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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
86/183

黒と白

友利の変化に気付けなかった岳。そして、覚悟を決めた友利が取った行動とは。

 雨の強かった週の土曜日。晴れ間の無い雨の止んだ街中は、息を奪うほどに蒸し返っていた。

 赤いTシャツに細いパンツ姿の友利は岳の部屋で項垂れていた。

 胸元まで伸びた髪は茶色く染められ、緩やかなパーマが掛かけられている。


「ずっと言えなくってさ……ごめん」

「いや……気付けなかった俺も悪かった。本当、ごめん」

「普段から会えてたら岳にこんな思い岳にさせなくて済んだのかなぁとか考えるとさ、やっぱ落ち込むのよ。あー、本当……ごめん」

「いや、友利が悪い訳じゃないんだから。落ち込むなよ」


 体育座りのまま両手で顔を覆う友利を、岳が肩ごと抱き寄せる。

 千葉と埼玉の果てという気軽に会えない距離にいる二人。毎日顔を合わせられない故、些細な綻びに気付けないという弊害を二人は感じ始めていた。

 高校三年生になった友利はクラスや学年だけではなく、校内で孤立していた。

 背が高く大人びた容姿の友利は三年に上がるとすぐ、校内で力のあったギャル軍団のリーダー格である小山 舞から仲間になるように誘われた。


「友利ちゃんてさぁ、モデルみたいだよねぇ?何かしてんの?」

「え?何もしてないよ。ただ……大きいだけだよ」

「そうなの?背高いし美人だしさぁ、コンパ行くとウケいいっしょ?今度さ、コンパやるんだけど人数足らないんだよねぇ」

「へぇ……。私彼氏いるし、そういうの行かないよ。疲れるだけだし」

「えー!何それ!?真面目!?いいじゃん!女なんか若いうちしかモテないんだからさぁ」

「一人いれば十分だよ。うちの彼氏、手が掛かるし……」

「そんなの切っちゃえばいいじゃん!」

「それは無理」

「そんな好きなの!?じゃあさぁ、うちらのグループ入んなよ!絶対楽しいから!」

「グループねぇ……うーん」

「いいじゃん!黒く焼いてさ、ブイブイ言わせてやろうよ!友利ちゃんなら「egg」とか出れるって!」

「いや、肌……白すぎて焼くと火傷みたいになるし……家遠くて皆と遊んだり出来ないし。いいよ。ごめんね」


 元々グループ行動が苦手だった友利が小山からの誘いを断ると、その態度は一変した。


「えー?ちょっとさぁ、うちの誘い断るとかありえないんだけど。どんだけ自分に持ってんだよ!」

「別に……そんな言い方してないでしょ?」


 その時、小山と同じグループの女子数名が小山目掛けて駆けつけてきた。


「マイマイ探しちゃったよー!あれ、友利ちゃんじゃん。どうしたの?」

「ねぇー?皆、聞いてもらっていい?友利ちゃんはね、うちらみたいなレベルの低い女達とは一緒に行動したくないんだってぇ。せっかく誘ったのにマイマイはフラれてしまいましたぁ」

「はぁ!?マジありえねぇから!友利、テメー何様だよ!」

「マイマイに謝れよ!」


 友利は溜息をつくと彼女達を無視し、その場から去ろうとした。踵を返そうとする友利のブレザーの袖を小山の取り巻きの女子が掴む。


「テメェ!逃げんのかよ!謝れよ!」

「放っといて」

「ふざけてんじゃねーよ!学校来れなくすんぞ!」

「いいよ、別に」


 友利はその手を振り払うと、振り返る事無く彼女達から離れていった。

 小山は紙パックの珈琲牛乳のストローを噛みながら友利を睨み続けていた。


 それからすぐに友利に対しての集団無視や物を隠されるといった苛めじみた事が始まり、電話番号を無差別に書き込まれ、非通知着信が昼夜問わず続くようになった。

 校内で友利と話すとその生徒までターゲットにされる為、女子男子問わずに誰にも口を利いてもらえず、担任も「あと半年なんだから我慢しろ」と、友利の相談を一蹴した。

 ストレスの為に家にこもりがちになると、友利を見かねた母は担任に相談した。


「学校側、というか先生はどう考えてるんですか?うちの子、この学校でいじめられてるんですよ」

「まぁ……実を言えば進路の事もありますから、個々の細かな部分までは見ていられないという実情がありまして……。友利さんへのいじめがあるかどうかについては生徒達に調査しましたが……いじめというか、生徒間のいさこざに過ぎないものかと……」

「じゃあ……このまま我慢し続けろって事ですか?」

「言葉は悪いですが……あと半年と少しの我慢ですから。生徒指導するとしても、生徒達ももう子供とは言い切れない年頃ですし、生徒達のモラルに任せてます」

「モラルって……いじめが行き過ぎたらどうするんですか?」

「就職や進学に影響しますから、行き過ぎる事はないと信じてます。それが不安でしたら……友利さんの家はうちからも遠いですし……今から近場の学校に編入させては如何です?」


 と言われる始末だった。

 友利は元々仲の良かった中学の同級生と一緒に高校へ通い始めたのだが、その同級生が家庭の事情で転校してしまった上、決して社交的ではない性格だった為に完全に孤立無援の状態になってしまったのだ。


 友利は表立って感情を吐露したり剥き出しにしたりしない為、岳は友利の変化に気付けなかった。

「遠距離恋愛」で互いに寂しく辛い思いをしている事を考え、友利は岳に余計な負担をかけまいと心身共に限界になるまで現状を知らせていなかった。

 この件でどことなく、純と友利が似ている事に岳は気付かされた。


 肩を抱かれた友利が静かに岳の指を手に取り、自らの膝の上に落とす。


「私が心配なのは自分の事じゃないんだよ。あんなクソみたいな高校、辞めればいいだけなんだから」

「時期が時期だけど……事情があんまりだからな。辞めるのは反対しないよ」

「うん……。私が一番心配してんのはさ、岳の気持ちなんだよね」

「どういう事?」

「だってさ……自分の彼女がさ、もしかしたら結婚するかもしれない相手がさ、高校中退してるとかさ……嫌じゃないの?」

「それは……考えてもなかった。別に何も気にならないけど……」


 岳が気の抜けたような声で答えると、友利が膝に置かれた岳の手を中指と親指で弾いた。


「私は少なくともさ……自分の親よりも岳や岳の親に申し訳ないなぁとか考えちゃうんだよ」

「そんなん考えなくて大丈夫だよ。そういうの、うちの親気にしないから」

「いや、考えた方がいいって!」

「じゃあ今から話す?絶対大丈夫だと思うで」

「……任せる。私はあんたに任せるよ」

「大丈夫だよ」


 岳が友利の頭を撫でようとすると、友利がその手を振り払う。


「いいから!もう……本当ごめん」

「じゃあ……ちょっと話して来るよ」


 岳が台所に立つ母親に友利の中退の事を話すと呆気なく「いいんじゃない。面倒臭いなら学校辞めちゃえ」と言われ、友利の不安はすぐに解消された。岳の母親は中学を卒業後は就職列車に乗り宮城から上京して来た為、高校入学すらしていなかった。

 部屋を出て行った岳がすぐに戻って来たので友利は忘れ物でもしたのかと思い、首を傾げる。


「話して来たよ」

「もう!?早いね……」

「うん。全然問題なかったけど」

「ありがと。何かもう……本当ごめんなさい。私……直接言ってくる」

「そっか……一緒に行くよ。行こ」


 岳の母親にこれまでの経緯を説明しながら律儀に頭を下げる友利に、岳は言葉にならないほどの誠実さを感じていた。

 それはこの先もこの人と共に歩むのだろう、という確信へと繋がった。

 常に冷静で人前では控えめな友利も、実は心の中に隠し切れない弱さや脆さを秘めているのだと知ると、岳は友利を守らなければならないと強く意識し始めた。

 高校を中退する事で友利が少しでも苦痛の中から自由になれるのなら、単純ながらもそれで良いのだと素直に思い、これから生まれるかもしれない次の綻びは見逃さぬよう、隣に立つ友利にそっと誓った。


「学校辞めたらどうするん?」

「とりあえず何でもいいからすぐバイトしたいな。高校出ても大学出ても結局は働くんだしさ。私美人だからさ、あんま困らないと思うんだよ」

「だろうね。友利は美人だし可愛いから大丈夫だよ」

「ちょっと待って、自分で「美人」とか私が本気で言うと思ってんの?」

「うん」

「馬鹿」

「なら、もっと表情をくれよ。これから先、笑顔で「いらっしゃいませー」とか言うかもしれないじゃん?」

「それは……考えとく」


 岳は体育座りをしたまま膝に顔を埋めた友利の頭を撫でる。すると、今度は振り払われなかった。


 それから数日後の昼休み。話す相手もなく、机で一人眠って過ごしていた友利が静かに起き上がり、何か思い立ったように教室を出る。すると、廊下の隅で座ってたむろしているギャル軍団目掛けてゆっくりと歩き出した。

 日焼けサロンで焼き切った肌に派手なメイクを施した小山は友利を見るなり、一際大きな笑い声を響かせながらながら立ち上がった。


「白くてデッケーの来たよ!うわっ、睨んでる?チョー怖いんですけどぉ」


 小山と同じく肌を焼いている取り巻きのギャル達も、途端に騒ぎ出す。


「食われる食われる!めっちゃ睨んでるし!何これ!?ホラーですかぁ!?」「ホワイトモンスターだよ!誰か~!助けてぇ!きゃははー!」「あいつ、いっつもオバサンのつけてる香水の匂いしない?ヤッバー!」


 友利はカーディガンのポケットに両手を入れたまま、怯む事なくその輪の中に入り込む。そして、リーダー格のギャルと真正面から対峙した。身長167cmの友利に対し、小山の身長は153cm。友利は真顔のまま、黒い顔面を見下ろした。


「な……何?あれ、まさか!仲間に入れてって事ぉ?今さら無理ー!白くてデカい人はうち、お断りでーす!ぎゃはは!」


 小山が笑い声を上げ、紙パックの珈琲牛乳を口に含もうとした次の瞬間だった。

 友利はカーディガンのポケットから素早く手を抜くと、真顔のまま握り拳を作り、紙パックごと小山の黒い顔面を正面から殴り飛ばした。

 そして下着を見せながら床に転がる小山に、吐き捨てるように言った。


「黒くて汚いのよりマシでしょ。それからあんた、鼻腐ってんの?ギャルの癖に「エタニティ」も知らねーのかよ。バーカ」


 鼻血を流しながら倒れ込む小山、そしてその取り巻き達は言葉を失ったまま、踵を返す友利を追い掛けるどころか黙って見ている事しか出来ずにいた。

 友利は教室へ戻り職員室へ向かうと退学届を提出し、学生鞄をゴミ箱に突っ込んでから二年三ヶ月過ごした高校を後にした。

 その夜、電話で話す友利の口調は穏やかでいて、どこか楽しげにも聞こえた。その声に岳は安堵の溜息を漏らした。


「まぁ、色々あったけど今日高校を中退して来ました」

「そっか……とりあえずお疲れさん。マジで大変だったな。最後、どんな辞め方したん?」

「絶対言わない」

「えー?友利をいじめてた下らないギャル連中にさ、最後になんかガツンと言ったんじゃないの?」

「だから、絶対言わない」

「いいじゃん。教えてよ」

「……落ち込んでる私、好き?」

「いいや……?心配になるよ」

「じゃあ聞かないで。ねぇ、あのさ」

「うん?」

「愛してる」


 突然の友利のストレートな表現に、岳の言葉は一瞬にして詰まる。少し間を置き、岳が返す。


「友利から言うなんて珍しいな」

「ふふ、たまにはいいでしょ。ねぇ?幸せだねぇ」


 友利は嬉しそうな口調で岳ではなく、部屋に居る飼い猫にそう呟いた。

 それはきっと照れ隠しなのだろうと、電話越しに気付くと岳は静かに微笑んだ。

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