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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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ピースマーク

高校最後の文化祭当日。高校を辞めた岳の彼女である友利は岳達の高校を訪れる。

 文化祭当日。

 石垣率いる4組の教室はライブ開始を待ちわびる群集で埋め尽くされていた。壁際に飾り程度に置かれていた椅子には米田と純が窮屈そうに身体を縮めて座っている。

 ブラフマンのコピーバンドが登場し「ARTMAN」「SEE OFF」と演奏が続くと狭い教室内は盛り上がりを見せ、床が揺れ動き出した。

 岳は想像以上に完成度の高いそのバンドの演奏に、群衆の中から思わず身を乗り出す。ギター、ベース、ドラム、見事なまでの呼吸の一致にコピーバンドである事を忘れてしまいそうだった。


 凄まじい爆音と熱気に純と米田はいつの間にか群れの中へと立ち上がり、身体を揺れ動かしていた。

 曲が終わるたびに拍手ではなく拳を振り上げている自分に気付くと、純は照れ隠しのように指笛を鳴らした。

 次に荻野が率いるガールズバンドがスーパーカーの「Sunday People」を披露しあちこちから「可愛い~!」という声が上がると、先程とはまた違った和やかな雰囲気が教室を包んだ。

 音楽の力によって表情を変えて行く生徒達を眺めながら、岳は十分な手応えを感じていた。

 いよいよ岳達の出番が始まり、岳はドラムセットに座りチェックの為に軽くリズムを打つ。ただそれだけの事で教室内では拍手が上がり、岳は思わず生徒達の勢いに飲まれそうになる。

 岳の別バンドでドラムを担当する鳥山までもが奇声を上げている。


 トリを飾る岳達のバンドがB-DASHとモンゴル800のコピーを始めると、教室内の盛り上がりは最高潮に達した。

 ライブ慣れしていない生徒達の盛り上がり方は底が知れず、岳は何度も圧倒されそうになる。それに負けじと強めにキックを当てて、スネアは確実なリズムをキープ出来るように、手元から意識を離さずに叩く。

「あなたへ」を演奏し終わり「小さな恋のうた」で最後を飾ろうとした途端、教室の後ろの扉が勢い良く開かれた。

 数人の教師が「はーい!もうおしまーい!」と言いながら教室に入るや否や、教室の電気を点け始めた。

 興奮していた生徒達が猛抗議を始めたのだが、凄まじい熱狂ぶりに生徒の怪我を危惧した学校側が中止の判断を下したのだった。

 米田が不服そうに「つまんねー事言うなよ!」と抗議し、純もその隣でかぶりを振っている。


「いちいち止めないでくれるかなぁ。ったく教師って何も分かってないな」

「純。センコーに言ってきてやれよ!」

「いや、ここからじゃ遠いっしょ。でもさ、がっちゃんが何か言ってくれるんじゃない?」


 人垣の向こう。ドラム担当の岳は事の成り行きを見守る事しか出来ず、スティックを指先で弄んでいる。その姿に純は「あーあ」と呆れたような声を漏らす。不満を爆発させる寸前だった生徒達を代弁して、ベースボーカルの福山がマイクを通して教師達に訴えかけた。


「先生、残り一曲で終わりにしますんで。何だったら、後ろで見てて構わないし。やらせて下さい。俺達、本気で練習して来たんで。お願いします」


 その言葉に教師達は顔を見合わせ、顔を寄せて話し始める。すると、生物担当の教師が腕で大きな丸を作り電気を消した。その瞬間、生徒達が盛大な拍手を教師と福山に送ってみせた。


 岳のカウントでギターのイントロとボーカルが同時に始まる。サビに近付くにつれ、無数の頭が飛び跳ねるのが見える。サビでは楽器の音を通り越す程の生徒達の歌声が耳に届く。

 その光景に岳は思わず笑みを零す。そして、最後のサビへ向けブレイクが入り、ギターのミュートが始まろうとしたその時だった。


「はい!おしまーい!」


 生物担当の教師が明るい声でそう告げ、電気を点けた。生徒達は「えー!」と一斉に不満の声を上げたのだが、教師は何が起こったか分からないといった表情を浮かべている。

 周りの生徒が「今ので終わりじゃなくてあの後、続きがあるんです!」と伝えると教師は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 消化不良気味にライブは終わったものの、岳は純からペットボトルの水を手渡されると一気に飲み干し、満足そうな笑みを浮かべた。

 しかし、その横で福山は眉間に皺を寄せて「あのセンコー、マジぶっ殺す」と不満を漏らし続けている。

 米田と純は岳としばらくの間演奏についての話で盛り上がっていたが、岳は携帯を取り出すと急に立ち上がり、純に礼を言いその場から離れていった。


「岳の奴、どうしたんだよ?」

「あぁ、彼女が来るらしいんさ。放課後遊びたかったけどなぁ、残念」

「えぇ?一緒に遊べばよくね?」

「がっちゃん、彼女といる時は鎖国するからダメなんさ」


 そう言って純は笑いながら出店当番の為に自分の教室へと戻って行った。


 その日、友利は制服姿で岳の高校へと訪れた。岳が手を繋ぎながら文化祭の行われている校内へと案内する。友利は楽しげな表情というより、むしろ緊張しているように見えた。


「ねぇ……制服変じゃない?大丈夫?久しぶりに着たからさ……」

「え?大丈夫だよ。そういえば初めて見た気がするけど」

「まぁいつも私服だし……それに私、もう高校生じゃないからね。でも……なんか懐かしいなぁ、学校の感じって」

「友利の学校はどんな雰囲気だったん?」

「ここよりもっと古くて汚かった。下駄箱なんかも古くてボロボロでさ。あ、これうちの高校の掲示板と同じだ」

「そーなん?でもうちは馬鹿しかいないで」

「それはうちも同じだったよ。生徒も教師も……本当に馬鹿ばっか……」


 初めて訪れる学校の校内を始めのうちは楽しげに眺めていたが、嬌声を上げる肌を焼いた女生徒の集団と擦れ違った途端、友利は思わず身構えた。無意識に高校時代のギャル集団を連想してしまい、その顔から笑みが消える。


「ここの学校……ギャル率高過ぎじゃない?」

「色んなのいるからね……サファリパークだと思えばいいよ」

「まぁ……そうだね……」


 友利と岳が廊下を歩いていると様々な生徒達が入れ替わり立ち代り、二人に声を掛けた。その度に友利は「はぁ」「まぁ」と首を傾げながら曖昧な返事を繰り返す。

 多人数に次々と声を掛けられ続ける事に慣れていないのか、友利の表情が次第に硬くなる。


「この学校は人懐っこいのが多いんだね……なんか疲れて来たかも……」

「少し休むか。あ、純君の教室行ってみる?座って休めるよ」

「うん、そうして。何か眠くなってきたかも……」


 模擬店が行われていた純の教室は生徒達が別の教室へと遊びに行っているようで、閑散としていた。

 岳が上質に入ると机にポツンと座っていた店番の純が欠伸交じりに「いらっしゃいませー」と間延びした声を出す。

 純を見つけた途端に友利の表情が緩み、軽く手を上げる。


「純君、久しぶり」

「おぉ、友利ちゃんかい」

「元気してた?」

「それなりに。まぁ、ゆっくりしてってよ」

「ありがと」


 純が「何か飲む?」と岳に訊ねたが、岳が迷っているうちに空いている机に座った友利はうつ伏せになり既に眠り始めていた。

 岳は遠くから来て疲れているのだろうと思い、友利を構う事なくそのまま眠らせた。

 すると米田が教室を覗き込むように現れ、純と岳に駆け寄る。


「おい、岳。このコ……彼女?」


 その言葉に岳は返事をせず、ただ黙って頷く。その横で純が口の前で人差し指を立てる。

 米田は首を縦に振りながら静かに教室を出て行った。


 静まり返っていた教室にギャル集団が入ってくるとラジカセから突然パラパラが流れ始め、曲に合わせて彼女達は踊り始めた。


「ミーコ、そこ違う!右腕合わせて。そう、そうそう」

「こう!?ヤベー!マジむずいんだけど!」

「練習あるのみだよ!いくよ!」


 客がほとんど居ない教室で彼女達はパラパラの練習を始めたのだった。爆音、甲高い声での指導。岳は友利が心配になり顔を除き込んだが、微動だにせず眠り続けている。

 すると、ミーコと呼ばれている女生徒が岳と友利の元に踊りながら近づいて来る。


「あー!この人がっちゃんの彼女!?ねぇ!そうなんでしょ!?」

「そうだよ。寝てるから起こすなよ?」

「えー!起きて下さいよー!はじめましてー!こんにちわー!」


 大声で友利の耳元に語り掛けるミーコの行動に岳の顔が酷く歪む。


「おい、マジやめろよ」

「なんでー!?いいじゃーん!いっつもお話し聞いてますよー!ラブラブで羨ましいんですけどー!こんにちわー!」

「おい……」


 きっと無視し続けるだろうと思っていた友利がゆっくりと起き上がる。近頃長くなった茶色い髪が額に張り付いている。

 ミーコは「起きたぁ!」と動物の寝起きでも見たかのように、嬉しそうな声を上げる。

 友利は乱れた髪を直すと、ミーコを睨みながら静かに言った。


「さっきからうるせーんだよ」


 その友利の一言にミーコを始めとするギャル集団は言葉を失い、音楽のボリュームを極小になるまで絞った。ショックだったのだろうか、ミーコは涙目になっている。

 友利は立ち上がると岳に「行こ」と声を掛け、純に向けて小さく手を振った。

 少し眠ったおかげで友利は機嫌を取り直したようで、教室の外へ出ると先程とは打って変わって声を掛けられると微笑むようになっていた。


 文化祭も終盤に差し掛かると、岳は友利を連れてテニスコート兼喫煙所に足を運んだ。

 秋の空が青々しくどこまでも晴れ渡り、静かな風が友利の髪を揺らす。

 テニスが得意な友利は空かさずコートをチェックすると、笑いながら首を横に振った。

 岳の隣に腰を下ろすと、背伸びをしながら言う。


「文化祭とか、学校の中の雰囲気とか……もうこういうの味わえないかなぁって思ってた」

「うん……。あ、ライブ間に合わなくてごめんな。思ったより早く終わっちゃってさ」

「いいよ。うるさいの苦手だし。何か別人みたいになってる岳を観るのも変な感じだし」

「そっか……今日さ、来て良かった?」

「うん、良かったよ。もし岳と一緒にここの高校通ってたら学校辞めなくて済んだかもなぁって思ったよ」

「それは……嬉しいわ。けど、悔しいな」

「しょうがないよ。でも、想像すると楽しいなぁ。岳がいてさ、純君もいてさ、二人と同じクラスになったりとか」

「はは、楽しそうだな。やっぱ俺は友利のこと好きになってたんだろなぁ」

「それはどうだろ?お互い分からないよ?この学校、カッコいい人多そうだし」

「え?裏切るんかよ!」

「ふふ。そればっかりは分からないよ?そうだなぁ……良い友達にはなれたかなぁ?」

「何だよそれ。あ、ちょっと待って」


 岳が耳を澄ますと喫煙を見巡る教師の足音が聞こえてきた。歩き方が独特な為にテンポがおかしく、革靴の音ですぐにそれと気付いた。


「見巡り来た!逃げよう」

「嘘!?今!?どこ逃げたらいいの?」

「こっち!早くしろ!」


 岳と友利は煙草を揉み消すとテニスコートを突っ切り、合宿所の裏手を抜けて校内へと向かって逃げた。

 名前の知らない雑草を踏み越え、見覚えのない校舎の間を縫うように走る。どこへ抜けるかも分からない風景は、その形を覚える前に流れて消えて行く。

 遠目から見れば、それはまるで同級生同士の日常風景のようだった。

 息を切らしながら必死に走る友利の表情は笑顔だった。


 放課後、歩いて帰る岳と友利に向けて数名の男女が声を掛け、手を振った。

 岳と友利が手を振り返していると、岳は頭を後ろから誰かに軽く小突かれた事に気付く。

 振り返ると自転車で帰る米田と純がすぐ横まで来ていた。

 自転車で横を通り過ぎる米田が「お熱いねぇ!」とからかい、純が笑いながらピースマークを作って二人を振り返る。

 友利は首を傾げながらピースマークを返す。岳に小声で「どういう意味?」と訊ねたが岳は「さぁ?」と首を傾げた。

 風は静かなまま、街にそよぎ続けていた。

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