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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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春の悪魔

第77話

高校三年になった純と岳。純が行き場のない苛立ちに翻弄される日々に現れたのは…。

 その年の春の訪れは暖かな陽射しに舞い上がった桜吹雪と共に、漠然とした不安を純の胸へと運んだ。

 掲示板に貼り出されたクラス分け名簿の前で、純と岳は呆然としていた。

 ギターバッグを背負う岳が純に声を掛ける。


「最後の年は……俺ら別々なんだな」

「そうね。まぁ、なんとかなるっしょ」


 そう答えながらも、名簿を眺める純は真顔のままだった。

 中学二年、高校一年、二年と共に同じクラスで過ごして来た純と岳は、高校最後の一年間を別々の教室で過ごす事となった。


 バンドを二つ掛け持ち、友利との時間を何よりも優先する岳。定時制高校に通い始め、昼間はレストランでアルバイトに励む良和。ホストとして働きながらもその所在がいつも分からない佑太。学校が終わるとホームセンターのアルバイトに精を出す米田。

 気が付けば高校三年になってすぐに純は、放課後の時間を持て余すようになっていた。


 クラスメイト達は常に進学や就職活動の話で持ち切りだった。自分がどうしたいのかすら分からぬまま三年生になった純はその話題の中へ入り込めず、輪の中へ飛び込むことに躊躇した。

 結果、クラスではいつも一人で過ごす事が多くなっていった。

 昼に食事をすると具合が悪くなる、という理由からいつも昼食を取らない岳は、昼休みになると喫煙所と化すテニスコートへ移動してしまう。

 煙草を吸わない純は岳と校内で会う機会すらも減った。


 岳やその周りにいるバンド連中から「南こうせつ」とあだ名を付けられている吉崎よしざき 哲也てつやが昼休み、机に座ったまま一人で過ごす純に話し掛ける。


「あ……新川君、最近、君はいつも一人だね……」


 天然パーマの髪を掻き毟り、眼鏡を掛け直しながら純を見ると、その目は真っ直ぐ黒板に向けられたままで吉崎を見ようともしなかった。

 だが、その口は開いた。


「いつも一人か……まぁ……そうかな」


 純の言葉を受け、吉崎が厭らしげな笑みを浮かべて言う。


「そ、それならさぁ……僕も一緒だよ……。僕は車の事が話せる友達が欲しいんだけどさ……この学校は不良みたいなのばっかりで皆バイクバイクってうるさいんだよ……あんなに素晴らしくて分かりやすいランエボのエンジン音の良さが分からないとか、聞き分けられないとか……そういうのどうかしてるっていうか……」


 吉崎がそう早口で話し始めると、純はその様子に堪え切れなかったようで、目線を伏せると同時に噴出した。

 不服そうに吉崎が口を尖らせる。


「な……何がおかしかったんだよ……」

「あのさ、「一人でいる」って話がどうして車の話になるんかさ?」

「えっと……だって、一人で過ごす方が好きな人って……何か変わった趣味とか世界とかあるのかなと思って……」

「だからって車の話に食いつくと思ったんかい?そっちの方が、どうかしてるんじゃないかい?」

「分かってくれるかな、と思ったんだけどな」

「なら俺もギャングの話していいかな?それともランエボのエンジン音みたいにさ、分かりやすい西海岸の文化の話でもするかい?」

「えっと……それは……何だい……?」

「興味ねーならわざわざ話し掛けて来なくていいよ」

「分かったよ……ごめん……」


 肩を落として教室を出て行く吉崎を見ているうちに、純は突然苛立ちと虚しさを感じ始めた。それは吉崎個人に対してではなく、この学校の中に居る自分に対してのような気がしていた。

 女子生徒達の嬌声。廊下を走る誰かの足音。遠くから流れてくる煙草の匂い。真っ黒な黒板。

 それらを見て、感じているうちに途端に身体が重たくなり、行き場のない苛立ちが増していく。

 机を薙ぎ倒し、誰彼構わず殴りつけてから教室を飛び出したい衝動に駆られる。

 それを実行する勇気を持たない純は、静かに一人で教室を抜け出した。


「なんかさぁ、純君暗いんだよね。がっちゃん何か知ってる?」


 ギャル軍団の「ボス」として君臨していた成田なりた 若菜わかなは三年になって内輪の喧嘩により軍団を追放され、行き場を失くして以来、ギター部のある合宿所を新たな居場所としていた。

 青色のストラトタイプのギターをチューニングしながら岳が答える。


「純君?さぁ。最近絡んでねーかんな。暗いの?」

「うん。いっつもひとりぼっち。元気ないのかなぁ?あ!私がエッチしてあげれば元気出るんじゃね!?きゃはは!」


 成田はそう言って屈託なく笑った。少し困ったような表情にも見える整った顔が、泣き出しそうに歪む。


「いっつも一人ねぇ……。クラスで友達出来てないんかな。うっちーに聞いてみるか」

「ねぇ?何で私がエッチしてあげるってトコ無視してくれてんの?」

「だって興味ねぇもん」

「はぁ!?試してから言えよ!そうだ!ここでしようよ!一回がっちゃんとしてみたかったんだよね!」

「馬鹿じゃねーの。それより純君の話マジなん?」

「私は馬鹿だけど、それはマジだよ。私も最近は一人だかんね。そういう子には敏感になるよ」

「そっか……。クラス違うと目掛けてやれねぇからなぁ」

「前から思ってたけどさぁ、がっちゃんと純君ってどっちが上とか下とかあんの?」

「そんなんないよ。ただずっと一緒にいただけでさ」

「ふーん……。じゃあ私と先にしたらがっちゃん兄貴になれんじゃん」

「だからしねぇって!本当止めとけよ。そういうの簡単に言うのさ」

「えー!いいじゃん!ね?一回!一回さ!」

「だからヤダって!」


 成田が岳に詰め寄ると同時に、勢い良く合宿所入り口のドアが開かれた。

 入り口に立つ米田が目を丸くし、顔を赤くする。


「おい!おまえらやってるなら鍵閉めとけよ!」

「馬鹿!ちげぇよ!」

「違くないよ。米田出てっていいよ」

「おう……失礼するわ……おじゃましました……」

「ふざけんな!冗談だって!入れよ!」

「え?どっちなん?」

「いいから入れよ!」


 成田が顔を顰めて岳から離れると、岳は米田を招き入れた。

 米田は戸惑いを感じているのか、視線を泳がせながら岳に訊ねる。


「純、来てない?」

「え?来てないよ?」

「じゃあマジで帰ったんか。しょうがねぇな」

「どうしたん?」

「あいつ誰にも何も言わないで消えたらしくてさ」

「ただフケただけじゃねーの?」

「だったら良いんだけどよ。何も言わないとか珍しくね?」

「まぁ……確かにね。何かあったんかな?」

「さぁ……。それよりよ……」

「え?」

「やる時は鍵閉めろよ……」

「だから違うって!」

「違くないよ。米田ばいばーい。はい、出てって」

「だから違うだろ!」


 岳が合宿所で困惑している間、学校を後にした純は男衾のベイシアに来ていた。ゲームコーナーで無心になり「メタルスラッグ」をプレイしていると、画面が切り替わるタイミングで誰かに声を掛けられた。


「やっぱ兄さん、良い腕してますねぇ!」

「あぁ。誰かと思った」


 知らぬ間に純の横に立っていたのは中学の同級生の田代だった。相変わらず悪い眼つきだったが、言葉は柔らかかった。しかし、その手にはポケットサイズのウィスキー瓶が握られていた。


「制服姿でウィスキー!?」


 純は声を上擦らせたが、田代は低く唸るような笑い声を立てた。


「高校三年!山あり谷あり!飲まなきゃやってられないっしょ!」

「ははは!時間的にまだ早すぎないかい!?」

「飲みたい時が「飲み時」ってよぉ。何かよぉ、学校居るとムカムカして来るんだよ。純君は「やらない」の?どうだい?」

「いや、酒はいいや」

「残念だねぇ……あ、岳「先輩」は一緒じゃないんかい?」

「あぁ……バンド練習かな」

「ふーん……だから純坊やはひとりぼっちで「メタルスラッグ」やる羽目になっちまったって訳か。可哀想にねぇ」

「まぁ……しょうがないんじゃない?がっちゃんいつも忙しいし」

「暇ならよ、遊ぼうぜ。まぁ、何する訳でもねぇんだけどよ」

「あぁ……いいね。俺も暇してたからさ」


 田代は純の隣に腰を下ろすと画面を指差して「やれー!やれー!ぶっ殺せー!」と叫んだ。

 相当酔っているようだったが、夕方の早い時間から一人で酒を飲む高校生を純は拒否出来ずにいた。

 田代が持つ「やり場のない苛立ち」に、純は共感出来てしまっていたのだった。


 ゲーム画面は最終ステージに向かって進んでいく。

 大きなボスが現れる。

 少ない武器でどう立ち向かえるか、そう考え純は唇を舐めてから操作レバーを握り締めた。

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