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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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軋轢

純と岳が久しぶりにアパートを訪ねるとそこには精気を失くした良和の姿があった。その理由を知ると彰は佑太と小木を呼び出し…。中学から続く「変態クラブ」はついに。

 部屋を一望した彰は「何コレ?」と訊ねたまま、無言になった。それが良和のみの生活環境からそうなったものでは無いことは一目瞭然だった。

 彰が腰を下ろし、良和の肩を掴む。


「これ、オメーがやったんじゃねーべ?」

「いや、掃除してなかっただけなんさ。大丈夫だよ」

「大丈夫って、何がだよ。俺まだ何も心配してねーで」

「散らかってるだけなん。だから…」

「何かされたからそう言ってんだべ?なぁ?心配掛けたくねぇって、そう思ってるからそう言ったんだろ?」

「……」


 黙り込んだ良和の肩から手を離すと、彰はポケットから取り出した煙草を咥える。岳が無言で火を点けると小さく手刀を切る。

 岳が煙を吐きながら彰に目配せする。


「彰、見てみ」

「え?何なん?」


 目線の先のゴミ箱の中身に気が付き、彰が「おーい!」と声を荒げる。


「良和君やられてんじゃん!ふざけんなよ!」


 良和は薄ら笑いを浮かべる。


「彰さ…俺がやったって…何で考えねぇん?」

「やれる訳ねーだろ。良和君はウンコ大好きマンのド変態だし、一生素人童貞なんだから。オメーに女は無理なの分かってっから。もう正直言えよ。佑太と小木だろ?」

「まぁ…そうなる」

「そうなるじゃねーよ。何やらしてんだよ。ったく」

「すまん…」

「すまんこじゃなくてさ。なぁ?あいつらに何かされたんじゃねーの?もう全部吐けよ。マジで」


 彰の問い掛けに良和は額に手を当てながら項垂れた。岳と純はその様子を見守る。

 そしてしばらくの沈黙の後、良和が静かに語り出した。彰は聞き役に徹した。


「少し前からなん…仕事が終わると二人がこの部屋に女連れて来てさ…」

「おう。それで?」

「俺に酒飲ませてからかったり、女の前で殴ったり…。この前はその女にも馬鹿にされてさ…」

「良和君は何も言わなかったん?」

「だってさ…後輩だし…後、卵と酒と煙草の灰混ぜたの飲まされたり。それで具合おかしくなった」

「それはダメだべ。あいつらそれ見て笑ってんのか?」

「うん…。俺が具合悪くて吐いててもさ、あいつら俺の目の前でヤッてるんよ」

「はぁ?マジかよ」

「マジだよ」


 疲れ切った様な声でそう言うと、彰も岳も純も、怒りを堪える事が出来そうにないと感じ始めていた。

 彰は煙草を揉み消すと「うっし!」と気合いを入れた。


「この部屋やり部屋にされたのムカつくな。俺が使おうと思ってたんによ。何であんなカス共に使われなきゃなんねーんだよ。あームカつく。電話しよ」


 そう言うと彰は佑太に電話を掛けた。良和がかぶりを振ったが、彰は人差し指を唇の前へ立てた。


「あ、もしもし?佑太?今からソッコ良和君のアパート来いよ。どうせあのバカも一緒にいんだろ?あ?小木に決まってんで。さっさと来いよ」


 電話を切ると彰は良和に言った。


「良和君、もし嫌だったら出てって行ってて構わないで。話してぇ事あるなら居てもいいし」

「あぁ…まぁ…居るよ」

「そっか。そういやさ、何かエロ本ねぇの?ウンコ出てこないヤツが良いんだけど」

「あったかなぁ…」


 佑太と小木が来るまでの間、彰はデタラメな番号に電話を掛けてナンパをするという地道な努力を行っていた。


「あ?もしもし?俺だよ、彰だよ!あ?なんだよ、またオッサンかよ!死ねよ!」

「ひでー。掛けられた方意味分からないだろうし、たまんねーだろうな」

「出会いが無いからこうするしかねーんだべ?がっちゃんラッキーボーイなんだよ。誰か紹介してよ」

「そのうちね」

「マジ頼むよ」


 その時、ガチャン、という音と共に佑太と小木が現れた。

 純は漫画に集中することで怒りを抑えようとしていた。姿を見てしまったら二度と好きにはなれない自信があった。

 部屋に入るなり、佑太がポケットに手を突っ込んだままの姿勢で言った。


「おい。掃除しとけって言わなかったっけ?」


 その瞬間、彰が力強く床を手のひらで叩いた。


「座れよ。話あっから」


 棘のある彰の口調に佑太と小木が一瞬たじろぐ。しぶしぶ、と言った様子で二人が腰を下ろすと彰が煙草の煙を二人に吹き掛ける。


「オメーらここで何してくれたん?」


 煙を避ける事なく佑太が答える。


「何が?ヨッシー、チクったん?」

「オメーが今話してんのは良和君じゃねーだろ。おい」


 すると堰を切ったように良和が声を荒げた。


「もう嫌なん!ここは俺の部屋なん!もうムチャクチャにされるの嫌なんだよ…」

「あぁ?テメー誰に口利いてんだよ!」


 立ち上がろうとする佑太を彰が抑える。筋肉に差がある為か、佑太は子供のように簡単に抑えられてしまう。

 佑太とは裏腹に、小木は静かに座ったまま俯いている。


「オメーらがやった事全部聞いたで。最低だなオメーら」

「だって…」

「だってじゃねーべ。何してくれてんだよ。ここ良和君の部屋だで。何でイジめたん?」

「イジメっていうか…」

「殴ったり変な酒飲ませたりイジメじゃねーんかよ?」

「こいつ、後輩だし筋通さねー所あるから…教育っつーか…」

「人ん家で勝手にセックスすんのが教育なん?あ?どうなん?」

「いや、だって後輩だし」

「後輩後輩ってよ、後輩だったらこいつに何してもいいん?」


 良和は項垂れてはいるもののその場から逃げず、彰の言葉に身を任せている。岳は彰と佑太のやり取りに口を挟む事無く静観している。

 純は耳を傾けながらも漫画に集中しているが怒りの為か、手が小刻みに震えている。

 頭を搔きながら明るい声で佑太が言う。


「こいつ後輩だからさ、躾って大事じゃん?」

「そうなん?こんな躾け方、今日生まれて初めて知ったわ」

「なんつーかさ、これは俺ら「夜の世界」のやり方だからさ」

「へぇ。そうなんだ」

「うん。だから後輩であるこいつ自身もやられた理由とか分かってると思うんだよ」

「へぇ。良和君の気持ち分かっちゃったんだ?へぇ。すげーじゃん」

「昼間生きてる人間には分からないっしょ?俺らは俺らのやり方があるんだよ」

「後輩に何してもいいって?」

「まぁ…躾は。後輩に教え込まなきゃナメられんの俺らだし。結局俺らの世界って」


 それまで静かな口調で受け答えていた彰だったが、佑太が言葉を言い切らないうちに怒声を上げた。


「さっきから聞いてりゃ後輩後輩ってよ!ふざけてんじゃねーぞテメェ!」

「だから、それは…」

「後輩の前に友達じゃねーのかよ!良和君はおまえの友達だったんじゃねーのかよ!」

「まぁ…そうだけど…」

「そんなんも分からねーんだからテメーらカスなんだよ!何なん?馬鹿みてーに「ナメられる」とかよ。田舎ホストがそんなに偉いん!?威張りてぇなら歌舞伎町行けよ!テメーらやってる事が一々下らねぇんだよ!」

「……」

「謝れよ」

「……」

「良和君に頭下げろよ」


 彰の言葉に真っ先に素直に応じたのは小木だった。

 正座したまま小木は静かに頭を下げた。


「ヨッシー…マジでごめん。調子こいちまって…やり過ぎた。殴ったりして…本当ごめん…」


 良和は僅かに涙ぐんでいた。それは彰に対しての涙なのか、状況を耐えようと踏ん張った末の涙なのか、良和自身でも分からないでいた。

 頭を下げる小木を見ないまま、良和は言った。


「いいよ…。もう別に。小木に何回もやられた訳じゃないし…」

「いや…すいませんでした…」


 それを見た佑太は不機嫌そうな顔を浮かべながらも頭を下げた。


「ごめん」


 先程の小木の時とは違い、良和は何も答えない。代わりに彰が口を挟む。


「何簡単に済まそうとしてんだよ」

「簡単じゃねーって。先輩として頭下げてる訳じゃねーから」

「は?」

「頭下げたのは、けじめなんで。ただ…店に入れば俺が上だし」


 良和は横を向いたままその言葉を聞き、そして言った。


「もう行かないよ…俺は。辞める」


 佑太は目を見開く。


「は?行かないとかありえねーから」

「いや、行かない。もう行かない」


 彰は囃し立てるように言う。


「田舎ホストなんか辞めちまえよ!どうせ潰れるで。俺と一緒に土方やろうぜ」


 それまで黙ったまま話を聞き入っていた岳が口を開いた。


「佑太。辞めさせてやれよ」

「だって…こいつ半端じゃん…」

「おまえにそんな事されて「また行こう、働こう」なんて思えないだろ。警察駆け込まれたらどうするつもりだったん?」

「それは…考えてなかった…」

「考えろよ。おまえマジでヨッシーに感謝しろよ。そんでもう仕事の話すんな」

「分かったよ…」

「だったらヨッシーにちゃんと謝って」


 岳に促され、佑太はもう一度良和に頭を下げた。


「本当、ごめんなさい。…もうしません」


 その言葉を受けると、良和は何かを堪えるような表情をしながら呟いた。


「許さないよ」

「……ごめん…」

「もういいや…帰ってくれ」

「……分かった…」


 佑太と小木が立ち上がり、もう一度頭を下げて玄関から出る。とても静かに玄関のドアは閉じられた。


 純は溜息をつき、漫画から目を離した。彰が煙草に火を点け、その様子を笑う。


「純君ネクラかよ!ずっと漫画読んでたじゃん!」

「いやいや!こうしてないと何かムカついちゃってさ」

「まぁネクラでも顔が良いからモテんべ。良和君さ、ホスト辞めたんだから誰かヤレそうな客紹介してよ」

「ババアしかいねぇよ」

「何だよ!使えねぇ!その為に頑張ったんにさぁ!じゃあ女出来たら部屋貸して!殴らねぇからさ!」

「嫌だよ!」


 そう言うと彼らはひとしきり笑った。


 佑太と良和の間にこうして溝が生まれ、その溝はすぐに埋まる事はなかった。

 岳と純が遊ぶ時、二人のどちらかは必ず不在といった状態がそれから数年続くこととなった。


 空中分解し始めた「変態クラブ」の集まり。居場所が徐々に狭まっていく中、純と岳はとうとう高校三年生になった。


 そして、初めて二人のクラスが別々となった。

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