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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
82/183

気配

普段から岳達の前で「強い男」を演じ続けてきた田代。その化けの皮を剥がす作戦がついに決行される。

 純直々の頼みもあり、田代を心置きなく「ボコれる」という状況に小木の興奮は容赦なく加速していった。

「た、田代、今すぐ呼び出してボコろうぜ!」とまくし立てる小木を岳が宥める。

 小木の目は興奮の為に完全に血走っていた。


「小木、もう少し待とうぜ」

「な、なんでだよ!とっととボコっしまえば良いじゃん!あいつボコせば純君だって今日から安心して寝れんだろ。なぁ!?」


 小木はそう問い掛けたが、純は安眠出来ない日々を解決する手立てを得た解放感からか、掃除もしていない床の上で寝転んだままいつの間にか深い眠りについていた。


「お、おい!寝てんじゃん!純、起きろ!ぶん殴るぞテメェ!」

「疲れてんだろ。放っといてやろうよ。それよりさ、田代は一回ポッキリ痛めつけただけじゃまた同じ事やると思うんだよ」

「じゃ、じゃあまた俺がボコせば良くね?」

「いくらなんだって何回も同じ奴ボコッてたらさすがに飽きるだろ?それにさ、田代がチクッてパクられたらつまんないだろ?」

「ま……まぁ、確かにな。でもよ、どうすんだよ?」

「ボコるのは一回だけな。それまで手は出さないで、毎日あいつにストレス与え続けてやればいいんだよ」


 岳の提案に、小木は理解し切れていない様子で首を傾げながら頷いている。


「お……おう。あ……?そ、それって、い、いじめかよ!?」

「いじめじゃねぇよ。制裁だよ。あいつに「もうこいつらに絡みたくない」って思わせるんだよ」

「お、おう。じゃあよ、あいつに嫌な思いさせ続ければいいって事か?」

「そう。ただ、ボコる時はトラウマ植え付けるくらいしっかり、盛大にやろうぜ。それは小木の担当な」

「はっはっは!がっちゃん!俺ぶっ殺しちまうかもしんねーぜ!」

「そん時は埋める場所でも探しといてやるよ。純君があいつのせいでストレス抱える毎日送ってたんだ。あいつにも同じようにストレス抱える毎日送ってもらおうぜ」


 岳は唇の片側だけ上げて笑いながら言うと、良和が笑った。


「がっちゃん……本当悪い奴なんねぇ。何なん?俺とはまた違った異常性だぜ、それ」

「誰かみたいにウンコは好きじゃねぇけどさ、人の根っこをブッ壊すの好きなんだよ」

「ウンコは人殺したりしないで。小木より先にがっちゃんがいつか捕まるんじゃん?まぁ……何かやるってんなら協力させてもらうよ。田代君……もう家に来て欲しくねぇし」

「おぉ、頼む。捕まるような方法じゃなくてさ、毎日毎日あいつにギリギリの範囲内で気付れないようにさ、プレッシャー与え続けるんだよ」


 岳はにやけながら壁を眺め、既に明日からの行動を思案し始めていた。


 田代とは付かず離れずで付き合い続け、本人が気付くか気付かない程度に嫌な思いをさせ続ける事をまず彼らは決行した。

 純も含めて皆で外食をした際は皆が田代よりも早く食べ終え、田代がまだ食べ終わらないうちに一服する間もなく店を出る。

 すると、何も知らない田代は無視をされたと感じ機嫌を損ねるが、そこで何事も無かったかのように岳達は田代に話し掛ける。

 子供じみた真似と仲の良い素振りを瞬時に切り換える作戦だった。


 田代が「男の美学」を語り出す時は煙草に火を点けた数秒後、目を細めてから「あのよぉ……」と前置きが入るのでそれを2回に1回の割合で全員で無視する。

 2回に1回は相槌を打ったり賛同したりするので、田代は話し終えても違和感だけを胸に残す事となる。

 田代の家へ集まる際には良和が田代の好みに全く合わない、興味も示さないような美少女アニメを部屋で延々流し続け、良和にとって肝心な場面を繰り返し巻き戻したり再生したりしている。

 岳はプレイヤーにセットされたままの長渕剛のCDを取り出すと、ひたすら鬱屈した雰囲気のロックを流し続けた。


 更には機嫌を損ね、無視を決め込んだ田代を全員で無視した挙句、猫撫で声で態度を急変させる田代に対しては全員が素っ気ない返事と真顔で応じた。

 かと思えば、彼等からの遊びの誘いの連絡はしっかりと田代の元へ入る。

 それは田代にとって他に居場所が無いという事を逆手にとった作戦であった。

 純は祖父の習慣を無視し、家の玄関の鍵を夜中は掛けるようにした。


 こうした毎日を過ごすうちに、彼らはほんの少しずつ田代の主張や居所を次々と削いでいった。

 皆と遊べば違和感を覚えるようになり、機嫌を損ねた田代が夜中に純の家に侵入しようとすれば鍵が掛けられている。

 田代は行き場の無い苛立ちを純の家の前に置かれている自動販売機を殴りつける事で解消していた。


 田代が彼らからの誘いを時に断るようになり、大人しくなり掛けたある日、小木はある作戦を決行した。

 小木とその後輩がバイクに乗り、バイト帰りの田代を追い掛け回すという嫌がらせを行ったのだった。


 夜道を一人で歩いて帰る田代を待ち構え、駅方面へと向かう道中の草むらの中、カムフラージュしたバイクと共に小木と後輩が息を潜めている。

 遠くの方から煙草を吸いながら唾を吐き捨て、怠そうに歩いてくる田代が見えた。

 田代はバイトの疲れからか、軽く伸びをして肩を回すと立ち止まって空を見上げる。


「俺がいつか死んだなら、永遠に光り続ける星よりも流星の様に燃え尽きたいぜ」


 小さくそう呟くと歩道の脇に煙草を投げ捨て、再び歩き出した。その途端、けたたましいバイクのエンジン音が田代のすぐ真横で鳴り響いた。

 突然の爆音に驚いた田代は無意識に小さく飛び上がると、一度も振り返る事なく足早に先を急いだ。

 本当に「悪そうな連中」に絡まれる事を想像すると、心臓が激しく波打つのを感じた。

 正面を睨みながら後方に聴力の神経を集中させたが、空吹かしをしているバイクが追い掛けてくる様子は無かった。

「俺は何があってもビビらねぇからよ」

 常日頃、純や良和に言って聞かせている自身の言葉が頭を過ぎる。バイクの音に驚き、ビビッた事がバレたら彼らに笑われるに決まっている。

 田代は自身の中に眠っているはずの強い「男」を意識した。


 歩道の先の角を曲がり、歩くペースを悠然としたものに戻し、住宅街を抜けようとした矢先だった。凄まじい爆音が後方から鳴り響くと、田代の背中を激しく掻き毟った。

 首が真逆になりそうな勢いで振り返ると、二つのヘッドライトが激しく蛇行しながら追い掛けて来るのが分かった。

 しかも、その手にはバットらしきものが握られていた。


 田代は口すら開けられず、口は一文字に結んだままの真顔で、慌てふためきながら走り始めた。

 脈が速度を上げ、顔が真っ赤になり、汗が滲む。しかし、その表情は突然の恐怖の為に真顔のままだった。

 必死になって走り続けたが、二台のバイクはまるで吸い付くように田代の背後にぴったりと貼り付いた。

 男、男、男……と田代は頭の中で連呼したが、身体がその思考を拒絶した。


 やがて二台のバイクの間に立たされた田代は悲鳴にもならない


「ひゃん!」


 と言う短い叫び声を上げると、蒼白い顔のまま両手で耳を塞ぎ、その場に座り込んだ。

 フルフェイスの下の小木の顔は田代の狼狽ぶりの為に酷く歪んでいた。


「先輩、コイツ面白いっすね!一発やっときますか!?」


 バットを振り上げた後輩がヘルメットの下からそう叫ぶと、小木の返事を待たずに座り込む田代が


「いやぁ!」


 と叫んだ。


 常日頃「男ってのはよぉ……」と煙草を燻らしながら嘯く田代を思い出すと、小木は失笑を通り越して怒りのような感情すら湧き上がって来るのを感じていた。

 小木は後輩のバットを掴むと、ゆっくりと下ろすように指示を出す。

 そして


「ボコるんは後だかんよ!行くべ!」


 と叫び、アクセルを全開で吹かすとその場を後にした。


「ボコるんは後だかんよ!」


 正体不明の男のその言葉に、取り残された田代の身体は呆気なく震え上がった。

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