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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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二十歳

二十歳を迎える岳達。それぞれがやりたい事を見つける中、岳は友利にある思いを告げる。

 佑太は朝方を迎える前の闇深い線路内で工事の撤収作業に追われていた。見慣れない年配の作業員の動きがもたつき、佑太は思わず苛立ちの声を上げる。


「早くしねぇと電車動いちまうで!こっちも引き上げるのに時間掛かるんだからさ!早くしてくれよ!」


 年配の作業員が「へい」と頭を下げたがヘルメットの顎紐が緩かったようで、ヘルメットが頭から離れて線路に落下した。

 その様子を見て佑太は舌打ちを漏らす。すると佑太の先輩が佑太の尻を力任せに叩いた。怒っている様子では無かったが決して穏やかな表情ではないのが分かった。


「いってぇ!何するんすか!?」

「おい。言い方ってもん考えろよ」

「だって……あのオッサンやる事遅いから……見ててイライラするんすよ」

「協力会社のオッサンだべ?大体うちの人間じゃねぇし、幾らなんだっておまえみたいな年下にあんな言われ方したら腹立つだろ。ジイと孫くらいの年の差だぞ」

「やる事やってれば意見していいんじゃないすか?ダメなんすか?」

「馬鹿。ホストじゃねぇんだ。ちっとは考えろ」

「あー!もう!会社って分っかんねぇ!……ったく」

「そのうち分かれ。お、積み込めるか。行くぞ」

「うっす」


 積み込みを始めると朝の匂いが闇に混じって漂い始めたのを感じた。湿った質感のその匂いを嗅ぐ度、佑太は一日の作業の終わりを感じるのと共に、中学時代朝方に純達と遊び回っていた事をふと思い出した。


 純は自分の部屋で「るるぶ」を真顔で読み耽る岳の顔を覗き込んだ。楽器を弾いている時よりもよほど真剣に誌面に目を通している。


「水上ってさ……多分そんなに見る場所とかないよ?」

「土合駅に行ければそれでいいんだよ」

「マジで記念に行くの?群馬生まれの俺も行った事ないよ。もっと他に良い所あんじゃないかな……」

「いや、俺はあの「モグラ駅」を見ないと死ねない」

「そんないいかなぁ……?」


 岳はめざましテレビで紹介されていた「日本一のモグラ駅」として有名な土合駅の映像を観て以来、熱病にかかったように「水上に行く」と公言するようになっていた。

 それも二十歳の誕生日記念として行くのだという。

 純はゲーム画面に目を移しながら岳に訊ねた。


「旅行だったらさ、当然友利ちゃんも一緒なんでしょ?」

「いや……大人になる記念だから「一人旅」ってのをしてみたいんだよ。男のロマン?みたいな?」

「なんかずいぶん田代くせぇ事言うね。友利ちゃん誘って温泉とか行くのが良いと思うけどなぁ」


 岳は「田代くせぇ」と言われた事に言葉を詰まらせたが、自分の意見を押し通す。


「こればっかりは譲れない。一人で寂れた温泉宿とか泊まってさ、窓を開けて静かな夜の音に聞き耽るんだよ……。ざわざわーって木々が歌ってさ」

「あー……すげーつまんなそう。ストレスとか大丈夫かい?」

「夢を叶えたいんだよ!いいじゃんかよ!」

「友利ちゃん居るのになぁ。勿体無いでやんの」

「今回は俺は男になる。友利には涙を飲んでもらうわ」


 そう言いながら岳は「るるぶ」に記載されている「土合駅」の紹介ページに何度も丸をつける。

 純は半ば呆れながら毎年夏に行われる「B-BOY PARK」に今年の夏は行こうかと考え始めた。米田を一度誘ってみたのだが


「そいつら本物のB-BOYなんだろ!?絡まれたら勝てねぇし怖ぇよ。おまえ一人で行って来いよ!」


 と一蹴されてしまったのだ。

 しかし、純はラッパーアーティストや自分と同じようにヒップホップを本気で好きな若者を自分の目でみたいという欲が湧いて来るのを抑え切れずにいたのだった。

 二十歳を目前に純は一人で会場に足を運んでみようと密かに決意し始めていた。


 良和はビデオに録り溜めた夕方のニュースの特集を眺めながら言う。画面には「引きこもり」と呼ばれる中年に差し掛かり始めた男性を、中年女性のカウンセラーが部屋から半ば強引に連れ出す様子が映されている。


「がっちゃん!もう二十歳だで!二十歳って何が出来るん?ギャンブル?堂々と風俗?」

「それは18じゃん?」

「じゃあ何かメリットあるん!?働いてれば税金も取られ始めるしさ」

「煙草と酒が解禁になる」

「俺には何もメリットになんねぇ。あぁ……このまんま大人になっちまうんだ。相変わらずモテねぇし……」

「服変えたり雰囲気変えたり……モテるようにすればいいんだよ。簡単だろ」

「トークが大事なん!トークトークトーク!トークさえあればすぐに女とヤレるん!」

「分かってんならやれよ。大体……いつも言ってる事めちゃくちゃじゃん」

「それが分かってるから言ってんじゃん……怖いん……普通の女と話すのが怖いん。自信が無いん」

「学校にいるじゃん。友川とかさ」

「あ、いたわ。でもなぁ……ヤルっていうか……何か違うんだよなぁ……。もっとさ、イケイケのホストとかみてぇに女転がしたいんだよ」

「そりゃボディチェンジでもしねぇと無理だわ。なんだかんだ優しいんだからそこ持ち味にしたら?」

「優しさだけじゃ「いい人止まり」なんだよ!ダメなん!ヤレねぇん!」

「それだけ分かっててヤレねぇヨッシーが逆に凄いわ……」

「分かってんのにさぁ……怖い……どうしても怖い……」


 良和は「大人」になるにつれ、自分の周りの女達が女性になっていく事に恐怖を感じ始めていた。見知らぬ「女性」と話をしなければならない時などは、太刀打ち出来ない相手を倒さなければならない気持ちになる。

 頭では分かっているがどう足掻いても抗えないその状況に、そんな自分に、良和は長い苦しみを覚える事となる。


 デートの帰り際、都内を中心に店舗を拡大し始めたスターバックスで岳は友利の目を見ながら言った。


「今年の誕生日なんだけどさ……休み取って旅行行こうかと思うんだよ」


 岳の言葉を聞くと、友利は嬉しそうに声を上げた。


「えっ?本当?何処に行くの?」

「群馬の水上って所なんだけどさ、分かる?」

「確か……行った事ないけど、温泉とか有名な所かな?冬は寒い所だよね?」

「そう。特急かなんかに乗ってさ。一泊で」

「えー……いいねぇ。温泉行きたいし、二人でちゃんとした旅行ってした事無かったもんねぇ」


 友利は頬を緩めながら「温泉かぁ。久しぶりだなぁ」と喜びを隠さずにいる。岳は友利から視線を外すと掠れた声で呟いた。


「そうなんだけどねぇ……うん」

「うん?」

「うん」

「え?」


 友利は唇だけを上げたまま、真顔になる。

「二十歳の記念」として一人旅をしたい気持ちに浮かされていたものの、目の前に座る友利を見ているうちに一人旅に出る事への欲望に疑問を抱き始めたのだ。

 しかし、自分で決めた事をそうも簡単に曲げてしまってもいいのだろうか?という迷いが頭を過ぎる。

 すると、脳内に田代が現れ「漢ならよ、バシッと決めろよ!それが……オトコだろ?」と言い出す。しかし、すぐに「いやぁぁぁぁぁ!」という悲鳴と共に田代は闇の中へと消えて行く。

 岳は唾を飲み込むと覚悟を決め、静かに話し始めた。


「あのね……実は……一人旅をしてみたくてさ。二十歳だし……大人になった記念としてさ」

「記念に一人旅?……へぇ……そっか」



 そう言うと友利は俯いたまま、退屈そうにグラスの中のカフェラテをストローで掻き混ぜ始めた。


「記念だもんね。岳はさぁ、いつもやりたい事あっていいなぁ……」

「まぁ……あの……うん……」

「私は何もないもん。自分で進んでやったことって高校辞めたくらいだよ……」

「そうだけどさ……。ほら、まだまだこれからじゃん」

「ううん……。岳と一緒に居たら楽しいけどさ……自分じゃ何もないよ。うちの猫……可愛がるくらいしかないもん」


 岳は自らが生んだ気まずさを逃がそうと「美味しい」と評判のスターバックスのアイスコーヒーに口をつけた。しかし、味も風味も何も感じなかった。

 すると、俯いたままの友利が悲しそうに微笑んだ。


「行くならさぁ……気を付けて行っておいでね?お土産は……何がいいかなぁ……」

「あの……必ず……ちゃんと帰ってくるから。うん」

「ね……。帰って来てよね?誕生日だもんね……二十歳だもんね。私ももう二十歳の誕生日なんだけどなぁ……」

「うん。知ってる……」


 友利と岳の誕生日は20日ほどしか変わらない為、毎年二人で互いの誕生日を祝うのが恒例となっていた。

 それを分かった上で岳は友利に告げたのだった。

 想像以上に落ち込んで見える友利を眺めているうちに、純の言葉が岳の脳裏に浮かぶ。


「なんかずいぶん田代くせぇ事言うね。友利ちゃん誘って温泉とか行くのが良いと思うけどなぁ」


 純の意見に反し田代臭い事を言った結果、友利が悲しそうにグラスの中をストローで掻き混ぜるという結果を招いた。

 ただでさえ色が白い友利の肌が精気を次々と失っていき、画用紙のように見え始めたその時だった。

 岳はたまらず友利を抱き締めたくなったが、その白い手に自分の手を重ねて言った。


「って思ってたんだけど、二人で行かない?二十歳の記念に」

「いいの!?」


 友利はそう言って勢い良く席を立つと切れ長の目を見開いた。その勢いに岳は思わず尻込みしそうになる。


「いいよっていうか……そうしたい。一緒に行こう」

「じゃあ決まり!どんな格好がいいかな?寒いかな?」

「多分、暑くはないよ」


 友利は嬉しそうに再び頬を緩めた。岳は自分の優柔不断さを呪いながら「最初からこうしておけば良かった」と自分の意思の弱さに肩を落とした。

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