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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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校門の向こう

純の思いつきで岳との母校の高校へ赴く二人。そこで岳は純から訊ねられ、自身が恐怖するものを純に打ち明ける。

 七月


 バイト帰りの純は岳に勧められ、近頃ハマり始めたハードロックバンドのCDを借りにツタヤへと足を運んでいた。すぐ近くに山がある所為か、入り口近くの捕虫器には名前の知らない小さな虫が群がっている。

 CDコーナーで「メガデス」を探していると、レジの方向からうっすらと岳の声が聞こえる気がしてレジを覗き込む。

 すると岳はまだ高校生と思われる茶髪の見慣れた男性店員と親しげに会話をしていた。音楽の話でもしているのだろうか?と思い、純は何となしに聞き耳を立てた。


「じゃあ兄ちゃん元気でやってんだ」

「はい。今は熊谷で働いてます。こんな事言うのも変ですけど……俺ら兄弟みたいなもんじゃないですか」

「まぁカズもヤスキも俺と同じ家で同じ親父と暮らしてるんだから、そうだよな」

「凄く謝りたかったんです。なんか、申し訳ねーなぁって俺も兄貴もずっと言ってて…………」

「そんなん子供が気にする話じゃないよ。元気でやっててくれればそれでいいから」

「ありがとうございます。今度、妹さんに会わせて下さいよ。あ、メアド教えます」

「うん。何か紙に書いといて」


 純はそのやり取りに聞き入りながら、二人がどういった間柄なのか分からずにいた。少なくとも音楽の話では無いようだった。声を掛けようとも思ったが気軽に話し掛けてはならないような気がして踵を返す。

 すると、純を見つけた岳の方から声が掛かった。振り返ると、岳はカウンターに肘をつきながら店員に何か耳打ちしている。

 純はCDをひらひらさせながら岳に近付く。


「お、純君。メガデス?」

「あぁ、この前貸してもらったんにハマっちゃってさ。ギターハンパないよね」

「それギタリスト変わった後のアルバムだよ。それでもやっぱハンパないけど」

「そうなんかい?でも、それはそれで楽しみにしとくよ」


 純は男性店員に何となく頭を下げると、店員も同じように控えめに頭を下げた。


「がっちゃん、知り合いなんかい?」

「いや、弟」

「弟!?」


 岳に実は弟が居る事をいきなり明かされた純は、驚きのあまり声をうわずらせた。店員の顔を見ると岳とは対象的に色が白く、目が細い。しかし、店員の愛嬌のある微笑みで純は警戒を解く。


「ごめん。血は繋がってないんよ」

「どういう事?」

「俺の元の親父の、今の息子。カズの弟」

「あー、なるほど。そういう事か」


 純は岳の家庭事情を知っていた為、すぐに点と線が繋がる。父親を取った女の子供。互いに憎しみ合う関係になりそうなものだと想像したが、実際はそうでもないようだった。

 しかし、その状況に出くわしたところで家庭不和の経験がない純は何と声を掛けていいのか分からず、曖昧に笑うことしか出来ない。

 すると店員が微笑みながら言う。


「岳さんの友達なんですか?」

「腐れ縁だよ」

「この方、良く来てくれるんすよ。毎度ありがとうございます」


 純は照れ笑いを浮かべ鼻の下を指で擦る。


「いやいや、こちらこそ……今度から延滞しにくいな」


 そう言いながらCDをレジに差し出した。屈託なく笑う店員に年を聞くとまだ17歳だと言った。

 その他にも何か聞こうと思ったが会話の糸口が見つけられず、純はそのまま岳と共に店を出た。

 帰るついでに岳を助手席に乗せ、夜の寄居町を走る。

 国道には出ずに商店街を通って帰る。


「こころ大接近 本町ラッキーセブン会」


 という古い看板の前で、純は思いついたように言う。


「あの看板の女の人さ、楠田枝里子に似てない?」

「ははは!確かに似てるわ!」

「この商店街ってさ、すっげーレトロだよね。いつからあるんかさ?」

「俺が生まれた頃には多分この姿だったと思うよ。ライフが出来たりヤオコーが出来る前はさ、もっと活気あった感じだったけど。こんなゴーストタウンじゃなかったよ」

「銀行しか用事ないけどさ、昼間来るとシャッター通りだもんなぁ。あ、がっちゃんってずっと男衾じゃないんか。寄居はいつまで居たんだっけ?」

「小4の秋まで。だから小さい頃の思い出はほとんど寄居なんよ。山奥に住んでたから波久礼駅から寄居駅まで毎日電車で通ってたんよ」

「小学校の通学が電車かぁ、すげーな。寄居の何てとこに居たん?」

「末野って所。末の野原で「末野」。まさに文字通りの山ん中だよ」

「へぇ……寄居は以外と知らない場所の方が多いなぁ」

「まぁ知らなくても別に困らない所の方が多いけどな」

「そうかさ?俺さ、結構好きなんだよね。寄居」

「嘘ぉ!?」

「え?変かい?」

「いや、そりゃどうもって感じだけど」

「何もないけどさ、山とか荒川とかぼーっと眺めてるとさ、色んな事忘れられて無心になれるんだよね」

「仙人かよ。まぁ静かな街だけどね。何で街が静かか知ってる?」

「え?何かあるんかい?」

「うん。人口が少ないから」

「ははは!そっか!」


 純はそのまま男衾へ帰る事無く、鉢形から桜沢方面へと車を走らせた。特に何か目的がある訳では無かったが急に高校を訪れたくなったのだ。

 夜の校舎は街頭に照らされていたが窓に灯りは無く、当然人の気配も無かった。

 校門の前に車を停め、純と岳は校舎を眺める。


「純君、高校卒業してから来た?」

「いや、一回も」

「俺もなんだよ……もう堂々と煙草吸えるわ」

「夜だから怒る人誰もおらんけどね」

「中、入ってみる?」

「そのつもりだったんさ」


 口角を上げた純は岳より先に素早い動きで校門を乗り越え、校内へと侵入した。純に続いて煙草を地面で揉み消した岳が校門を乗り越える。

 校舎へ続く歩道を進み、校舎の真下にある薄暗い広場へ出ると純が笑い声を上げた。

 夏の割りに湿度の低い夜に純の声は良く響いた。


「何かさ、もっと感慨深くなるかなぁと思ったんだけど……何も思わんもんだね」

「二年経ってんだけどなぁ。なんかこの前まで居たわって感じするね」

「小学校とかならさ、遊具とか見て「これこんなに小さかったっけ?」とか感動するけど。俺ら別に身長変わってないしね」

「そうなんだよな。行くか」

「せっかくだからさ、外周散歩せん?ちょっと動きたいし」

「あぁ、良いよ」


 純と岳は再び校門を乗り越えると夜の散歩を始めた。何故か互いに感傷めいたものや懐かしさを感じなかった事を笑い合いながら。

 狭い歩道の脇を数台の車が通り越して行き、二人は金網越しに暗いグラウンドを眺めた。


「石垣の授業さ、三年間ずっとサッカーだったな」

「そのおかげで俺らやたら上手くなったよね。その辺の高校のサッカー部だったら勝てたんじゃない?」

「一々テメーら見るの面倒くせーからサッカーでもやっとけ!って、それで三年間だかんな。すげー教師だよ」

「がっちゃん骨折したよね。しかもボールに触ってないのに」

「着地失敗してな。本当馬鹿みてーだわ」


 二人は角を曲がり、喫煙所と化していたテニスコートを眺める。

 昼休みの嬌声が聞こえて来そうな感覚になり、岳は思わず微笑んだ。純はフェンスをまじまじと眺めながら呟いた。


「ここにさ、がっちゃん呼んだよね。チンピラに目付けられてた時にさ」

「あん時は必死だったなぁ…………。純君のおかげで助かったよ」

「がっちゃん顔面真っ青でさ、泥棒みたいにコソコソしながら学校に入って来てたもんね」

「当たり前じゃん!毎日怖かったで」

「そうだったよなぁ。やっぱさ、今でもがっちゃんは怖いもんとかあるんかい?」

「はぁ?あるよ。怖いもんだらけだよ」


 純の目にはいつも飄々として見える岳に実は怖いものがあるという事に、純は微かな興味を抱いた。悩みはするけれど、それを自身の力で解決出来るのが岳であると純は常日頃から思っていたのだった。

 自嘲気味に笑う岳に純は訊ねる。


「例えば?」


 純の質問に岳はしばらく考え込んだ顔をしていた。それは悩みの中からどれを選択するか、というよりも言おうか言うまいか、と考えているようにも見えた。

 岳は暗闇のテニスコートに向かって、自信なさげに答える。


「幸せとか」


 岳の答えに純は首を傾げる。友利の顔が浮かび、純から見れば幸せの中にいるとしか思えない岳が不思議でならなかった。

 幸せ。皆が目指しそれに向かい試行錯誤しながら歩む対象が怖いという岳。

 それは幸せである証拠なのかもしれないが、純は「何故?」と聞けずに黙り込んだ。

 二人は少しのセンチメンタルも掴めないまま、夜の校舎を後にした。

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