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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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高校二年の冬。将来の事を真剣に考えなければならない時期にも関わらず純と岳は将来に対し何も明確なものを見つけられないままでいた。そんな中、純はとある苛立ちを覚える。

 日々は過ぎ、季節は冬になっていた。

 ホームルームが始まると同時に、石垣が吠えた。


「おめぇらな!そろそろ進路の事考え始めろ!真面目にだぞ!せめて就職すんのか、それとも学校に行くのかそれだけでも決めとけ!」


 純は短くなった鉛筆を鼻と上唇の間に挟み、宙を眺めている。近頃さらに背が伸びてきた萩野が純の顔を覗き込む。


「純君、今凄く馬鹿みたいな顔してたん。知ってた?」

「え?そう?」

「もう本当!絵に描いたみたいに馬鹿みたいな顔だった」

「ははは!参ったな。まぁ、馬鹿なんだけどさ」

「それはもう知ってるから大丈夫」

「口悪いな」


 高校二年の冬。純は自分の将来性が全く見出せず思い悩んでいた。岳と時折卒業後の事を話す機会はあったものの、具体的な事は二人共何も思い描けずにいた。

 心のどこかで「中学の頃のようにギリギリまでまた二人で悩めばいいか」と、将来の選択を先延ばしにしていた。


 昼休みになると、岳のバンド仲間達が大笑いしながら隣のクラスの学級日誌を手に教室へ戻って来た。


「見てみろよ!病気がいるぞ!」


 純は米田と共にその日誌を覗き込む。

「今日のできごと」という枠いっぱいに禍々しい文字が並んでいる。


「今日のできごと」


「おまえを殺すこと」「暴走天使」「犯したいから殺したい」「暴力装置岩淵参上!」「国道140号の悪魔」「田舎ヤンキーかかって来い。俺なら3秒」「狂気と殺意のハーモニー。俺を怒った姿をおまえらは知らないだろう?何故なら俺が全て殺したからだ」「愛してるから殺してやる」


 その文字の下にお世辞とも上手いとは言えないバイクらしきイラストが描かれている。

 純は岩淵の姿を思い出す。

 背丈は低くボサボサの頭、小さな目に豚鼻、への字に曲がった口元。やや甲高い声。岩淵は決して、というより全く目立たない男子だった。

 気が付くと岳が日誌を見ながら涙目になって大笑いしている。


「すげーダークホースだ!将来の殺人犯!世間を騒がすビッグスターの誕生だぜ!こいつ見に行こうぜ!」


 岳達が教室を飛び出し隣のクラスの岩淵を覗き込む。

 黒板をじっと眺めたまま机に座る岩淵が目に入る。

 岳達に見られている事に気が付くと、その細く小さな目を岳達に向け、意味ありげに舌を出した。

 その動作は思いの外気持ちが悪く、純は「あいつ、無理」とすぐに教室に戻って行った。


 米田が扉に凭れたまま岩淵に話し掛ける。


「日誌に暴走天使とか国道140号の悪魔とかって書いてあったけどよ、おまえバイク乗ってんのかよ」


 岩淵は胸を張って言った。


「うっせー。自転車だよ」


 その答えに岳達は腹を抱えて笑った。

 岳達は中学の頃から何かと世間を騒がしていた世代だった。神戸の児童連続殺傷事件を筆頭にバスジャック事件、その他諸々含め世間の大人達は皆どこかよそよそしく彼らに触れた。

 しかし、当の本人達は誰かが胸の中に抱える「闇」をこうして吐き出す事に対し、笑いという感情で対処していた。

 それが正しいのか、それとも間違いなのか、そんな事は誰も考えて居なかった。

 教室に戻り、岳が純の隣に座る。


「純君もっと見れば良かったんに。あいつ暴走なんとかって言ってるけど自転車だってよ」

「そりゃまぁ……ご苦労様って感じかな」

「何考えてるか分からないのは俺も一緒だろうけどさぁ。でもタイプ違うわ」

「なんかさ、あいつ本当気持ち悪くないかい?俺ダメだわ。あー……寒気がする」

「マジかよ。そんなダメだった?」

「なんていうかなぁ……。目がさ……。本当ヤバイわ。あぁいうのは」

「病気ってアダ名で決まったけど、確かにヤバイ頭の病気かもしんねーな」

「精神的な頭の病気とかってさ……突然なるもんなんかな……?」

「事故でも起きない限りは皆元はどっかに原因があるんじゃねーの?ゆっくり、じわじわ、気付かないうちにってヤツじゃん?」

「怖いもんだね。自分が気が付かないってさ」

「純君も気を付けろよ」

「はは。まさか」


 将来に対して何も踏み出せないままに、その年の年末を彼らは迎えた。

 卒業後、すっかり「大人の女」となった知恵に岳は電話で進路の相談をしていた。最後に会ったときは髪の毛を黒く染め直し、薄めの化粧で「清楚を演出している」とマルボロを吸いながら笑っていた。

 知恵はあっけらかん、とした声で言う。


「そんなのその時決めたらいいんだよ。私だって短大入るって決めたの三年上がってからだよ?」

「えー、そんなもんなの?」

「当たり前だよ。逆に将来決まってたらあんな高校入らないでしょ。私なんか未だに将来に悩んでるよ」

「短大入ったのに?児童教育とかやりたい事とかあったんじゃないの?」

「そのはずだったんだけどねぇ……。こればっかりは分からないよ。だから猪名川君なんか今将来の事で思い悩む必要なんか無いんだよ」

「まぁ……参考までに聞いてみただけ」

「そういう言い方するって事はマジで悩んでたんだな。分かるよ」

「えぇ?まぁ……そうだね……。悩んでた、いや、悩んでる」

「ははは!年上ナメんなよ?そんな事より彼女を大切にする事を一番に考えな。まだ続いてるんでしょ?」

「まぁおかげさまでね、平和に続いてるよ」

「けっ!あれだけ私の事「好きですー」とか言ってたのにさ。去年の今頃だっけぇ?」

「仕方ないじゃん!しかも一回しか言ってないし」

「はは、冗談だよ。ムキになるあたりがまだ子供だねぇ。ふふ、頑張れ。でもさ、悩む所間違えちゃダメだよ?」

「どう言う事?」

「これからねそういう事いっぱい出てくるから。その時分かるよ」

「ふぅん……。覚えとく」


 岳が知恵からのアドバイスに耳を傾けている間、純は良和のアパートに佑太と遊びに来ていた。

 純がティッシュでフローリングを拭きながら訊ねる。


「ヨッシーはさ、これから何かやろうかなぁとかあるの?」

「やろうかなぁっていうか、もう決まってるん。高校に行く」

「高校?マジかい」

「マジだよ。定時制だけど行かないよりマシっしょ」


 寝っ転がっていた佑太が起き上がり、大き目の声で言う。


「その前に良和もホストになるんだよな!?」

「え?」


 純は思わず目を丸くした。頭で考えるより先に言葉が出る。


「嘘でしょ?」

「いや……今考えてるん」


 先日高校を中退し、ホストになった佑太が良和の肩を叩く。


「心配すんなって!俺んとこで面倒見てやっから!男磨こうぜ!?な!?」

「まぁ……考えてるし、やると思うからそん時は世話になるよ」


 純はたまらず声を上げる。良和がホストに向かない事は誰よりも分かっているつもりだった。

 良和が佑太に煽られているのではないかと思い、不安な気持ちになる。


「ちょっと!ヨッシー、マジでやるんかい?佑太がマジで面倒見るんかい?」

「何だよ!大丈夫だって!なんだかんだでさぁ、ヨッシーって愛されキャラじゃん!?やっていけるって。な!?」


 良和は読んでいたバキを床に置くと額を押さえながら言った。


「純君……俺さ、変わりたいん。暗くて何も出来ないのが嫌なんよ。強い奴になりたいん」

「でもさ……何もホストじゃなくてもいいんでないかい?」

「いや、ホストじゃないとダメでしょ。あぁいう世界で女から金取ってさ、やりたいだけやりまくれる男に俺はなりたいん!」

「だって……あぁいうのって喋るのが仕事じゃないの?ヨッシーに出来んの?」

「出来る!やる!やる!俺はやるって言ったらやるん!やるしかねぇん!」


「ひょー!ヨッシーいっちゃってー!」と佑太が嬌声を上げた。純の顔に苛立ちが滲む。


「俺は……上手くいかない気がするけどな」


 純の言葉に佑太が反応する。純ににじり寄る。


「どういう事だよ?」

「どうっていうかさ、分からんかい?」

「何が?」

「何がって……中学ん時から一緒に居たらさぁ……分からんかな?」

「だから何がって聞いてんだよ。あ?」

「ヨッシーの性格でやれるって、マジで思ってんの?」

「コイツがやれるって言ってんだろ。テメーに関係あんのかよ?なぁ?」

「そういうもんなの?」

「何がだよ。何もしねーテメーが口挟む事じゃねぇだろ」

「あっそ。帰るわ」

「何なん?」


 黙って玄関に向かう純の背中に佑太が声を浴びせる。良和は黙ったきり薄ら笑いを浮かべ、再び額に手を当てている。


「何なんその態度!?おい!」

「…………別に」


 佑太が純の肩を掴んだが純はその手を振り払った。怒りが胸の内から次々と湧いて、溢れ返りそうになっていた。

 そして八つ当たり気味に声を荒げた。


「何でこういう時に……がっちゃんはいないんかさ!いっつもさ!いっつもいっつも……ったく!」


 玄関を勢い良く閉めると頼りない金属の音が部屋に響き渡り、そして静まり返った。

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