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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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Fのコード

田代が自分の力だけでは状況を変えられない事を悟ると、自称高校生ギタリストのカイトを連れて来る事に…しかし。

 岳により皆の前で恥を掻かされた田代だったが、それでも岳達との付き合いを止めようとはしなかった。

 自称「講釈ぶち」としての振る舞いは変わる事なく、時に「オトコの美学」とも言える観念を純に押し付けることもあった。

 一体どこまで涼しげな顔が出来るのだろうか、と疑問に思った岳と良和はバイクを使い、歩いて移動する田代を置いてけぼりにしてみる事にしたのだった。

 自転車に乗る岳と純が良和の肩に掴まる。良和がカブのスピードをゆっくりと上げていく。

 岳が振り向く。


「田代。早くしろよ」

「あ?俺は何があっても急がないぜ。俺はよ、俺のペースで歩くんだよ」

「ふぅん。ヨッシー……スピード上げて」

「オッケー」


 良和がスピードを上げるとサイドミラーに映る田代が急に早歩きになり、岳と純は噴出した。


「おい。あいつ急いでるぜ」

「約束違うんじゃないかなぁ?おっかしいなぁ」

「このまま駅まで行こう」


 良和の提案に岳と純は頷いた。バイクが見る見るうちに加速して行き、すぐ後ろに見えたはずの田代の姿が米粒ほどに小さくなっていく。

 その肩が激しく左右に揺れているのが遠くからでも分かり、三人は声を上げて笑い合う。

 駅前の高橋リカーストアの前で三人が缶珈琲を飲みながら座っていると、顔を真っ赤にして汗を掻き、ぜぇぜぇと肩で息をする田代が姿を現した。

 岳が片手を上げて声を掛ける。


「よぉ。急がないんじゃなかったん?」

「いー……いそいでっ……ゴホッ……ねぇー……!」

「ゲロ吐きそうになってんじゃん」

「う……うるぜぇ……!俺は……走りたがったん……だ……」

「あそう。じゃあヨッシーん家行こう」


 三人は再び立ち上がり間髪入れず良和の家へと向かった。もちろん、田代のみ徒歩移動だった。


 自分一人の力だけでは力を誇示出来ないと考えたのか、田代はある友人の話を持ち出すようになった。


「俺のダチでよぉ……。まぁ、マブなんだけどよ。ギターの腕前が凄すぎて高校生でプロやってる奴がいるんだよ。カイトって奴でよ。マリスのあの「Gackt」と仲が良いんだってよ。秘密裏に一緒にステージも立ってるんだってよ」


 純は目を丸くし、その話に食いついた。


「えぇ!あのGacktと!?それは凄いなぁ。会ってみたいな」

「そうだろ?がっちゃんもギター教えてもらった方がいいぜ」


 岳は爪を切りながら大げさに驚いた。


「へぇー!高校生のプロかよ!会ってみたいなぁ」

「あぁ。絶対勉強になるぜ。カイトはよぉ、地下の格闘技の選手もやってんだよ。キレたらヤベーんだ」

「じゃあかなりゴッツイの?」

「いや、あいつ曰く格闘技は「力」じゃねーらしいからなぁ……。かなり細いんだけど強いんだよ」

「へぇ。今度連れて来てよ」

「まぁあいつも芸能関係やらで忙しいからなぁ……。時間合えば連れてくるぜ。ちょっと便所行ってくらぁ」


 田代が自分の部屋を出て行くと純と岳はすぐに目を合わせ声を潜めた。岳が切った爪を眺めながら笑う。


「秘密裏のステージって何だよ。SMショーかよ」

「地下格闘技なんてあんのかい?なんかヨッシーん家で読んだ漫画でそんなのあったな」

「グラップラー刃牙じゃん?」

「あぁ!それそれ!妄想って怖いねぇ」

「いやー?意外とマジかもよ?」

「どうかなぁ?」


 その一週間後。夏前だと言うのに黒いロングコートにサングラス、クロムハーツを身を包んだ「カイト」を田代が岳の家へ連れて来た。

 背丈は純と同じほど、標準よりやや高かった。サングラスを取ると小さな目が現れ、その顔は猿のような印象を岳と純に与えた。


「どうも。カイトです」


 握手を求められ、岳が「どうも」と握り返す。力試しをするように強く握ろうとするのを岳は感じ取り、すぐに手を離す。続いて純が握手をする。しばらくの間手を握り合っていたが、純が手を離すとカイトは「中々……」と微笑んだ。

 顔を顰めた純が岳の耳元で「こいつ、面倒臭ぇ」と呟き、岳は噴出すのを堪える。


「な?強いだろ?俺のマブのカイトさんはよ」


 腕組みをしながら勝ち誇ったように田代が笑う。田代の言葉を無視した岳が、機材に関して初歩的な質問をカイトにぶつけた。


「ギター何使ってるの?」

「今はESPだね」

「いいなぁ。ESPの何?」

「それは……あの。雑誌にそのうち載るからそれで確認して。公開前だからね……」

「じゃあ練習用は?」

「えっと……ストラトだね」

「ストラトって、何のストラト?」

「それはまぁ……色々と……」

「ふぅん……。エフェクターは?」

「スタジオにある物を使わせてもらってるから、僕はあまり詳しくないんだよね」

「え?ギタリストなのに?」

「まぁ……Gacktさんにレクチャー受けて、スタッフに任せっぱなしの部分もあるし……美しいか否かが僕の判断基準だからね」


 岳は「なら、まずは整形だな」という言葉を飲み込んだ。


「そうなんだ……」

「そこにギターあるよね……。実力を見せつけるって訳ではないけど、弾かせてもらっていいかな……?」

「あぁ……どうぞ」


 そう言うとカイトは、岳の部屋にある白のエピフォン・レスポールカスタムを手に取った。

 アンプに繋ぐとすぐに早弾きのような「もの」を弾き始めた。

 その不安定な旋律に純と岳は思わず眉を潜め、目を合わせる。カイトは髪を振り乱しながら乗り気になって弾いている。

 田代はその横で満足そうな笑みを浮かべ、煙草を吸いながら「どうだ」と言わんばかりに純と岳を見つめている。


 事件はその次の瞬間に起きた。コード弾きを始めたカイトが人差し指を横に向け、バレーコードの構えをした。ネックの上方に指がスライドする。

「F」のコードだろう、と予想しながら純と岳が眺める。

 ギター初心者最大の壁でもあるコードではあったが、ある程度ギターを弾ける人間ならば意識せずとも弾けるメジャーなコードだ。

 予想通り、カイトがギターで「F」を鳴らす。

 幾らプロとはいえ、「F」程度で勝ち誇ったような顔をされては適わない、と岳が苛立ちを覚えそうになったその時であった。

 予想外に、アンプからは完全に弦がつっかえた音が出たのだった。

 それは初心者上がりの人間が弾く「F」の音だった。指が完全に弦を押さえられておらず、響きが無くただただ単音の足し算だけという「下手糞」な音がしたのだった。まさかの驚愕の出来事に純と岳は目を丸くし、互いに目を合わせると思わず噴出した。

 カイトは「あれ……おかしい……」と言いながら指板を上から覗き込む。


「これは……ネックが反ってしまってるんじゃないかな……弾けない訳がないんだけどな……」


 岳は無言でカイトからギターを奪うと、手元を確認する事なく、カイトを正面に見ながら「F」のコードを鳴らした。

 次に純にギターを手渡すと、純も普段は弾かないレスポールタイプのギターにも関わらず、同様に「F」のコードを難なく鳴らしてみせた。


 ギターをスタンドに立て掛けると、純と岳は無言でカイトを見つめた。田代も無言のまま、不安げな表情でカイトを眺める。

 カイトは何も言わず、酷く静かな時間が訪れた。鳥のさえずりがすぐ近くに聞こえ、遠くで走る原付バイクの音が彼らの間を通り抜けていく。流れる雲の音さえ聞こえそうになった次の瞬間、カイトはサングラスを掛け、立ち上がった。


「僕……ラーメン好きなんだよね。どこか案内してよ……」

「おう!ここは三宝軒行くしかないでしょー!」


 田代はそう大声で言ったが、純と岳は静かに「いいや」と首を横に振った。

 カイトはその後二人の前にも、もちろんテレビでも雑誌でもその姿を見せる事は無かったが、純と岳に

「「F」が弾けない人」と延々呼ばれ続ける事となった。

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