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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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一時停止

高校卒業から約一年。バンド活動に励む岳は純や良和達と疎遠になっていた。そんなある日、純からメールが届く。誘いに乗り、岳が純の部屋を訪れると…。

 スタジオ練習が終わり、鳥山が岳と次のライブスケジュールについて打ち合わせを始めた。

 専門学生のベースの吉田、ラーメン屋で修行をするボーカルの亀井と日程を合わせるのは至難の業であった。

 岳は卒業後すぐに鉄工所に勤め始めたが、指導役の中国人に嫌気が差し一週間で退職していた。

 元々バンド活動に時間を取るつもりだった為、ある程度は計画的な退職でもあった。

 それ以降は時間の取りやすい自宅近くの博物館の誘導員としてアルバイトを始めた。


「がっちゃんさ、この水曜は空いてない?」

「夜は……うーん。ちょっと待って。良和達と遊ぶかもしんない」


 その言葉を聞き、鳥山の表情が一変した。


「あのさ、前から言おうと思ってたんだけどさ」

「あぁ……何だろ?」

「純君とかさ、コーラス手伝ってもらったりしてありがたかったけどさ……。もう誰かと遊んでる暇なんて無いと思うぜ?」

「でもさ……遊んでる中で新しい感覚とか発見とかあったりするからさ」

「じゃあ……がっちゃんはそれを表現出来るくらいギター上手いんかよ?俺はそうは思わないぜ!」

「まぁ……確かに……そうだけど」

「曲作って歌詞書いてギター練習する大変さとかさ、そりゃ理解しようとするけどさ……。俺達に出来ないから頼んでるんだし、一緒にやりたいからやってんだしさ……マジで音楽やろうぜ」

「あぁ……そうだね」

「がっちゃんのギターってバリエーション少ないじゃん。もっと頑張ったらさ、もっと表現出来るじゃん。そう思わねぇ?」

「うん……それはそうだわ」

「なら遊ぶとかさ、生温いこと言ってないでとことんやろうぜ」

「分かった。良く……分かった」


 岳は決して自分の技術に自信がある訳では無かった。表現の一つとして見れば音も技術も足りない事は自覚していた。それとなく真剣に向き合うのが面倒で曲や歌詞を作ることで役割から逃れようとしたが、そうは行かなかった。

 見事にそれを指摘された悔しさ故、それ以降岳は良和や純と遊ぶ機会を極端に減らすこととなった。


 卒業後の純はすぐに働くこともなく、何かする手始めに図書館へ通ったり、よりヒップホップに精通出来るように様々なアーティストの曲を聞き込むようになっていた。

 気に入った歌詞リリックがあればそれをメモ帳に細かな字で書き込み、自ら口にして覚えようとした。

 部屋のドアを半開きでラップを口ずさんでいたある日、洗濯物を取り込みに来た母親に


「純、お経なんか唱えてどうしたの?」


 と怪訝な顔をされたが、それがヒップホップだという事を伝えても理解してもらえずにいた。

 その頃から雑誌や一部ネットなどに9.11陰謀論などが掲載されるようになり、純はその説に極端にのめり込むようになった。


 卒業から一年後。


 アルバイトを終えた岳が夜中、ギターの練習をしていると純からメールが入った。


「暇かい?」


 そのメールに


「いや」


 と返そうとしたが、純と連絡を取り合う事自体が久しぶりだった為に純の誘いを受ける事にした。


「暇」


 と返すと純から家に遊びに来るよう返信があった。

 すぐに着替えて岳は純の家へと向かう。自転車を停め、玄関のドアを開けると鍵は掛けられていなかった。

 階段を上がり純の部屋へ入ろうとするが、部屋の扉についた小窓を見ると灯りが点けられていない事に気が付いた。

 しかし、青白く明滅する光が漏れていたので純がそこに居るのだろうと思いながら扉を開ける。


 静かにノブを回し、部屋を開けると純はテレビ画面を見詰めたまま


「いらっしゃい」


 と言った。手元を見るとゲームのコントローラーが握られているのが分かる。

 中学時代の緑色の指定ジャージを着ながらゲームに集中する純の頬はだいぶやつれ、目は何処かうつろなように見えた。

 岳がたまらず声を掛ける。


「純君……ずいぶん不健康そうな生活してんな」

「まぁ……健全じゃないかな」


 短い笑い声を立て、純はそう答えた。

 それから、どれくらいの時間が経ったのかが分からなくなるほど長い沈黙が訪れた。

 何気なくゴミ箱の中を覗き込むとまるでシュレッダーで裁断したかのような細かいゴミが目につく。

 一つの断片が2~3ミリ単位なのでシュレッダーよりも細かいかもしれない。

 一体何だろうと思い、純に訊ねる。


「何これ……シュレッダー買ったん?」

「いや、ピザポテトの袋……暇だったから細かく切って捨てたんさ」

「そう……ゴミがゴミに見えないな」


 異常にも思えるその細かさが純の今の精神状態の危うさを示していた。


 岳は部屋に転がるオカルト雑誌の「ムー」に目を通し、部屋に立て掛けられているガットギターのチューニングを始めた。

 テレビ画面に映り続けているのは純のプレイするグラディウスだった。

 ビッグバイパーは迫り来る無数の弾を華麗に避け続ける。それは思わず見惚れてしまうほどの動きだった。


「純君……これレベルいくつ?」

「マックス。マックスでも死なねーんさ。クリアしちゃうんだよね。まいったよ」


 その言葉を証明するように、純が操るビッグバイパーはミスする事無く最終ボスまで辿り着く。

 純にとっての日常は迫り来る敵の弾を避け続け、見慣れた最終ボスに辿り着く事だった。

 そんな日常に純は吐き気を覚えた。しかし、どうにかしてでも今すぐに変わらなければならない状況なのか?と自問自答する度にその答えは先延ばしされて行く。

 岳はそんな純を見ながらついに壊れたか、と感じていた。返事ひとつにしても、まるで飛ばないボールを投げられ続けているようだった。


 ふと、純が中学時代に良和の家で人生ゲームをやっていた時の事を思い出す。

 都合が悪くなると電源ボタンを押して強制的にゲームを終わらせる良和に、純は本気で怒りをぶつけていた。


「何で都合悪くなると自分勝手に終わらせるんさ!?マジでクソだわ。そういうの」


 良和が何事も無かったように薄笑いを浮かべながら言う。


「はい!終わり終わり。だって勝てねーんだもん。だから終わり」

「あーそうかい!マジふざけてるわ」


 佑太がケタケタと笑い声を立てる横で岳が純を嗜める。


「あんま怒るなよ。ゲームなんだからさ。それにヨッシーにキレるだけ無駄だって」

「…………そうだけどさ」


 その顔は本気の怒りに満ち溢れていた。言い換えれば純にはエネルギーが溢れていた。

 今、純の目の前でグラディウスの画面を問答無用で消したならば、純は怒るのだろうか?

 岳にはどうしても怒る純をイメージ出来なかった。

 友利に「おやすみ」とメールを送り、何気なく暗い外を眺めていると純が呟いた。


「俺さ……どうしてこうなったんだろ。そう思わん?」


 その言葉には諦めのような感情が含まれているように聞こえ、岳は思わず話を逸らそうかと考えた。

 何も答えず、ゲームに集中し続ける純を眺める。

 日夜仕事もせず、レベルマックスのグラディウスをノーミスでクリアし続ける。それも、ミスしないことを「まいった」と言う程に。それでも暇で仕方ないのでピザポテトの袋を2~3ミリ単位で裁断する。その姿を想像しているうちに、岳は心の奥底から笑いがこみ上げてくるのを堪え切れなくなっていた。


 独特な引き笑いで岳が盛大に笑い出す。それにつられ、純の肩も震え出す。

 純は一時停止ボタンを押すと、手を叩いて身体を捩じらせた。

 二人が声を上げて大笑いをしていると純の父親が起きてくる気配を感じ、笑い声をなんとか収めようとする。


「おまえらうるせーぞ!こっち寝てんだからよ!」

「す……すいません!」


 岳が笑い混じりの声で答え、純を見ると腹を抱えて声を漏らさずに笑っている。

 そして、岳が言った。


「おまえ、何してんの?」

「はははは!」


 純が耐え切れずに声を上げて笑い出す。その姿に再び岳も笑い声を上げる。

 ひとしきり笑うと純が涙声で言った。


「本当……何してんだろ。あー……俺さぁ……アホなんかさ」

「アホだよ。どんだけ暇なんだよ」

「どーすっかな……マジで」

「とりあえず……外出たりとか、何かしたら?」

「そうしてみっかなぁ……何せ、暇だからさ」


 そう言ってから純はまた笑った。それはまるでどこまでも遠く、弧を描きそうな笑い声だった。

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