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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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ユミカ

良和とメールを通じ仲を深めているはずのユミカ。しかし、一向にユミカの写真を見せようとはしない良和 。だがそんなある日、覚悟を決めた良和は純と岳に写真を見せるが…。

 ホストとして働き始める以前から、自分の自信の無さを克服する為に新しい可能性を常に探し続けていた良和。その中の一つに「恋人を作る」という目標があり、良和はホストになる以前から出会い系サイトで知り合ったユミカとメールを通じてその仲を深めていた。

 ユミカの写真が届いたという話を岳達が良和から聞かされて数ヶ月、良和がその写真を岳達に見せる事は決してしなかった。


 純と岳が良和のアパートへ訪れていたある日の事だった。

 岳がアパートの玄関に置かれていたタウンページを捲りながら、何気なく良和に声を掛ける。


「なぁ。ホストの仕事って大変なん?」

「すっげー大変。この前、佑太の客にシャンパン一気飲みさせられたん。やり方上手い先輩は飲む振りして服の中に酒入れたり、裏でソッコーで吐いたりしてるよ」

「そういうドリンク代とかってさ、バック入るの?」

「いや、そん時は佑太の客だったから金は佑太に入るん。俺は命令されて飲む係。ただの盛り上げ役だよ」


 良和の言葉を横聞きしている純の眉間に一瞬、皺が寄る。


「そういう上下関係ってやっぱ地元の友達とか関係ねぇんだな」

「夜の世界じゃ佑太の方が先輩だから仕方ねぇんよ」

「そっか……。まぁ変に頑張り過ぎないように。頑張ると疲れるからな。そういやさ、ユミカの写真いつ見せてくれんだよ?届いたってずっと前に言ってたよな?」


 突然方向転換した岳の質問に、良和は座ったまま背を向ける。すると、無言のまま床に置かれたボックスの中から何かを探し始めた。

 その様子を見て岳と純は目を合わせ、思わずにやける。

 写真らしきものを取り出すと、良和があまり浮かばない表情で岳に訊ねる。


「ちょっと……前もって言うんだけど……本当に見たい?」

「見たい」

「俺も見たいな」


 岳と純は大きく頷いた。


「何ていうか……友利ちゃんと同じような出会い方だけど、友利ちゃんとは比べないで欲しいん。なんでかってね……あんまってか……可愛くねぇんよ」


 岳は良和が自信の無さから待ち焦がれたユミカの写真を再び引き出しに仕舞ってしまうのではないか、という焦りを滲ませながら答える。


「ほら、友利は誰と比べたってグレートだからさ。そもそも一般人じゃ比べもんならないし。でもあれだよ?美人だけど、おっぱいは小さいよ?」


 純もその言葉に便乗する。


「そうだよ。だって友利ちゃん、美人局で年上かもしれないしさ。その子は性格良いんでしょ?」

「その子「は」って何だよ。ふざけんなよ!友利だって性格良いよ!」

「がっちゃん!今はいいから……まぁ、俺らヨッシーの恋人がどんな相手だろうが大丈夫だからさ」

「そうそう。心広いし。見せてよ」


 それまで背を向けていた良和が二人に向き直る。その表情は微かに力ない笑みを浮かべている。


「分かった。もう覚悟決めたわ……」


 良和の妙な言い方に岳は首を傾げる。


「覚悟ってどういう事?そんなに可愛くねぇの?」

「違う……見れば分かる……ずっと黙ってたけど可愛くないとかのレベルじゃねぇんよ」

「まさか。そんな強烈なんが出会い系なんかやらないでしょ」

「いや……まぁ見てくれ……二人写ってる右のがユミカなん……」


 良和から静かに手渡された写真を岳が受け取り、純と同時に覗き込む。

 その途端、言葉を失った。

 L判の枠いっぱいに写っていたのは、岳と純が想像していた遥か外側の「生き物」だった。

 あまりの衝撃に脳が状況を上手く処理出来ず、岳と純は同時に固まる。

 太っている、とか、可愛くない、と言い合って蔑んだり蔑まされたりしている世界で生きている住人ではない、どこか全く別の世界に住む生き物がそこには写り込んでいた。


 そこに写っているのは浅黒く巨大な顔面、細く小さく垂れた目、大きな豚鼻と鼻の穴、分厚い唇。そして手入れされていないと思われる脂で黒光りする髪。

 その隣に写る友人もまた、別の世界の生き物のように思えた。そちらの生き物もユミカと同じく巨体生物だったが、前歯がやや前方に突き出る種族のようだった。


 岳は反射的に写真から目を離すと、電光石火の速さで友利のプリクラを取り出す。そして、しばらくの間食い入るように眺めていた。

 頭の中からユミカを追い出し、何度も何度も控えめな笑顔の友利を抱き締める。

 純は心が平静さを取り戻したのか、引き攣る顔面を必死に抑えようと両頬を両手で押えている。それは丁度ムンクの「叫び」と同じ姿だった。

 笑ってはいけないとは分かってはいたが、心が「これは自分の恋人ではない」と認識した途端、込みあがってくる感情が純の顔面の筋肉を無意識に吊り上げた。

 二人が心の中の何かと闘っている間、無言の空気の中で良和はただ黙って項垂れ続けていた。

 そして、力なく静かに呟いた。


「笑ってもいいよ……」


 その言葉を皮切りに、純は見事に床に転がった。岳は友利のプリクラから目を離すと良和を見据えた。


「ごめん。マジで笑えないわ。なんていうか……ごめん……」

「何でがっちゃんが謝るん……全然関係ないで」

「いや……俺……すげー贅沢してるから……。なんつーか……俺さ、普段他人に同情なんかしたりしないけど……同情するわ……」

「あぁ……そうか……。だってさ、こんなブスだと思わないじゃん……。だから、ずっと言えなかったんよ……ありがとう」


 二人の会話に純は息を荒げながらも笑うのを必死で止めた。岳は改めてユミカの写真を手に取ると、目を背けそうになりながらも必死に耐えながら写真に目を向けた。


「現実を見なきゃ……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……うわ……やっぱスゲーわ……。友達もまたブッサイクだなぁ……。やっぱ神奈川ってトップクラス揃いなんだな……」

「なんとでも言ってくれていいよ……もう」

「この子が「ごはん」を打ち間違えて「ごわん」って言ってたのを、ヨッシーは可愛い!とか言ってたん?」

「そうだよ」


 良和の素っ気無い答え方に純が思わず噴き出す。


「もうコレ……妖怪じゃん……妖怪「ごわん」じゃん」


 言いたい放題な岳の言葉に純は再び腹を抱えた。良和が声色を変え、野太い声で「ごわん!」と叫ぶ。

 三人が虚しさと楽しさの入り混じった感情を抱きながら笑い合う中、一際大きなバイクの音がアパートの前で止まる。

 玄関ではなく「いつも通り」リビングの窓から土足で上がって来たのは金髪パーマ姿の彰だった。

 高校を辞めて土木工事の仕事に就いた為か、身体つきが以前よりずっと締まって見える。


「おじゃまんこ!良和君元気してっか?がっちゃんも元気かよ!おい純君!シコってる?」


 純は泣き笑いの顔で答える。


「シコシコ?まぁまぁかな。あー、腹痛い」

「何だか楽しそうじゃん。あれ、何コレ?がっちゃんと彼女のハメ撮り?ラッキー」


 彰は無造作に床に落ちている写真を拾い上げると、一瞬にして目を丸くした。


「おいおい!ふざけんなよ!いくら変態だからって良和君こりゃねーべ!どこのモンスターだよ!何、こいつ倒すとスゲー経験値もらえんの?」

「それさ……前から言ってたユミカなん」

「マジかよ!スゲー!はっはー!」


 そう叫ぶと、彰は写真を片手に土足のまま玄関から飛び出して行った。

 数秒後、外から彰の絶叫が聞こえた。


「ブッサイクだぁー!マジブッサイクだぁー!ブッサイクが出たぞぉー!」


 その声を聞きながら岳と純は大笑いしたが、目の前で俯く良和に気付くと、何とかして笑いを鎮めようと努めた。

 彰が走ってアパートへ戻って来る。


「これ半端ねぇって!逆にスゲーよ良和君!どこ探したってこんなブサイク中々見つからないで。ヤベ、5秒以上持ってると呪われるんだった」


 そう言うと彰は手にしていた写真をブーメランのように部屋の片隅へと勢いよく投げ飛ばした。

 壁に当たったユミカの写真はその姿をこちらに見せながら、冷蔵庫の裏へスッと消えて行った。


 夕方になると彰の提案により「このブサイクは皆に宣伝しなければならない」という事になり、彼らはまず良和のスーパーカブを取り囲み、カブのヘッドライトにユミカの写真を貼り付けた。

 夕暮れ時の薄闇に、ヘッドライトの灯りに照らされたユミカの大きな顔面が浮かび上がる。

 彰が勢い良くカブのエンジンを空ぶかしする。

 バイクが小刻みに振動するのと連動して、ユミカの顔面も上下に小刻みに揺れる。


「ユミカパレードだぜおい!寄居町民全員に宣伝してくるわ!」


 そう言うと彰はカブを急発進させ、ユミカの顔面を貼り付けたスーパーカブと共に薄闇の中へと消えて行った。

 ユミカのこの一件で良和は一歩踏み出す勇気を得たのだった。

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