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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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冬の小雨

最後の冬休み。本格的なバンド活動を始める岳。そして、まるで進路を決められない純は…。

 最後の文化祭が終わり、秋が終わるとすぐに高校最後の冬休みが始まった。

 岳は鳥山達と卒業後は本格的にバンド活動に打ち込むと決め、建前だけの就職活動を続けていた。

 慌しく流れ始めた季節は次第に同級生達の表情を変えていった。中でも早々に就職を決めた同級生達が急に大人びて見えるようになった。その大きな流れをただ呆然と眺めていたのが純だった。目を開いても閉じても、その流れは純のすぐ傍で大きな音を立て続けていた。


 冬休み中、高崎で行われた岳のバンドのライブへ向かう為に純と米田は八高線に揺られている。

 米田が苦笑いを浮かべながら、髪の毛を明るい茶色に染めた純の脇腹を肘で突く。


「おまえ、マジで大丈夫なんかよ?」

「大丈夫だと思うんさ。前も成功したし」

「寄居から高崎って結構あるぜ?バレたらヤベーよな」

「前の人にピッタリくっついて改札出ればいいんさ。分からないって」

「本当かよ……」

「池袋でも成功したし、心配ないっしょ」


 冬の小雨が降りしきる高崎市内は雨で煙っていた。岳の冷えた身体を温めるのは出演者でごった返した狭い楽屋だった。

 ドラムとギターボーカルと二つのバンドで出演予定だった岳は大量の荷物を抱えたまま、楽屋の人口密度の高さに愕然とする。

 8畳程のスペースは既に十名以上の出演者と楽器で埋め尽くされていたのだ。

 他バンドの演奏が始まると岳は楽屋に荷物だけ置き、自分の出番まで他バンドの演奏を観ていることにした。

 何気なくポケットから携帯電話を取り出すと、ほんの少し前に純からメールが届いていたようだった。

 メールを確認すると「ヤバイ」という三文字だけが青白い画面に表示された。


 駅員に連行された先は殺風景な駅事務所だった。灯油ストーブの上の薬缶は激しく、苦しげに水蒸気を吐き出している。

 パイプ椅子に座らされた米田と純は何の返事もせず、じっと薬缶だけを見詰めている。


「だから……学校はどこなんだい?君ら、高校生だいな?」

「…………」


 年配の駅員は帽子を取ると白髪交じりの頭を掻きむしり、小さな電話帳を取り出した。


「悪いけど、長くなるよ?君らは……群馬の子かい?」

「はい、そうです」


 純が突然口を開き、悪びれた様子もなく嘘をつく。その嘘に米田は青ざめたが、純は一瞬だけ米田を見ると再び目線を伏せた。黙っていろ、という事のようだった。

 駅員は大げさな溜息を一つつくと、純を見下ろした。


「全く……君ら藤岡か?どうせすぐ分かるけどな……。今日はしっかり反省しなさい。ったく……」


 駅員は腕組したまま扉の向こうに居るであろう他の駅員の名を呼んだ。しかし、出てくる気配がないようでその声は怒声のようなものへと変わっていく。


「室岡くーん!おーい!室岡ー!……何やってんだ……ったく、あの野郎!室岡!」


 駅員が扉を開け、室岡という駅員を呼びに出た瞬間だった。純は咄嗟に立ち上がると、米田に目配せした。


「行こ!」

「お……おう」


 純と米田は駅員の出た逆側の扉を開けると、無我夢中で改札の外へと飛び出した。背後で誰かの怒鳴り声が聞こえたが振り返る事なく雨で濡れた階段を駆け下り、息を切らしながら駅前のビブレの中へと逃げ込んだ。

 膝に手をつきながら肩で息をする二人を女性客が横目で通り過ぎて行く。血相を変える米田のすぐ横で、純は必死に息継ぎをしながら笑っている。


「ははは!あー!ははは!あー……面白い!」

「おまえ!ふざけんなよ!モロ失敗してんじゃんか!」

「あーっは!ははは!悪い悪い!」

「なぁ、寄居から来たのバレてなかったよな?大丈夫だよな?」

「あー……笑ったぁ……いやいや、そんな心配しなくて大丈夫っしょ」

「おまえの「大丈夫」は信用ならねぇからな!危ねぇよ!」

「いやー、見事に失敗したね。ははは!」


 純と米田は切符代を浮かせる為にキセル乗車を試みた。改札をすり抜けようと前を歩くサラリーマンの背後にくっ付いて歩いたが、その思惑は年配の駅員によりすぐに見破られた。

 腕を掴まれ止められた純は少しも動揺する様子も見せず事務所へと連れて行かれたが、最初から隙を見て抜け出すつもりだった。

 米田は予想もつかなかったのだが、純は単純にスリルを味わいたかったのだ。

 一方、美容専門学校の合格が決まっていた米田は学校や親への事態の発覚を恐れて半ばパニック状態に陥っていた。


「もう半年は高崎に来れないぜ」


 と米田は呆れたように言っていたが純は「大丈夫大丈夫」とまるで意に介さずに笑っていた。


 二人が無事ライブハウスへと辿り着き、事の成り行きを聞かされた岳は手を叩いて大笑いした。


「純君マジで馬鹿だわ!」

「いや、結果オーライじゃない?」

「顔見られてるだろ?帰りは違う駅から乗って帰った方がいいんじゃない?」

「面倒だからいいよ。駅員もシフト制とかじゃないかな。帰りは多分いないでしょ。まぁ、分からんけど」

「他人事みてーに言うなぁ……」


 岳は純の大胆な行動に唖然とし帰りを危惧したのだが、ライブの終了時間が大幅にずれ込んでしまった為に帰りはバンドメンバーの母親の運転するワゴン車で帰る事となった。

 終電が迫り次々と客が消えて行くライブハウス。そこへ入り切れない程の客が居たはずなのに、トリである岳達のステージが始まる頃には既に数人の客しか残っていなかった。

 残っていたのは米田、純、荻野と顔見知りの同級生とたまたま近所から来ていた3~4名の客のみだった。


 MCは知らない客向けというより、目の前にいる純達へ向けた完全な内輪向けのMCとなっていた。

 ギターボーカルの岳がチューニングを終わらせると荻野と純をステージの上から見る。


「次、最後にしようと思うんだけど。盛り上がるのとしっとりすんのと、どっちがいいかな?」

「盛り上がる方!それくらい分かれよー!」


 荻野にそう言われ、岳は「そうですね」と半ば不貞腐れながら答える。鳥山のカウントで最後は「MILK」というオリジナル曲で締めに入る。

 人気の少ないフロアにパワーポップの明るい旋律が流れ出す。荻野や米田が純やその他の知らない客を巻き込み、肩を組み始める。

 曲に合わせて笑いながら足を振り上げ始め、ステージで歌う岳も思わず顔を綻ばせる。

 知らない誰かと肩を組んで踊る意外な純の姿に、岳は何故か照れ臭さを感じていた。


 雨の中を走る車内は暖房が効いていて、信号待ちのワイパーが眠気を誘った。

 岳が目を閉じて寝入ろうとしていると、純がポツリと呟いた。


「楽しかったなぁ……今日」

「最後……肩組んで踊ってたな」


 岳の言葉に純と助手席に座る鳥山が「はは」と小さく笑う。純は「あのさぁ」と前置きをして言う。


「がっちゃん達さ、バンド続けてよ」

「え?続けるよ?」

「うん。なんかさ、俺……あんな風にして踊るなんて思いもしなかったんさ。でもさ、楽しかった」

「あぁ……ありがとう」

「音楽っていいなぁって思ったなぁ。俺は何も出来ないからさ」

「え……?そんな事ないでしょ」

「いや、何もねぇんさ……」


 外は田畑が広がるばかりで窓の外に灯りはなく、どこまでも続く暗闇を突き刺すような冷たい雨が降りしきっていた。

 純の言葉の後に訪れた車内の沈黙を埋めるワイパーの音は、まるで走り続ける車の呻き声のようにも聞こえた。


 冬休みが終わり、高校生活最後の三学期になった。

 岳は高校卒業後に本格的に音楽活動にのめり込む為、作曲やバンド編成の為の準備に追われていた。


 放課後の教室で担任教師が純に告げる。


「おまえ……これからどうするんだ?このクラスで進路が決まってないのな、おまえだけなんだ」

「はぁ……。まぁ卒業してから考えようかなぁと思ってます」

「本気で言ってるのか?」

「他にどうすればいいのか……ちょっと分からないんです。自分で何がしたいとか、ないし」

「…………一応な、高校は卒業出来る。単位に関してはギリギリだけど何とかなる。俺達は卒業させて、それでおしまいって訳にもいかないんだ。少し……真面目に考えてみないか?先生も一緒に考えるから」

「いやぁ……俺の為に時間なんか使わせたら勿体ないですよ」

「新川。おまえ……逃げてる訳じゃないよな?」


 教師の言葉に純は思わず視線を逸らす。


「本気で取り組めば今からだって遅くないんだぞ。どうだ?真剣に考えてみないか?」

「あの……じゃあ……考えることを真剣に考えてみます」

「そりゃおまえ、どういう事だ?」

「検討する事を、検討してみるって事です」

「おいおいおい……勘弁してくれ……頼むよ」

「まぁ……卒業までには何とか……って感じです」

「おまえの感じって……どんな感じなんだ?本当はどうしたいんだ。なぁ?」

「どうしたい、かぁ……。うーん……。どうなんですかね……」


 純の煮え切らない答えに教師は額に手を当て、項垂れた。

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