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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
79/183

残り火

自分の居場所でマウントを取ろうとする田代。次第に純と良和は辟易とし始め…。

 体育の授業中、飛んできたサッカーボールをヘディングしようと岳は勢い良く飛び上がった。

 ボールは岳の頭上の遥か上を通り過ぎて行く。ボールの行方を確かめようと振り向いたまま着地すると、枯れ木を折ったような音がグラウンドに響き渡った。

 陸上部で自他問わず骨折の経験が多い米田がすぐに駆け付け、岳は米田の肩を借りて保健室へと急いだ。

 着地に失敗した岳の足首は見る見るうちに紫色に腫れ上がり、早退して病院で診察を受けると見事なまでに骨折していた。その為、翌日は学校を欠席した。


 部屋でギターマガジンを読みながらぼんやりしていると、純から見舞いに行くとメールが入った。

 春の雨上がり。冷たい風と暖かな陽射しの入り混じった天気の中、岳が窓から外を眺めていると、その目が二つの影が見えた。

 一人は純、もう一人は田代だった。


 部屋に入るとすぐ、純が「これで良かったっけ?」とマルボロを岳に手渡す。田代が「よぉ」と言いながら純の後から部屋に入る。

 純からマルボロを受け取ると岳は二人に目を向けた。


「サンキュー。どうやって買いに行こうか困ってたんよ。田代と二人で来るなんて珍しいね」


 純が何か言いかけたが田代が微かに笑みを浮かべながら答える。


「この前ベイシアで純坊やと偶然お会いしまして、それから度々逢瀬を重ねているんですよ。な?」

「うん、まぁね。家も近いからさ。何する訳でもないんだけどさ」


 純が放課後に田代と過ごしている事に岳は違和感を覚えた。

 田代は幼少期から素行の悪さで有名だった。中学の授業中に喫煙したりする事は日常茶飯事で、授業を妨害する為に騒ぎ立てたり、陰口を叩いた後輩を殴りつけたり、奇声を発したり、その素行の悪さには枚挙に暇がなかった。

 中でも岳を一番驚かせたのは幼少期に茜の目を蹴り飛ばし、流血させたという出来事だった。


 中学三年時、純と田代は同じクラスだった為に一緒に居ることは別に不自然ではないはずだったが、岳は田代に対して好ましくない印象を持っていた事もあり、純と田代が共に行動している事に違和感を抱いていたのだった。


「純君、田代はもうヨッシーん家連れてったん?」

「あぁ。昨日一緒に行ったんさ。ヨッシーがさ、田代君のチンコ見て「イッツ!モンスター!」って言ってたんさ。ははは」

「おかげさんでよぉ、変なトコばっか育っちまってよ。まさに「馬力」よ!」


 競馬が好きな田代がそう自慢げに股間を突き出すと、岳は顔を歪ませた。


「うへぇ。男で変なもん見せ合ってんじゃねーよ。きったねぇ……馬鹿じゃねぇの」

「馬鹿で結構!結構毛だらけ猫灰だらけ!それよりよ、がっちゃん先輩は酒の方がイケるって聞いたんだけど」

「あぁ……飲めるけど」

「足治ったら一杯やりましょうや」

「そうだね。まぁいつでもいいよ。どうせ今夜も飲むだろうし」

「酒は健康のバロメータってな」

「まぁそんなもんよね」

「がっちゃん先輩、ギターがございますが。長渕弾けないの?」

「長渕……?……弾こうと思わないね」

「そいつは残念。俺はよ、講釈ぶちだからよ。がっちゃんとは気が合うと思うんだよ」

「俺、そんな上から目線で話したりするかなぁ……。講釈ねぇ……」


 岳の言葉に純が「はは」と短く声を立てて笑う。岳は純のリアクションに頬を赤らめ、頭を掻いた。


「がっちゃんが大人しくない人間って事はよぉ、皆知ってることだぜ。長渕聴こうぜ?ロックだぜ」

「いや……今はレディオヘッド聴いてるからいいよ。「キッドA」ってアルバムが面白いんだわ」

「ラジオ頭かい。まぁ、共に酒を酌み交わせる日を願ってますよ。純君、行こうか」


 そう言うと二人は立ち上がり、軽く挨拶をして部屋を出て行った。

 岳はいまいち腑に落ちない感情を持て余し、足を折っているにも関わらず全てを忘れ去ろうとその週末に友利と会う約束をした。

 心配する友利の言葉に岳は何度も「大丈夫」と言ったが、何度も言っているうちにそれがまるで自分に言い聞かせる為の言葉のように思えた。


 純の部屋で田代は純のプレイする「Dr.マリオ」を眺めている。


「上手いもんだねぇ。全然ゲームオーバーにならねぇな」

「そうかい?何度も何度もやってるからね。無心になれていいんさ」

「へぇ。好きこそものの上手なれってな。俺は競馬やってっけど全然当たりゃしないぜ。へへ」

「ギャンブルはちょっとな……」

「純君よ。競馬はギャンブルじゃねぇ……。生き様よ」


 そう言うと田代は目を細めてセブンスターの煙を吐いた。

 純はその姿を見ると鬱陶しさを覚えた。しかし、すぐ傍にいる田代を完全に否定出来る自信も根拠も無かった。

 無性に湧き出てくる寂しさや苛立ちを誰かにぶつけなくても、理解されなくても、ただ誰かが傍にいるだけで純は落ち着いていられた。

 良和のアパートへ遊びに行けばいつも騒がしく賑やかだった佑太の代わりに「講釈ぶち」の田代が出入りするようになっていた。

 佑太のように田代は良和に対して目に見える危害を加えるような事はしなかった。しかし、日を追う毎にグループの中で「存在感」を示そうとするようになっていった。

 田代が付き合っているという「彼女」と電話をする際には、純や良和の事を彼女の前で「こいつら」と呼ぶようになり、こいつらは俺なしじゃ何も出来ねぇからよ。と等と純や良和の目を見ながら発言するようになった。

 ぞんざいな扱いをされた純は苛立ちを覚え、放課後にギター部の部室で岳に鬱憤をぶちまけた。


「田代君なんだけどさ、彼女の前だと俺らの事「こいつら」とか呼ぶんさ。何であんな言われ方あいつにされなきゃなんないんかさ……」

「彼女の前って……あいつ彼女いるんかよ」

「みたいよ?会った事ないけどいつも電話してるんさ」

「ははは。実は画面真っ暗だったりして」

「はっは!それはありえるかもしれんね。女の前でやたらマウント取りたがるんだよなぁ……」

「頭おかしいから面白いっちゃ面白いけど、うぜーな」

「最近本当うざいんさ。あー、やだやだ」

「そんな嫌なら遊ばなきゃいいじゃん」

「いやぁ……家近いしさ、それにヨッシーのアパートにも出入りしてるしさ……」

「邪険に出来ないって訳だ」

「まぁ……そうね」


 そう言うと純は肩を落として溜息をついた。そして制服のネクタイを持ち上げ、くるくると回しながら天井を眺め始めた。学校へ来れば教室で一人で過ごし、家に帰れば田代に邪険にされ、休みの日には佑太に引っ張りまわされているという純を、岳は気の毒に思った。


 ある日、純の部屋でいつものように田代が彼女と電話をしていた。


「おまえよぉ……かっこいい俺に早く会いたいんだろ?抱かれたいって言えよ。あ?友達?あぁ……こいつらと遊ぶ方が忙しいんじゃないかって?……馬鹿……俺はこいつらと遊んでやってんだよ……」


 いつものようにその目を純と良和に向ける。それに気付いた良和が静かに漫画に目を伏せ、純はテレビゲームの電源を入れた。

 田代は無視を決め込んだ二人に余程羨んで欲しいようで、その声と態度をより大きくした。


「いつもいつもよぉ、俺はこいつら「坊ちゃんズ」の世話してやってんだよ。赤ちゃんにミルクが必要みてぇによ、こいつらには俺が必要って訳よ。男ってのはよ、常に男の背中を見て育つからよ……。がっちゃんとかっつー男がよ、こいつらを変な風に育てちまったからよ」


 その時、練習帰りの岳が挨拶も無く純の部屋へ突然入って来た。純から先日「田代の電話がうざったい」と聞かされたばかりであり、その日は事前に遊びに行くことを伏せていた。

 岳が現れても引っ込みがつかなくなったのか、田代は電話を止めようとしない。岳は田代を見下ろしながら、吐き捨てるように言い放った。


「女の前で王様気取ってんじゃねーよ」


 その言葉に純と良和が手を叩き、腹を抱えて笑い出した。その笑い声は当然、田代の彼女の耳にも届いたであろう。田代は顔を真っ赤にしながら電話を静かに切ると岳に座る場所を譲った。


 純が「いやー!すっきりしたぁ!」と言い、良和は「ナイスタイミング!」とひたすら笑っていた。

 岳は田代の隣に座り、煙草に火を点ける。


「あのさ、彼女と電話すんなとは言わねぇよ。ただ、ここですんな。ここ、純君の部屋だし」

「あぁ……。まぁ……」

「第一、男が野郎の前で女と長話しするなんて、その女を愛してない証拠だぜ。するなら自分の部屋でしろ。以上」

「でもよ……がっちゃんだって友利ちゃんと皆の前で電話くらいするだろ……?」

「しねーわ。友利に悪いもん。した事ないよな?」


 岳の問い掛けに純は腕で大きなバツを作り「ありませーん!」と笑い、良和は腕組みしながら大きく頷いた。

 田代はその後不貞腐れたようで急に無言になった。


 良和が「俺ん家行かね?」と誘うと純と岳は頷いて立ち上がった。彼らは部屋を出ようとしたが田代は壁に凭れたまま動こうともしない。

 純が「行かん?」と誘ったが田代は何も答えない。

 三人はしばらくの間、田代が動くのを待ち続けたが煙を吐くだけで微動だにしない。

 痺れを切らした岳が「もういい。行こう」と言うと、田代がやっと口を開いた。


「俺はよぉ。俺のタイミングで動くからよ。誰の指図も受けねぇ」


 その目はやや涙目のようにも見えたが、純は問答無用で部屋の灯りを消した。

 それでも田代は壁に凭れたまま動こうとはしなかった。

 良和が廊下で「面倒臭いんねぇ。何あれ」と呟く。

 純が「いいよ、行こう」と言うと、岳は振り向いて田代に言った。


「煙草の火、危ないからちゃんと消せよ。あと、ここ純君の家だから。さっさと帰れよな。じゃあな」


 扉を閉めると田代の姿は扉の向こうに仕舞われた。

 そこで泣いていたのか、一人で笑っていたのか、そんな事はどうでも良かった。

 彼らは次の楽しい事に向かい、既に歩き出していた。

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