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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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山の中

友利との旅行を終え、いつものメンバーと山へ出向いた岳。そこで彼らが見たものとは。

ひと夏の恐怖体験。

 新緑の山々に囲まれた夕方。小さなペンションの開け放たれた窓からは谷川岳が、夏を忘れさせるような冷たい風が吹き込んでくる。

 呼吸をする度に、寄居では味わえない混じり気のない緑の匂いと川の匂いが身体を満たしていく。

 食事の時間になると岳と友利はダイニングへと向かったが、二人の他に客の姿は無かった。

 髭を蓄えた気さくなオーナーが二人に微笑む。


「今日はお二人以外、誰も居ないんですよ」


 その言葉に岳と友利は顔を見合わせ微笑む。「二十歳の記念に」とオーナーの粋な計らいで赤ワインのボトルをプレゼントされ、礼を言った二人はグラスを合わせて食事を始める。


「岳、ここのお風呂温泉だって。先入ってもいい?」

「おぉ、さすが群馬だね。先に入って来な」

「うん。誰も居ないし、やったね」

「あぁ。やっぱ一緒に来て正解だったわ。こりゃ一人じゃ寂しいわ」


 ペンションの傍を流れる川の音だけが響く、木造りのダイニング。シースルーのカーテンの向こう側に谷川岳が一望出来た。やがて宵闇に変わる風景を、岳と友利は静かに眺めていた。

 明くる日は二人で水上駅付近を散策し、お土産を手に二人は何一つ不満のない二日間を過ごした。


 男衾に着いた岳は純に温泉まんじゅうを渡し、旅行の思い出を楽しげに反芻しながら語った。

 出身地である群馬の話を純はどこか誇らしげな表情で聞き入っている。


「パラグライダーとかやってんのな。谷川岳とかもクライミングで有名だったりさ、土合駅が霞むくらい良い所だったよ。群馬ってすげーな」

「尾瀬も草津もあるしさ、実は観光名所いっぱいあるんさ。この辺の人は近場だと伊香保とかかな?」

「あとは高崎かな?カッパピアとか」

「出た!カッパピア!小さくて寂れまくってたけど好きだったなぁ。舌切り雀の乗り物がめっちゃ怖くてさ、トラウマなんさ」

「あー!分かる!あの舌切り雀って地獄巡りみたいだよな。全然可愛くないの」

「二回目乗った時さ、怖くてずっと下向いてたんさ」

「俺もダメだ。お化け屋敷も怖くて入れない」


 純は岳と群馬の話に華を咲かせ、自分の出身地のまだ見知らぬ場所へいつか旅に出ることを考え始めた。

 車がある今ならどこへでも行けるという事が、純の微かな楽しみを日に日に増やしていった。


「いいかい?せーの、で身体を前に動かしてみてよ?」

「いいなぁ!純君、最高だよ!」

「いくよ。せーの!」


 夜。定峰峠の山頂部でミラのエンジンを停止させた純は、人間の力だけで車が山を下れるかどうかのチャレンジをしようと提案した。

 純、岳と良和、そして良和の同級生の松村が身体を同じテンポで前へ突き動かす。

 車重の軽いミラはゆっくりとした速度ながらも前へと動き出す。

 その瞬間、純は手を叩いて笑い声を上げる。


「ははは!マジで動いてるよ!」


 良和が「成せば成った!成せば成るじゃん!」とはしゃぎ、松村が感動映画を観た後のような口調で「俺らだってさ、やれば出来るんだよ……!これが証明だよ!」と力強く言うと岳が「馬鹿かよ」と笑い声を上げる。

 峠を迷いながら走っていると、一同は小高い場所にある牛舎に出くわした。

 闇に浮かび上がる青いトタン作りが不気味に思えたが良和が「探検してみよう」と言うので純は車を停車させる。

 外へ出ると夏だというのに冷え切った山の空気が彼らを静まり返らせた。

 良和は先導して小走りで牛舎へと向かったが、恐怖を覚えた岳と純は車の側から離れようとはしなかった。

 松村は二人を気にしながらも良和を追い掛け、牛舎の中へと消えて行った。

 岳は腕組しながらその背中を見詰めながら言う。


「よく行けるなぁ……。怖くないんかね」

「不気味で怖いのもあるけどさ、臭くないんかさ?そっちの方が無理だわ。うんこ付けて帰ってきたらヨッシーと松村君……置いて帰るよ」


 しばらくの間様子を伺っていたが二人がすぐに戻って来る気配は無かった。


「あれ……あいつら出て来ないね」

「牛に殺されたんかさ?」


 その時、良和と松村が血相を変えながら牛舎から飛び出して来るのが見えた。慌てふためいた足取りで

「ヤバイ!ヤバイ!」と声を荒げている。

 純が車のエンジンを点けると一同は有無を言わず車に乗り込んだ。


「ちょっと、どうしたんさ?」

「ヤバイ!牛舎入ったら牛居なくて、壁にビッシリ藁人形が打ち付けられてたん!」

「うわぁ!マジかい!」


 興奮気味に話す良和とは対象的に、松村は恐怖の為に首を横に振りながら唇を震わせている。

 話を聞いた岳は両手で自分の身体を摩りながら「うわー」と連呼する。

 松村が口を開く。


「こんな所まで来て藁人形打つってさ……凄いよな……執念感じるよ」


 額に手を置き、苦笑いを浮かべながら良和が言う。


「怨念込めて相手呪うから効果あんだで。変な場所わざわざ選んで、夜中に時間掛けて来るじゃん?するとさ、その間に念が増えるんよ」

「へぇ……赤井は詳しいんだなぁ……俺、尊敬するよ」

「いや、尊敬するような事じゃねーで」

「いやぁ、だってさ……俺知らなかったもん。凄いよ。尊敬するって」

「そうか。じゃあそうしてくれ」

「おお!そうさせてもらうよ」


 松村の素直過ぎるとも言える発言に岳と純は堪らず噴出す。純が「あー、面白い」と言うと松村は嬉しそうに「そうか?そうかな?俺、面白いかな?」と笑うが、その態度に今度は逆に苛立ち始めた。

 後部席の良和が学校の教師の真似を始め、松村がそれに乗っている間に純は岳に訪ねる。


「がっちゃんさ、水上までどうやって行ったんだい?」

「せっかくだからって特急で高崎まで行って、そっからは上越線。ひたすら緑!って感じで気持ち良かったよ」

「そっか、電車も良いなぁ。皆で長野行った時も電車だったもんなぁ。今回は友利ちゃんと行って良かったっしょ?」

「うん。最初からそう予定立てとけば良かった」

「せっかく一緒に行ける人いるんだからもったいないさ。俺は一人で行くけど」

「え?一人旅すんの?」

「うん……そのうちね。ここ……曲がってみるかな」

「この道、どこ行くんだろ?暗くて分からんねーな」

「まぁ、どっか出るでしょ」


 その夜、見知らぬ山道を男四人を乗せたミラは走り続けた。

 明け方近くになり、峠の途中で四人が立小便をしていると良和が言う。


「こういう山とかってさ、UFO出るんだってね」

「そうなんだよな。秩父って意外とUFOのメッカなんだよ。俺も何回か見たし」


 岳の言葉に純が「興味深いなぁ」と関心を示す。その横で松村が「藁人形の次はUFOとか、勘弁してくれよぉ」と笑う。


「こんな風に話してるとさ、呼び寄せるって言うかんねぇ」


 良和が楽しげにそう言った次の瞬間だった。彼らの前に立ちはだかる山の向こう側の空が青白く発光、明滅し始めたのだ。

 その異常な光り方に誰もが冷静さを失い、悲鳴を上げる。


「UFO!UFO!逃げよう!ヤバイ!」

「話してたからってマジで来んなよ!寂しがり屋かよ!」

「か、鍵かかるかさ!?あれヤバイっしょ!めっちゃ光ってるし、こっち来るんじゃない!?」

「あ、赤井!どうすればいい!?UFO出た時の対処とか……何か情報ないの!?」

「ねぇよ!ある訳ねぇじゃん!逃げるしかねぇん!早くしないとグレイに捕まるで!」

「じゅ、純君!全力で頼むよ!急いでくれよ!た、頼ってるからさ、な?」

「分かってるって!もうイライラすんなぁ!」


 その日、見たものの正体が一体何だったのか誰にも分からなかった。それが果たしてどんな現象なのかを分析する余裕もなく、車は急発進した。

 既知の経験や頭で計れないからこそ、彼らの恐怖は本物だった。

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