非常に助かる。
ちなみに通っているとこは中高一貫校なので、エスカレーター式で高校受験はない。
全く、出来た幼馴染みだ。
「……仕方ない、一回だけな」
「やったっ!」
俺はゲームをやめて、なおの腰と腿の裏に手を添えて、一気に持ち上げた。
なおは普通に軽かった。
「ふへへ♪」
……本当に幸せそうだな。
気の緩んだ笑顔に思わず見惚れてしまう。
なおにはずっと笑っていて欲しい、そう思ってしまうほどに愛らしかった。
「……ねえねえ翔くん、キスしてよ」
「ああ」
「えっ、ほんとに!?」
そこで俺は、自分が無意識にとんでもない事を受け入れてしまったのに気づき、慌てて撤回する。
「待った待った、今のなし!!つーか、何だよ急に!?」
「い、いや、試しに押したらイケるかなーって」
「そんで、どうして俺に!?他にも、それこそお前の…す、好きな人とかに頼んだらいいじゃんか!」
「だって、翔くんとなら……嫌じゃないから」
「……は?」
俺はしばし理解に遅れ、もじもじとしているなおを呆然と見つめる。
だが漸く自分の脳がその言葉の意味に追いつき、俺は驚愕する。
「えええええ!?」
「……やっと分かったの?」
「だ、だってお前、そんな素振りなんて一度も……」
「したよ!いっぱいアピールしまくったよ!そもそも、好きでもない年の近い男の子の部屋に、悠々と入ってこれる訳ないじゃん!」
なおは激しく照れながら、大声を出して怒った。
「そ、それは、俺となおが幼馴染みだからじゃ」
「……っ、翔くんのあんぽんたん!!」
「ちょッ、なお!?」
なおは顔を真っ赤にして、枕で思いっきりばんばんと叩いてくる。
痛い痛い、その枕、そば殻なんだから少しは加減しろって!?
「鈍感!優柔不断!無責任たらし野郎!」
「口悪くね!?」
容赦ない罵倒に、俺は内心傷ついた。
というか無責任たらし野郎って何!?
「いい加減、私の気持ちに気付いてよ!私をちゃんと見てよっ!」
瞳からこぼれ落ちた涙の粒が、なおの頬を伝う。
俺はそんななおの様子に目を見開かせると、突然手に持った枕を離して、俺にもたれかかってきた。
「もう、大好きだよ……」
そう呟くと、なおは恥ずかしそうに顔を胸にうずめくる。彼女は少し震えていた。
俺は抱きしめたい衝動に駆られ、両腕を回した。
包み込んだ彼女は繊細で、凄く柔らかかった。
ふわっとくすぐったい髪からは甘いなおの匂いがして、どこか安心する。
「……全く、なおには敵わないな。もうどんなダメなヤツになっても俺は知らねぇぞ?」
俺は降参するように深く息を吐いて、頭を撫でてやった。
すると、気持ちよさそうに頬を弛めながら、
「翔くんが面倒見てくれるから、いいもんっ」
なおは俺が今まで見てきた中でも、一番の晴れやかな笑顔を咲かせた。
……またしばらくの間は、甘えさせてやってもいいかな。
結局俺は、甘えんぼ幼馴染みには逆らえないのだった。
閲覧ありがとうござきました。
たまには、こんな感じの空っぽな小説も書きたいのです。
読み終わったら是非、感想や評価お願いします!




