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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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空き家にて

 男衾駅から程近い畑の小道に彼等は自転車を停めた。奥まった場所に建つツタの絡まる一軒家に純が近づいてゆく。先導する良和と猿渡が堂々と一軒家のサッシ窓を開け、中に入る。

 純が恐る恐る家の中へ入ると、六畳間に散乱しているエロ本や漫画本が目に飛び込んできた。

 家の中は家具や布団が放置されたままで、人の気配は全くなかった。黴臭い匂いが鼻をついたが宝探しのような光景に純の気分は高揚した。

 岳は「誰か来るかもしれない」と言ったまま頑なに中へ入ろうとはしなかった。

 良和と猿渡が呼びかけても手を横に振りながら、そこから動く気配が無い。


 純も中から外へ出て、岳を手招きで呼び込んだ。すると岳が辺りを見回しながら小さな畑の側から空き家へ向かい歩き始めた。


「土の上歩くと、靴が汚れるんだよ」


 岳は文句を言いながらも空き家へ入ると、その光景に目を丸くした。部屋を埋め尽くすほどに散乱しているビビッドカラーの本達に、思わず目を奪われる。純が家の中を物色している間、岳は散乱したエロ本を拾い上げると熱心に眺め始めた。

 良和が「ほら、がっちゃん来て良かったでしょ?」と声を掛けるも、余程熱心に眺めているのか、「うん」としか岳は答えなかった。

 純達が他の部屋を物色しに行くと、その部屋に留まっていた岳はエロ本を次々に捲っては床に投げ、好みだったエロ本を数冊小脇に抱えると次々に鞄の中へと押し込んだ。


 岳を最初の部屋に取り残したまま、純が入り口の部屋の隣室を物色しているとビニールバッグ入りの花火セットを発見した。花火が何よりも好きな純はそれを手に取ると静かに微笑み、猿渡に「盗まれない場所に隠しといて」と頼んだ。余りに真新しかったので他の侵入者の物かもしれなかったが、純はそれを見知らぬ誰かに手渡す気は無かった。

 良和が奥まった場所にある風呂場へと向かう。扉を開けると、古いタイル張りの熱のこもった古臭い洗い場が目に入る。そして小さな浴槽の上に置かれた蓋を、何気なく開けてみた。


 良和の絶叫を聞きつけた純と猿渡はすぐに風呂場へ向かった。岳は良和の絶叫を意に介さず、今度は漫画の物色を始めていた。絶叫と共に風呂場から飛び出してきた良和の代わりに、純と猿渡が風呂場へ入る。

「稲中卓球部」という当時青年誌で連載されていたギャグ漫画を夢中で読んでいた岳の背中を良和が叩く。


「がっちゃん!逃げよう!やばい!」


 唾を飛ばしながら逃げようと岳を促す良和の背後から、青ざめた顔の純と猿渡が飛び出して来た。

「どうしたんだよ!」と岳が尋ねても皆は「早く!」としか答えなかった。

 外へ飛び出ると良和は頭を抱えながら「気持ち悪りぃ」と項垂れた。

「何があったんだよ?」と岳が尋ねると猿渡が顔をしかめながら答えた。


「ふ、風呂ん中で、い、犬が死んでた」

「犬!?」


 純が青ざめた顔のまま答える。


「水の入った浴槽でさ、犬が死んで浮かんでたんさ……」

「それ……誰か殺したんじゃないの?ヨッシー、桶の蓋、閉まってたん?」

「そう……。蓋開けたら犬が浮かんでた……」


 探検気分で乗り込んだ空き家で見つけた犬の死体に、彼等は人の狂気を想像していた。

 空き家には開閉出来る窓があり、犬がそこから勝手に入って小さな風呂桶の中で溺れ死ぬのは考え難かった。

 誰かが、と思うと途端に彼等は背筋に薄っすらと冷たいものを感じた。


 それから数日間、良和と猿渡は空き家について調べ切れていない箇所が多くある事を気にしていた。

 また行こうと岳を誘ったが「犬が死んでるのは衛生的に気持ち悪い」と断られ、純は放課後になると茜に掴まれながら半ば強制的に部活動に参加させられていた。

 佑太は部活動と彼女との時間を忙しく過ごしていた。

 良和は猿渡と二人きりで行くのも気が引けると考えていたその時、小木が現れた。


「ヨッシー!タイマンしようぜ」


 その言葉を受けると、良和にはとある考えが浮かんだ。


「小木、待って!良い相手が居るん!」

「良い相手?何だよ?城南中?寄居中の奴ならこの前ボコしたで」

「違う!犬の死体!おっかねーんだよ、本当怖えん。一緒について来て。空き家で犬が死んでるん!」

「空き家で犬が死んでる?訳分かんねー。犬、片せば良いだろ」

「じゃあ、それ手伝ってくれ!」

「まぁ犬くれぇ怖くも何ともねぇしよ。良いぜ。暇だし」


 握り拳を平手に打ちつけながら小木は自信満々に答えた。

 放課後、良和と猿渡が小木を空き家へ連れて行った。

「早く片さねーと臭くなるぜ」と意気揚々としていた小木であったが、空き家に近付くにつれ不思議と口数が減っていった。


 自転車を停めて良和が「ここ」と空き家を指さすと、小木は真っ青な顔で首を横に振り始めた。


「ば……馬鹿!ここはお前、ダメだよ」

「何で!?一緒に入ろうよ」

「違う。これ、おまえ。うようよしてんじゃねーか!」

「何が?」

「分かんねーのかよ!めちゃくちゃ居るじゃねーかよ!」

「だから、何が居るん!?」


 小木の言葉に良和は苛立ちを覚えた。

 一緒に行けば犬の死体をどうにかしてくれるという期待が、今目の前で崩れかけているのだ。

 小木は何故か囁くような声でこう言った。


「幽霊だよ……半端じゃない数いるぞ……俺……やめとくわ……じゃあな」


 そう言うと小木は自転車へと戻った。

 猿渡が「行かねーのかよ!」と声を掛けると


「オメーは勉強ザルなんだから勉強だけしてりゃー良いんだよ!」


 と怒鳴り、逃げるようにして帰ってしまった。

 良和と猿渡は顔を見合わせた。小木は喧嘩が何よりも好きだという反面、霊感が誰よりも強いという繊細な部分も持ち合わせていた。


「これは……予想外だった」


 良和が落胆していると猿渡が


「泊まろうぜ!」


 と提案した。悪ふざけのつもりだったのだろうが、互いに引くに引けず本当に泊まる事になった。


 その夜、岳は純とハイスタンダードというバンドについて電話で話しをしていた。

 純は兄からそのバンドのCDを聴かされたとの事で、あまりに速いスピードの曲に心底驚き岳に電話を寄越していたのだった。

 岳も初めて名前を聞くバンドだったので、その名前をメモしてレンタルしてみると純に告げると電話を切った。


 部屋へ戻り音楽雑誌を広げ、ハイスタンダードの記事を探していると階下のインターフォンが鳴らされた。


 岳の母が出ると、そのインターフォンの主は良和と猿渡だった。

 二人は階段を駆け上がるとノックも無しに岳の部屋へ飛び込んで来る。


「何だよ!こんな時間に!」


 事前に来る事を知らされず、突然誰かに訪問されると不機嫌になるか全く応対しない岳の事を知っての上の二人の行動に、岳は激しく苛立った。

 良和が這うようにして岳の側へ来る。


「がっちゃん!聞いて!聞いて!空き家で寝てたら、すげーの!」


 猿渡が横で大きく頷いている。


「空き家?なんでこんな時間に行ってんだよ。マジ泥棒じゃねーかよ」


 岳は自分がエロ本を盗んだ事を棚に上げて二人を責めようとした。

 しかし、良和は違う、と言う。


「泥棒じゃなくて、泊まったん!空き家にサルと二人で泊まったら、人魂がびっしり浮かんでたん!」

「ま、ま、マジなんだよ!す、すっげーの!ひ、人魂が!うじゃうじゃいた!」

「そんな所泊まるからだろ!良く泊まれるな、あんな汚ねぇ家。犬も死んでたし、どっかに人でも埋まってんじゃねーの?」


 岳のその言葉に良和と猿渡は顔を見合わせ「うわぁ!」と叫んだ。

 そして岳も自分で言ったその言葉に寒気を感じていた。

 人魂が元の身体を探して街を彷徨い、そしてあの空き家へ群がる姿を想像をしたのだ。


 その頃、純は部屋で自分の指を眺めていた。

 部活の稽古の為に所々擦り剥けている。


 昼休み、佑太と岳に「剣道の型見せてよ」とお願いされ、水飲み場の前で素振りをして見せた。

 二人は「おぉ」と声を上げた。

 佑太が「まだまだ剣心には遠いなぁ」と言うと岳は「良く分かんねーけど、やってるって感じる」と抽象的な感想を純に伝えた。


 純にはそれがそれほど悪い言葉としてではなく、寧ろ褒め言葉のように聞こえ、急に照れ臭さを覚えた。


 部活に行くのも、ましてや稽古など純にとっては面倒ではあった。

 しかし、やれば自然と形になっていくのか、と密かに自信がつく面もあった。


 そして部活に出ずに教室で岳達と遊んでいると茜が必ずと言って良い程迎えに来た。


「純君!マジで何やってんの!ほら!こんな馬鹿共放っといて部活行くよ!」


 純が仕方なしに連れて行かれ、彼等を振り返ると佑太や良和が手を振っているのが見えた。

 毎度の事であった。


 そして、岳は純ではなく茜へと視線を向けていた。

 それも、毎度の事であった。


 純は岳本人よりも早く、その想いに気付いていた。

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