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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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高校最後の夏休み。良和のアパートで穏やかな時間を過ごす純と岳。将来に関して抱く不安、それに対し安心出来る今という居場所。やがて二学期が始まったある日の夜、世界は震撼した。

 良和のアパートの窓は開け放たれ、近くの蝉の声が部屋の中の蒸した空気を喧しく掻き回していた。

 大型バイクに乗ってやって来た良和の高校の同級生の松村まつむらが、人の良さそうな笑みを浮かべながら雑巾を手にしている。


「がっちゃん、俺……どうしたらいいかな?」

「どうしたらもこうしたらも、とりあえず掃いて拭いて、綺麗にすればいいんじゃん?」


 友川が慣れた手付きで箒で部屋中の埃を外へ逃がすと、部屋中の埃が舞い上げられ岳と純は咽せ始めた。


「あのさ、私が一番大変なんだけど!?家主が帰って来る前に綺麗にするんでしょ!?はい、動いて!」

「はいー」


 純が怠そうに返事をし、部屋の隅を拭き始めると岳は床に散らばった雑誌を片付け始めた。松村は雑巾を片手にオロオロしている。

 自分の居場所を求めるように、どこか落ち着かない様子で岳に話し掛ける。


「あのさ、本とか勝手に片付けたらヤバくない?ヨッシー怒るんじゃないかな……大丈夫かな……」

「あぁ?ウンコのビデオ観て喜んでるような奴に怒る資格ないから大丈夫だよ」

「そうそう。それに、放っておいたらすぐにゴミ屋敷になっちゃうよ。松村、私が掃いた場所それで拭いて」

「あ……あぁ……分かったよ。綺麗にするのはさ、いいことだもんな。悪くないよな」


 松村の自信なさげな言葉に純は声を立てて笑う。


「純君……俺、今何かおかしなこと言っちゃったかな?」

「いやいや、別に。掃除はさ、いいことでしょ。あー、おもしれ」

「そんなに面白いかなぁ?なぁ、面白かったかな?」


 松村の問い掛けに友川は痺れを切らした。


「つまんないよ!どうでもいいから早く拭いてよ!」

「あ……あぁ……分かったよ」



 あっという間に汚れが掃き出され、磨かれて行く部屋を見て純は清々しい気持ちになっていった。

 先日の面接以降、落ち込む日が続いていたのだが誰かと居れば嫌な事もすぐに忘れられた。


 この先は一体どうなってしまうのだろうか。不況の影響もあり、就職は厳しいのかもしれない。かといってアルバイトでもしたらいいのだろうか。自分に向いている職種自体分からないのに、何をすればいいのだろう。そもそも、何かをしなければならないのだろうか?

 一体、何をすればいいのだろう。


 純がぼんやりと雑巾を片手に考えていると、岳に声を掛けられる。


「純君、ずっと同じ場所磨いても意味ないで。床削る気かよ」

「あぁ、すまんね。ちょっとさ、考え事してた」

「考え事?そういや最近発見したんだけどさ……考え事って一番最初に出した答えに結局は帰って来るようになってるんだよ」

「どういう事だい?」

「実は最初から答えなんか決まっててさ、それを正解だと言ってくれる人や切欠が欲しくて考えるんじゃないかなって事」

「ああ……なるほどね。それは確かにあるかもしれない」


 岳の言い分に当て嵌めたら純の答えは「何もしないこと」なのかもしれない。

 それが正解なのか?そう思い始めた矢先、良和のカブが帰って来る音がした。


 開け放たれた窓から良和はヘルメットを抱え上げ、帰って来た事を部屋の中の彼らに知らせた。

 蒸し暑い空気は加速していったが、青々とした景色が輪郭を明確にさせていく様子が純は好きだった。

 子供の頃とはすっかり違う過ごし方をしている夏休み。

 これがきっと最後の夏休みになるのだろう。

 純がそう思って目を細め、外を眺めていると背後から良和の声が聞こえた。


「昨日の夜さ、仕掛けて来たんだけどカブトムシいなかった!多分、温暖化が原因だ」

「なんだよそれ、摂れない理由のスケールがでかいな」


 岳は良和の言葉にそう反応したが、大人に変わりつつある中で子供の頃のような夏を変わらず過ごす良和の言葉に、純は不思議と安堵を覚えた。

 エアコンをつけると彼らは綺麗になったフローリングの上で寝そべりながら漫画を読み始めた。

 起きたい時に起き、寝たい時に寝て、食べたい時に食べる。

 ここに集まって何か特別な事をする訳ではなかったが、純は一人で過ごすよりもよほど自由で自然でいられる気がしていた。

 欠伸を噛み殺しながら純は岳に訊ねる。


「がっちゃんさ、面接どうだったんだい?」

「あぁ。遠かったけど良い感じだったよ」


 岳が面接を受けた会社は新宿にあるベンチャー企業で珈琲豆を中心としたトレーディングを行う会社だった。

 面接を受けた際、株や証券の知識はあるか?と聞かれたが岳は素直に「無い」と答えた。

 面接官の話では即戦力ではなく、即応力が欲しいとの話で、飲み込みが早く社会にまだ出た事のない人材の育成に力を入れて行きたいという事だった。話の飲み込みが早い岳は大いに面接官に気に入られた。

 面接当日に通勤ルートを考慮した勤務時間を設定するなど、話はなかり具体的な所まで進んでいた。

 都内では地下鉄での移動がメインとなったので、岳がその日で一番苦労したのは喫煙出来る場所を探す事だった。

 純は岳の話を聞き、岳は卒業後はいつか都内に行くのだろうと感じていた。


「じゃあ、がっちゃんは東京かい?」

「多分ね。まだ分からないけど」

「決まったようなもんなんじゃないの?いいじゃん」

「うーん……東京まで出るの面倒臭いんだよなぁ」

「そっかぁ……全然近くないもんな。彼女、いつか一緒に暮らすんでしょ?」

「うん。埼玉は嫌ってずっと言ってるけど。千葉っこだかんね」

「埼玉そんな嫌かな?俺はもう慣れちゃったけど……。ふあぁ……ねっむ」

「俺も眠いわ。あー……何もしないのっていいな」


 何もしないままの夏休みは過ぎ、やがて二学期が訪れた。

 三年生達は本格的な就職活動や受験勉強などで慌しさが増していた。


 その夜、バイトの為に遅めの食事を終えた岳は友利と電話をしてから風呂に入った。

 アルバイトにも慣れ始めた友利の声には時折、明るさを感じるようになった。働くことで自信がついたのだ。


「給料出たら私がご飯奢ってやろう。君は学生だからね」


 と嬉しそうに言う友利の言葉を、岳は素直に享受することにして電話を切り、風呂に入りながらドラムを辞めてギターボーカル一本に絞ろうか、と考え始めた。


 純は部屋で何度もクリアしたはずのドクターマリオをプレイしていた。たまに入る米田からのバイトの愚痴を打ったメールに適当に返事を返しているうちに苛立ちを覚え、それを格闘ゲームにぶつける事にした。

 ゲーム機を入れ替え、すぐにはプレイせずに音楽雑誌を数ページ捲る。

 その時、テレビ番組が緊急ニュースへと切り替わった。


 画面には大きなツインタワーの片方が煙を上げている映像が映された。

「火事か?」

 の見出しに、純は「どうでもいいよ」と呟き、ゲーム機の電源スイッチを入れようとした矢先、報道アナウンサーの絶叫が耳に入った。

 テレビ画面に目を向けるといつの間にかもう片方のビルも煙を吹いていた。

 ほんの一瞬の間に、何が起きたのか分からなかった。

 テレビに集中すると、ツインタワーに旅客機が突っ込んで行くVTRが流れ始めた。

 純は頭の中が整理し切れないうちに、無意識に岳に電話を掛けていた。


 岳は風呂から上がると居間のテレビ画面に映し出された光景に目を奪われた。

 アメリカのツインタワーが燃えていた。

 先日の面接のパンフレットを思い起こす。その表紙を飾っていたのは紛れも無く、今観ているテレビ画面の中で燃えている二つのビルだった事を思い出す。

 呆気に取られながら画面を見つめていると純から携帯に電話が入った。


「もしもし?純くん?」

「…………」

「もしもし?」

「あ、あぁ。あれ、がっちゃん?」

「俺だよ」

「悪い。いつの間にか電話しちゃって……あのさ、テレビ観てる?」

「何これ?映画じゃないよな?」

「これさ……映画とか事故じゃなくて、テロらしいんさ」

「テロ?こんな大掛かりなのが……?」

「みたいよ……あ」

「おい、マジかよ……おいおい」


 テレビニュースは混乱する視聴者に落ち着く間を持たせないかのように、次の速報を伝えた。

「ペンタゴンに旅客機が衝突」「さらにもう一機が行方不明・墜落か?」


 純と岳は携帯電話を片手にしばらく固まり続けていた。

 燃え上がるアメリカの象徴。事故ではなく、テロ。大きく穴の空いたペンタゴン。燃え上がり、崩れ去るツインタワー。パニックに陥るアメリカ、そしてどの局も冷静さを失った日本のテレビニュース。

 一晩中繰り返し流される、旅客機が突っ込んで行く映像。


 2001年9月11日、夜の出来事だった。

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