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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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雨戸

田代が眠れぬ日々を過ごす頃、ある日良和から呼び出しを受ける。そこへ現れたのは良和と岳、そして小木だった。

 目を瞑ると、無意識に激しく息を吐くようなバイクのエンジン音を思い出してしまい、田代は悶絶した。

 真夜中に突然目を覚ますと、遠くで聞こえるバイクの音に思わず耳を塞ぐようになった。

 朝方に新聞配達が来れば自然と目を覚ますようになり、その毎日が田代から「安眠」を根こそぎ奪った。


「ボコるんは後だかんよ!」


 フルフェイス男の最後の言葉が田代を得体の知れない不安のどん底に、身体ごと突き落とした。

 いつ、誰に、何をされるか分からない。

 田代にとっては誰かに「ボコられる」理由が何処にも見当たらなかった。

 酒を飲み、煙草を吸い、博打もやるが街の悪者に目を付けられないよう常に髪は黒く、派手な格好もせず、先輩後輩といった付き合いも避け、とにかく目立たないように生きてきた。

 因縁をつけた事も、つけられた事も無かった。

 学校から家に帰れば、母親と父親と楽しく幸せな毎日を送り、部屋で長渕剛を聴いて「とんぼ」を観ては「男の美学」を追求し続ける。

 何の問題もない、平凡な日々を送っているつもりだった。


 岳達に田代なりの「男の美学」を聞かせる事はあっても、それは彼らに「男の美学」が圧倒的に足らないからであり、寧ろ「教えてやっている」という自負があった。

「男とか女とかどっちでもいいよ」

 と、時にユニセックスの服を着る細身の岳に、「男の印」として根性焼きを入れてやろうと目論む事もあった。

 最近は彼らに素っ気ない態度を取られる事もあるが、それは余りにもしっかりとした「大人の答え」を出し過ぎてしまう自分が、彼らにとってはつまらなく映るせいであろうと田代は考えていた。

 馬鹿になり切れずに正しい事を言い過ぎてしまうのが、玉に瑕なのだ。


 しかし唯一、田代が人には話していない事実があった。


 それは純へ抱いている友情から生まれる安心感を通り越した特別な感情と、夜中になれば純の家へ不法侵入し、寝ている純の布団へ夜な夜な潜り込んでいる事だった。

 それは恋に近いような淡い感情だった。伝えたくても伝えられない想い。しかし、すぐ近くに居るからこそ、無意識にも純の肌に触れたいと思ってしまう自分が居た。

 家に鍵が掛かっていない事を知っていて、田代はある日純の布団の中に純の温もり欲しさに忍び込んだ。

 純の隣で眠る事で、「男」を忘れ、自然と自由な気持ちになれる事に気がついた。


 先日ついに気付かれたのか、純が離れようとしたので咄嗟に抱き締めてしまった。特に言い訳もせず、怯える純を見つめながら酷く静かに、部屋を出た。

 しかし、岳や良和が何も言ってこないので純が彼らにその事を話しているとは思えなかった。

 岳が聞いていたなら、きっといつものように皮肉混じりに説教してくるだろう。

 そろそろ純の部屋へ忍び込んでも良い頃合かもしれない。純が自分を待っている可能性もある。あまり寂しい思いをさせてやっては可哀想だ。

 皆の前では威勢良く振舞うが、安全の範疇で振舞うように限定しているはずだったので、やはり田代には誰かに「ボコられる」理由は何一つ見当たらなかった。

 そして、見過ごしていた。


 真夜中。純は夜な夜な侵入してくる田代の気配を感じる事なく、天井を眺めていた。

 いつかボコボコにされるであろう田代に対して、心配や同情といった感情は皆無だった。

 自業自得だ。そう思いながらも、その言葉を自分自身に当て嵌めては一人、乾いた笑いを部屋で漏らした。


「おめーには自主性ってもんがねぇのか?」


 高校二年の終わり、担任の石垣にそう心配された事があった。進学か就職か。それすら決められないどころか、純には雲を掴むような漠然とした夢さえ無かった。


「新川。すぐにとは言わねぇけど、自分で何かやりてぇ事見つけとけ!オメェ、本当に何もねぇのか?」

「あー……そうっすね。あ、あれかなぁ……」

「何だ!?」

「あの……アメリカに……」


 そう言って鼻の下に指を置き、純は笑った。純の口から飛び出た「アメリカ」という単語に石垣は目を見開いた。


「アメリカぁ!?おう、なんだオメェ……アメリカ行きてぇのか!?」

「まぁ……あの……ヒップホップとかバスケ見に行きたいです」

「おう、いいじゃねぇか!何でもいい、一回本気で闘って来いよ!死んだっていいんだぞ!」

「いや、そうじゃなくて……。さっと見て、パッと帰って来るだけっす」

「はぁ!?馬鹿野郎!旅行の話してんじゃねぇ!俺はオメェが心配だ……ったく」

「ははは……すいません。何もなくて」


 純はその時愛想笑いで誤魔化したが、具体的とは言わずとも、皆それぞれ将来やりたい事や方向性が何となく見え始めている時期だった。

 休み時間に純の真横で岳が「このコード!どう!?」と周りのバンド仲間達に声を掛ける。岳は自分から飛び込んで行かずとも、常に人の中に居た。

 ドラム、ギターボーカルと掛け持ちでバンドをやり続けている経験が彼を一人にはさせなかった。

 何も与えず、誰からも求められる事のない自分を、その友人の隣で空笑いする事もあった。

 岳を応援する気持ちと共に生まれるのは、突き放したくなるような、逆に突き放して欲しくなるような、粘性があり、纏わりつくような苛立ちだった。


 田代の事もストレスが限界を迎えるまで、ついに笑い話として誰にも話せずにいた。

 そんな自分に、純は笑う事しか出来ずにいた。泣くほど悔しくなれるほど、自分に期待していない自分に、気付かされた。

 純に持てる最大限の期待は、小木の拳により歪んでいく田代の顔を想像する事が精一杯だった。

 小木に期待し、小木が結果を出す。また一つ、自分で答えを出せなかった結果が増えた。

 今はただ、眠りたかった。


 良和から「話がある」と電話があり、田代は放課後、良和のアパートへ自転車で向かった。

 セブンスターの残りは8本。帰りに買えば夜までは持つだろう。

 顔を顰めながら、緩い風の中で火を点ける。

 良く晴れた夕方。夕陽になり掛けている光がアパートの側の畑に反射し、明るい茶色を描いていた。

 自転車を停め、羽虫を追い払いドアノブを回すと、鍵は掛けられていなかった。

 それどころか、玄関には良和の靴すら無かった。

 電気の点いていない薄暗い部屋を眺め回す。


「不在の癖に人様を呼び出すたぁ、偉くなったじゃないの……良和ちゃんよぉ」


 不機嫌そうにそうひとりごち、台所の戸棚を軽く蹴る。そして、部屋の真ん中に置かれているロッキングチェアに深々と腰を下ろす。

 煙草に火を点け、目を細めると一服という行為に対しての「美学」は何か無いかと考え始めた。


 仲間が今まさに、ピンチに陥っている。その仲間は、純でいいだろう。暴力団に囲まれ、倉庫に拉致されたという知らせを血塗れの良和が知らせに走る。

 それを聞いた岳が顔を真っ青にしながら自分に「どうしよう……」と顔を向ける。

「まぁ、慌てるなよ」

 そう静かに呟き、セブンスターに火を点け、目を瞑る。

「この味だよな……」

 純の事を思案しながらも、煙草の深い味わいを嗜む。これが一服だ……

 田代が「男の美学」の世界に入り浸っていたその時、背後でドアノブを回す音がした。


 良和が入って来たのだろう。

 田代は振り返る事なく、煙草を燻らす。


「オメーに話、あんだよ。おい」


 その声は良和では無く、小木の声だった。

 予想外の声に田代は無骨(無視)を決め込むつもりがつい、反応してしまう。


「あー……?俺は話なんかねぇよ」


 振り返ると小木の後ろに良和と岳が並んで立っている。腰を下ろす様子も無く、その顔に田代はさめざめとした印象を受ける。


「スカしてんじゃねーぞコラ?こっちは話があんだよ。オメー、この前ビビってたべ?」

「何がだよ……俺は何が起きても……ビビんねーぜ」

「嘘つけー。オメー、この前バイクに追っかけられてビビったんべ?知ってんだぜ」


 嬉しそうに微笑む金髪の小木。その顔から田代が咄嗟に目を背けると、ゆっくりと動いていたはずのロッキングチェアが止まった。

 徐々に顔が赤くなり、火でも噴き出しそうになっていくのを感じる。

 あの小木に恥を掻かされた事に気付くと、田代は感情のやり場が分からなくなり、意地でも否定を貫く事にした。

 田代は自身の心の中の高くそびえるプライドの城が一気に崩れ掛けるのを感じ、これ以上の恥を重ねる訳にはいかないと決意したのだ。


「あぁ……?知らねぇな。奴さん、誰かと勘違いしてんじゃないかねぇ……?」

「オメーしかいねぇじゃん!だって、やったん俺だし!ははは!間違う訳ねーべ!?ひゃん!って言ってたべ!?」

「俺は知らねぇ……話はそれだけかよ……。つくづく下らねぇ連中だぜ……」


 強気な田代の言動に、小木は手を叩いて笑う。岳が小木の後ろから声を掛けてくる。

 微笑を浮かべているが、田代はその微笑に確実な悪意を感じ取った。


「おい、味わって吸えよ」

「あ?俺に指図すんじゃねぇ……」

「するわ。それにここ、良和ん家だしな」


 そう言うと良和は大きく頷いた。


「そう、ここ俺ん家なん。あと、田代君の煙草スッゲー臭ぇから!もう吸わないで」

「こ、こいつ!口もセリフも臭ぇから!ははは!」


 良和と小木の言葉を完全に無視した田代は、煙草の灰を躊躇せず床に落とした。

 それは意図せずとも合致してしまった、暗黙の合図だった。


 小木が静かに口角を上げると、良和に告げる。


「ヨッシー。雨戸と、鍵……締めろ」


 良和は何の返事もせず、素早い動きで雨戸と窓、そして玄関の鍵を立て続けに締めた。

 ロッキングチェアに座ったままの田代の姿も、小木と岳の姿も、作られた闇に掻き消された。


 ただ、きつい紫煙の香りだけはハッキリと感じ取れた。

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