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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
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24時間

純と岳と安田の三人はその夏、ただの思いつきである事にチャレンジしたのだった。

勢いだけで全てが乗り越えられると思ったのだが…。

 茜との再会から数日後。

 純は閉め切った窓から入る蝉の声を聴きながら、再び胸の底に沈めた想いをゆっくりと覗き込んでいた。

 エアコンから吹き出す風、蝉の声、それ以外の音は無い部屋がこの上なく純の心を落ち着かせた。

 岳の部屋では常に激しい音楽が流れているので、音に対してやや食傷気味にもなっていた。


 強烈なスピードのバスドラムが鳴るハードコアの洋楽を聴きながら、岳は文庫本を読んでいた。

 純はそんな岳の神経を一瞬、疑う。


「がっちゃん、耳おかしくならん?よくこんなの聴きながら落ち着いていられるなぁ」

「いや、あんまり静か過ぎる方がかえって神経に障るんよ。隙が無い方がいいんだよ」

「へぇ……。これって何を歌ってる曲なんだい?」

「えっと……確かね……」


 岳は床に転がるCDジャケットを拾うと、歌詞カードを見ながら嬉しそうに言った。


「えっとね。「おまえの頭撃ってやるから内臓食わせろ」って歌ってるわ」


 決して猟奇的な嗜好がある訳ではなかったが、岳の中に狂気めいた物を感じる事は多々あった。

 人を傷付ける事を嫌っているから実害は無いだろうし、その気も無いだろうが、岳は楽器を通して暴力を振るっているのかもしれないと純は時折考える。

 楽器をやっていなかったら、猿渡のように分かりやすく狂気を訴えていたのだろうか?

 そんな僅かばかりの逡巡をするが、すぐに茜の横顔が浮かんでは消える。

 再び沈めるには余りに美しい光景を、純は何度も名残惜しそうに眺めていた。

 浮かび上がらせ、そして手に取る自信が純にはなかった。


 その夏、何か特別な事をしてみようと覚悟を決めた訳ではなかった。

 中学の同級生で野球部の安田と岳と池袋で三人で遊んでいると、サンシャイン通りの鉄柵に腰掛けていた安田がとある提案をした。


「がっちゃんも純君もさ、暇でしょ?」

「え?まぁ暇は暇だね」

「あぁ。俺も暇なんさ。暇死しそう」

「じゃあさ、今から24時間寝ないで遊んでみない?」


 純と岳は顔を見合わせ、そして微笑んだ。


「のった!」


 体力を温存するという考慮を全くしない三人は手始めにボウリング場へ向かう。安田は慣れたフォームでストライクを連発させる。純はカーブを巧みに使い、残ったピンを狙い通り仕留めていく。

 問題は岳だった。

 力任せに投げるためにガーターを連発し、優しく励ます安田の言う事に耳を貸さずに勝手に不貞腐れ、二人を唖然とさせた。

 純が「カラーギャングが見たい」と言い出した為にそこから大宮へ向かった。

 観光気分でルミネ前のオレンジ色の集団を遠目で眺め、三人は興奮した。特に純は食い入るようにして見つめていた。

 岳はそんな純の横顔を見ながらある事を思い出していた。

 その年の小川町の七夕祭りに佑太と純と三人で出かけた際に、小規模ながら同じような格好に身を包んだカラーギャング達が屯していた。

 背中には「07」とあったが意味は分からなかった。岳が何気なく彼らを眺めていると、純は挑発するように


「がっちゃん、滋賀県だよ。あいつら」


 と笑った。岳は意味が分からず純に訊ねる。


「どういう意味?」

「市外局番さ。滋賀の」


 岳は純が挑発するように彼らを指差す純に驚いた、というより滋賀の市外局番を知っている純に驚きを隠せなかった。

 純は米田の影響でバスケットやスケボーにハマッていたのだが、この頃からアメリカの文化に興味を抱き始めていた。その中でも特に関心があったのはヒップホップや「本物」のギャング文化だった。

「流行」というだけでファッション的にギャングとなり、同じ格好をしてただ屯するだけの連中を純は快く思ってなかったのだろう、と岳は考えていた。


 安田がオレンジの集団を見ながら呟く。


「絡まれる前にさっさと田舎に帰ろうよ」


 純は「もうちょい」と楽しそうに微笑む。既に退屈したのか、岳は離れた場所で煙草を吸っていた。

 遠目で見るネオンに照らされたオレンジ色の若者達は皆、気迫たっぷりと言った表情をしていた。

 しかし、どこか不安げな表情にも見えた。

 怒ってはいるが、何に対して怒っていいか分からなかったのかもしれない。

「もう帰るよ」と安田に声を掛けられると、岳は集団に向かい「楽器やれ!」と叫び、安田を焦らせた。

 三人は男衾へ戻ると、岳の家で眠る訳ではなく三人で漫画を読んだりビデオを見たりしながら夜を過ごした。

「寝ないで遊ぶ」

 という約束を早くも破りそうになっている岳が、薄く目を開けたまま壁に凭れている。

 安田と純が面白おかしく声を掛ける。


「がっちゃん、起きてる?」

「おき……うん。てる」

「じゃあ1+1は?」

「……2」


 安田が悪戯そうな笑みになる。


「じゃあ48+329は?」

「……計算……機……」

「ダメじゃん!じゃあ、好きな食べ物は何?」

「…………うどん……」

「へぇ、がっちゃんてうどん好きなんだ。ヘルシー」

「……寝てないから二人で……話してていいよ……。いいよ……」

「絶対寝るでしょ。ダメだよ」

「…………バレた……」


 岳の限界を迎えた姿に二人は笑っていたが、朝を迎えた頃に二人は岳と何ら変わらない様子になっていた。家の中に居ては寝てしまう、と思い立ち三人は外へ出る。

 真夏の眩しい光を受けると、三人は一斉に呻いた。


「あっつ……気持ち悪……」

「なんか身体ん中が……暑い……」

「吐きそ……」


 三人はベイシアに向け、非常にゆっくりとした動きで自転車を漕ぐ。ハンドルがふらつき、田んぼへ横転しそうになる。何とか辿り着いた三人がフードコートに座っていると、偶然通り掛かった田代に声を掛けられた。鋭い目つきが柔らかくなる。


「よぉ、お三方。久々じゃん。元気してっかよ」


 三人が同じ動きで、無言でかぶりを振る。


「どうしたんだよ?勢いねぇな。がっちゃん、ロック魂はどうしたんだい?」


 岳と純がかろうじて答える。


「あのね……今24時間寝ないで遊んでる最中なんだよ……」

「なんかもうさ……ゲロ吐きそうなんさ……あれ、がっちゃん、そこのガチャガチャってさ、レジ持って行くんだっけ……?」

「え……?ガチャガチャはおまえ、回せば出てくるよ……」


 二人のやり取りに田代は若干顔を引きつらせる。


「金はいるでしょ……。てかヤベー薬キメてないっすよね?24時間遊ぶって……気合い入ってるわ……」


 死んだ目のまま、三人は無言で親指を立てる。


「じゃあ、俺は行くわ。今度さ、遊ぼうぜ。純君、今度家に遊び行っていいかい?」

「あぁ……大丈夫じゃないかな……?怒らないよ……。俺はいいと思うよ……」

「誰の話ししてんだよ。まぁ、大変そうなんでまた今度。じゃあ」


 田代の挨拶に三人は反応せず、耐久レースのようにひたすら24時間が経つのを待った。

 じっとしていたら寝てしまう、と岳が言うので三人は再び自転車に乗り、駅前へ向かう。

 純は安田の自転車に二人乗りしているが、安田は案の定ハンドルを真っ直ぐ保てないでいる。

 その様子を見ていた岳はそれが突然おかしく感じ、笑い出す。

 岳の笑い声につられた純が笑い出し、安田も笑う。

 何がおかしくてそこまで笑えるのか自分達でも理解出来ないまま、三人は大笑いしながら自転車を漕ぎ続けた。


 純は夏休み明け、この時の出来事を楽しそうに学校で語った。

 内山が「俺もやれば良かったぁー!」と悔しがり、米田は「馬鹿だろ」と呆れていたが純は楽しげな表情を浮かべていた。


 季節は次々と流れ、大人になる準備をついに始めなければならない時期に差し掛かっていた。

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