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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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金色の夜

教師から蔑まれ、虐げられ、ついに高校を辞めた佑太はホストの道へ。そして、良和も同じく自分自身を変えようとホストの世界に飛び込むことを決意する。

 その年の一学期が終了しようとしていたある日の放課後、休みがちだった佑太は担任の笹島に詰め寄られていた。

 角刈りで眼鏡の笹島は生真面目そうな印象を人に与える。しかし、その顔に精気は無く無精髭が生え、狭い額には汗が滲んでいる。


「おい。藤森、おまえ学校来る気あるのか?ないのか?」

「あ?あるよ。けど、来たら来たでグダグダ文句言うの先生なんじゃねーの?」

「来るほうが珍しいからな。正直な、辞める辞めないでゴタゴタされるのが一番面倒なんだ。来る気がないなら辞めてくれ。おまえ一人の為に学校はある訳じゃないんだからな」

「今さぁ…俺来る気「ある」って言ったよね?先生、俺の話全然聞いてねぇじゃん」

「このままではどちみちおまえは進級出来ないからな。おまえさぁ…早い所辞めてくれてさ、働くなりなんだりしてくれよ。な?」

「俺に学校辞めて働けって言ってんの?」

「学校辞めてさ…早いうちから働いて社会に貢献してくれよ…。な?おまえが学校に籍を置いていて何か問題でも起こされたら俺が困るんだよ。バイク乗り回したり、悪い年上連中とつるんでるって聞いたぞ?実際そうなんだろ?俺みたいに臆病で防衛本能が強い人間はな、眼つきで分かるんだよ。こいつはヤバイなってさ…俺を助けると思ってさ、もう潔く辞めてくれないか?俺はお前の顔を見るだけで胃が痛くなるんだよ。最近はな、先生おまえの事を考えるだけで吐き気を覚えるんだ」

「そんなん…知らねーよ…」

「おまえ、何言ってるんだ?おかしな奴だなぁ…全く。おまえは俺の事なんか知らなくたっていいんだよ。辞めてくれさえすればいいんだ。簡単だろ?な?」


 佑太は自分の足元を見詰めながら、笹島の話を聞き流していた。今日は放課後になったら良和のアパートへ行こうか、それとも女子を引っ掛けて純とカラオケでも行こうか。いや、たまには水木先輩に顔を出しとくべきだろうか。小木は先に帰ってるか。今日は…


「藤森。聞いてるのか?なぁ?」


 いつの日だっただろうか、中学時代にサッカー部内で小馬鹿にされ続けた日々があった。気分次第で部活に出たり出なかったりしていたのがそもそもの原因だったのだが、そんな中途半端な毎日を送っていた癖にボールを追い掛ける事だけは決して嫌いにはなれなかった。

 部活に顔を出せば嫌味を言われたりもした。恥ずかしい事をしているという自覚は十分にあった。

 けど、そんな毎日の中で純や岳、良和は佑太の事を一度たりとも責めた事は無かった。

 部活がどうであれ、彼らが居れば楽しい毎日が約束されていた。


 たまに焼く佑太のお節介な言葉に、純や良和は辟易とする時もあった。

 しかし、岳が「やっぱ佑太は面白いな」といつもその場を上手く収めてくれていた。

 その輪からはみ出た日常で佑太を待っていたのは、その素行の悪さ故に忌み嫌われ、罵倒され、そして蔑まれる日々だった。

 それを明確な形として現した人間が今、目の前にいる。

 佑太を眼鏡の奥から眺めている。本当の本気で、懇願している。


「もう俺に関わらないでくれ」と。


 佑太は右手を握り締めると、力のままにそれを目の前の眼鏡の奥へと叩き付けた。

 生真面目な印象の男は哀れな声をあげながら吹っ飛んだ。

 その姿に佑太は背を向け、言葉を吐き捨てた。


「世話になりました。こんなトコ、もう二度と来ねぇよ」


 それから数日後、一番近い街の駅前繁華街に足を運んでいた。採用担当の店長が値踏みするような目で佑太を眺め回す。整った顔立ち、そして長い襟足は灰色に染められていた。


「君さぁ…まだ高校生だろ?」

「あの…はい。でももう辞めたんで」

「あっそ。まぁ…うちはジジイやカマじゃなけりゃ何だって構わないけどさ」

「自分、もうこれしか無いって決めてるんで」

「酒飲めんだろうな?」

「はい。ガンガンいけます!」

「じゃあ…採用!最初はヘルプと便所掃除。開店前に来て、皆がハケたら帰る事。半端な事したらソッコークビにすっから」

「はい!頑張ります!」

「声たけぇなぁ…。おもしれぇからいいけど。いつかここに座りたいか…?」

「あの…自分はまだ恐れ多いんで…」

「真面目かよ!嘘でもいいから「はい」って言うんだよ」

「はい!」


 そして高校生だった藤森 佑太は一人で生きていける場所を追い求め、ホストとして夜の世界へと足を踏み入れていった。


 それから約半年。


「でもさぁ、俺やっぱヨッシーがホストになるのは反対なんだよね。上手いこと佑太がそそのかしてるんじゃないかなーってさ」


 ガストでそう話しながら眉間に皺を寄せる純に米田が訊ねる。


「ヨッシーって…あの男衾の「マン毛ハロー」?」

「そう。マン毛君」

「だって話聞いてる限りじゃスカトロ大好きな変態野郎なんだろ?普通に無理だろ」

「だから反対なんさ。俺と同じで内向的だし」


 黙ったまま珈琲を飲む岳がテーブルの呼び出しボタンを押す。

 女性店員が駆け寄ると岳が珈琲を指差す。


「これ、不味いです」

「あ…あの…大変申し訳ございません!」

「何か酸っぱいからドリンクバーの機械壊れてるんじゃないですか?」

「点検してみますので…」

「お願いします。で、ヨッシーが何?」

「おまえ聞いてなかったんかよ?」


 目を丸くする米田に岳も同じように目を丸くする。


「だって…あんまり不味かったから…」

「本当こいつが一番自己中だわ。純、もう一回」

「あぁ…がっちゃんはいつもこうだからね…」

「ホストになるって言ってんだろ?」

「なんだ、聞いてたんかい」

「岳、おまえ本当に分かり辛い」

「珈琲が不味すぎてショック症状が起きてただけだよ。佑太がそそのかしてるっていうのはどうだろうな…。本人がホストやりたいから頼んだんじゃないの?」

「そうなんかな…」


 純は口を半開きにしながら宙を眺める。岳は制服姿のまま煙草に火を点けたが米田に睨まれ、数口で煙草を揉み消した。


「友達とはいえさ、同じホストクラブで働くなら少なくとも上下関係は生まれる訳じゃん?それを承知でっていうんだからヨッシーの覚悟は相当なもんだと思うぜ」

「その感覚が分からないっていうかさ…。友達でいれなくなるのは分かるんだけど、佑太が調子に乗るんじゃないかと思って。ヨッシーは一人暮らしだし、変な仲間の溜り場にされるんじゃないかって心配でさ…」

「それならもう十分俺らが溜り場にしてんだろ。そこまで踏み込むかどうかは…佑太の先輩として自覚次第かねぇ…」

「そんなもんあるんかな」

「バイクの件、まだ引きずってん?」

「そりゃ…まぁね。…何かこのメロンソーダも不味いな…」

「寄居だから仕方ねぇよ。寄居に期待しちゃダメ」


 岳が窓の外を眺めると、冬の雲が重く立ち込めていた。雪を降らす力のない、ただただ重たい雲は、まるで彼らの肩の上に乗りたがっているようにも思えた。


 そして良和はCLUB「NIGHT MOON」で「黒猫」という源氏名でついに働き始めたのだった。

 伸ばした髪を金髪に染め、スーツで固めたスタイルはいつもは眠たげな顔を「男らしく」見えさせていた。


 地元の風俗雑誌を開くと「新入店!」の文字と共に良和の写真が小さく掲載されていた。

 岳は純の心配をよそに手を叩いて大笑いしていたが、純はまじまじとその写真の中の良和に見入っていた。

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