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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
高校編
71/183

夜の小学校

茜と再び会うことになった純

中学の頃と違う自分を見せたいものの、岳や良和のように誇れるものは何も無かった

しかし…

 額の汗を拭った茜が立ったまま純を見下ろしている。その肌の瑞々しい質感に、純は思わず「触れたい」と無意識に思ってしまう。目を下ろすと目線が茜の胸の膨らみにいってしまい、慌てて目を伏せる。

 茜が純を指差す。


「ちょっと!レディファーストは?座らせてよ」

「あ、あぁ。ごめんごめん。どうぞ」

「全く気が利かないんだから。そういう所、変わってないなぁ」

「はいはい、すいません」


 まるで昨日まで中学時代を過ごしていたかのように、二人の間に自然とそんなやり取りが生まれた。

 緊張が解れ、すっかり気を良くした純は素直に踊り場の席を詰める。茜はそのまま純の隣に腰を下ろした。その隣に矢所が座ると、矢継ぎ早に話し出した。


「もしかして純君でっかくなった!?かなり大きいんじゃない!?」

「まぁ一年半も経ってるしね。そりゃ成長するよ。かなり大きいって事はないけど」

「あれ、逆に……がっちゃんそんな小さかったっけ?」

「うるせぇな。高校入ったら伸びなくなったんだよ。成長期終了」

「線細いし女の子みたいじゃん!そっち系目指す!?」

「そっち系って何だよ。目指さないし、そもそも彼女いるから」

「えぇ!?羨ましいんですけど!」

「そりゃどうも」


 茜がにやけながら矢所に言う。


「がっちゃん高校生の癖によろしくやってるらしいよ。彼女と竹薮でキスしてたんでしょ?」


 矢所が大袈裟に「えー!?」と驚き、岳は突然の指摘に目を丸くする。


「え?何で知ってんの?」

「男衾の狭さ舐めんなよ?見られてっから!ごちそうさまですー」

「うわぁ、マジかよ。ファックだな、クソ田舎」

「こんな所に住んでるのにそんな事する方が悪いんだよ」


 何も反論出来ずに眉間に皺を寄せる岳に代わり、純が茜に尋ねた。


「剣道、まだやってんのかい?」

「うん、高校でもやってる。怪我も多いんだけどさ、やっぱ剣道が好きなんだよね。純君、部活は?」

「部活……いや。そもそもまともな部活なんてあんのかな、あの高校……」

「え?一体どんな高校通ってんのよ」

「寄居だけど、その辺は深く突っ込まんでくれるかい?」


 すると、佑太と同じ高校に通う矢所が興奮気味に言う。


「うちもヤバいんだけど、寄居ってマジでヤバいんだよね!?ヤンキーとかもっと凄いのとか、とにかくヤバイんだって!」

「ちょっと待って。ヤバイとか凄いとか、主語が無さ過ぎて何も伝わって来ない」


 茜の言葉に岳が声を上げて笑う。純も「確かに」と呟いたが矢所は「え?何で?え?」と分かっていない様子だった。

 戸惑う矢所を放って茜が純の顔を覗き込む。すぐ目の前にある茶色の瞳を前に、純は唾を飲み込んだ。


「純君」

「え?何?」

「髭伸ばしてんの?」


 茜の予想外の質問に純は首を傾げる。


「え?いや、剃ったんだけどな」

「えー!やだ!何かやだ!なんか薄っすら青いし!えぇ!?髭なの!?あの純君が髭!?」

「何だよ急に……。生えてちゃ悪い?」

「うわー。時の流れって怖いわ。純君に髭が生えるなんて……」


 そう言いながら口に手を当て考え込む茜を見て、岳は楽しげに笑いながら言う。


「でもさ、基本的に皆変わってないよな。もちろん、生える所には生えるもん生えるけど」

「がっちゃん下品!」


 平謝りする岳の横で純はしきりに口元や顎周りを触っている。茜に髭を指摘されたのが余程気になっている様子だった。

 その様子を見て茜が「気にしすぎ!」と言ってから、ようやく純は触るのを止めた。


「ねぇ、中学ん時の連中ってまだ集まってるんでしょ?」

「猿渡はどうしてるか知らないけど、集まってるよ」

「あいつはどうでもいいよ。それよりさ、良和元気してるかな?会いたいなぁ」

「元気元気。なんなら今日の夜とか明日とか、空いてるんじゃねーかな?」

「本当?じゃあさ、夜会えない?どっか集まってさ」

「ちょっと相談してみるわ」

「昼間は暑くてさ。肌にも悪いし女子高生にはキツいわ」

「ババアみてーな事言うなよ。この前会った時、うちの兄貴が可愛いって言ってたで」

「嘘!?この前お兄さん居たの?」

「居たよ。眼鏡のキモいの」

「分からなかったなぁ。へぇ」


 それから一同は夜に良和を交えて会う約束をし、一旦解散した。

 外に出ると容赦ない陽射しが純と岳を襲った。

 余りの暑さに顔をしかめる岳とは対照的に、純は晴々とした表情でやたら嬉しそうにしている。


「森下も矢所も懐かしかったな」

「あぁ。俺さ、二人にしょっちゅう怒られてたんさ。何だかそれすら懐かしく感じてたけど、やっぱり変わらないもんだね」

「怒られたのは俺らが純君そそのかしてたからな」

「そのおかげで思い出も増えたけどね」

「なら良いけどさ。じゃあ、また夜だな」

「え?がっちゃん帰るの?」

「うん。汗搔いたら疲れたよ。帰って寝るわ」

「えー、そうか。じゃあまた連絡くれよ」

「うん。また夕方辺りに。じゃあね」

「あぁ。また」


 これが佑太だったら「次どこ行くんべ?」となるが、岳は何よりも自分の体調優先で動く為に活動時間が極めて短かった。

 それに対し特に不満は無かったが、友利と過ごしている時などどうしてるのだろうか、と純は疑問に思った。

 持て余した時間を潰す為に、純はバイクでかわせみ荘という施設の図書室へと向かった。


 元々岳から教えられたその場所はあまりひと気が無い上、かなり古いオカルト系の書籍が揃っていたので純は足繁く通っていた。

 エアコンの効いた館内は常に薄暗く、公共施設特有の匂いに満ちている。廊下を進んで突き当たりの左側、学校の教室一つ分程の広さの図書室に入ると、薄っすらとカビのような匂いが鼻を突く。

 誰も居ない図書室で純はUFOや心霊系のオカルト書籍を数冊選び、机の上に並べた。


「ウンモ星人」の項目を眺めているうちに急に眠気に襲われ、純はいつの間にか眠りについていた。目を覚ますと時計は夕方4時を示している。

 廊下の反対側にあるトランポリンコーナーで遊ぶ子供達の声で完全に目が覚め、携帯電話を取り出す。

 着信はなかったものの、岳から「8時に小学校前に集合ね」とメールが入っていた。

 純は寝ぼけ眼で本を棚に戻そうとすると一冊、本が落ちた。

 落下したまま開かれたページには「実録。死後の世界」とあり、軽く目を通す。

 パラパラと流し読み「へぇ」と呟き、棚に本を戻す。

 誰も居ない図書室では純の声が大きく響き、それに照れ臭さを感じながらそそくさと外へ出た。


 小学校の入り口にある電話ボックスまで良和はスーパーカブで向かった。途中合流した純と岳は自転車だった。

 通りの少ない夜の県道で、岳がテンションを上げながら叫ぶ。


「俺のバイクは0cc!ブゥーンブゥーン!」

「ほら!掴まって!」


 良和の肩を借り、岳と純は自転車に乗ったままカブに牽引される。

 自転車がぐんぐんとスピードを上げると、スリルの為に純は大きな声で笑った。

 歩道橋の手前で恐怖に耐えかねた岳は手を離したが、純は笑いながら小学校まで牽引されていった。


 小学校前でカブのヘッドライトに照らされた茜と矢所が大きく手を振った。勢いを落とす事無く良和が茜のかなり手前で急ブレーキを掛けて止まる。

 驚いた茜が一歩下がる。


「ちょっと!良和!今、私を殺そうとしたでしょ?」

「違う違う、ちゃんと計算したん。大丈夫だよ」

「今のは全然大丈夫じゃないよ!感動の再会で殺されてたまるか!ってか、元気してた!?」

「おう。元気元気」


 ヘルメットを脱ぎ、良和は笑顔のままカブから降りる。


「良和、急に居なくなっちゃうんだもん。中三の夏だよね?」

「そう。家庭の事情でさ、仕方なかったん」

「じゃあ丸々二年ぶりだね。ていうか、全然変わってない」

「あぁ、そう?髪伸ばしてイメチェンしたんだけど」

「え?前から長くなかったっけ?」

「あれ、そうだっけ?まぁいいや、忘れた」


 暑さがようやく退いた夏の夜に、彼らは17歳という年齢の「今」を報告し合った。

 その殆どがテレビドラマで観る様な17歳の特別なものではなく、ごくありふれた物だと知りながら。


 良和が矢所にバイクの乗り方を指導し、エンジンを掛けるとバイクは半回転して倒れた。

 それを観て純が笑い、岳が心配そうな表情を浮かべる。

 茜が矢所に声を掛けたが矢所は「違う違う!今のは違う!」と誰に対してでもなく弁明していた。


 楽しげな声が響く夜と裏腹に、純は目の前に居る茜とまた会えなくなってしまう事への強烈な寂しさを感じ始めていた。


「森下さぁ」

「ん?」

「またさ、こうやって会えるかな」

「会えるよ。こんな楽しい連中だったら、いつでも会いたいし」

「なら、いいんだけどさ」


 純ははにかもうとしたが、上手くいかなかった。どうしても、心に真顔が引っ張られてしまう。


「何、湿っぽくなってんの?」

「え?いや、やっぱ皆で居るの楽しいなぁって思って」

「また会えるから大丈夫だよ」

「あぁ、そうだね。そう思っとく」

「なんかさ」

「うん?なんだろ」

「よくわからないけど、頑張れよ」

「え?」

「わかんないけど、頑張れよ。新川 純」


 二人から離れた場所で「人間バイク」という形態模写を思いつきでやる岳を見ながら、純と茜は鼻で笑う。

 夜風が吹き、茜の髪が揺れる。

 純はまた少しずつ、茜への想いを沈めて行く。沈んで行く想いがまだ目に見えるうちに何か伝えたかったが、例え見つかったとしてもそれを上手く伝えられる自信は無かった。

 岳のようにロマンティストでも無ければ、良和のように欲望を正々堂々と主張出来る強さも無かった。

 遠くからずっと見守り続ける事が唯一、自分の出来る事なのだと純は思う他なかった。

 そして、純は茜に向き合うと少し自信に満ちた表情で微笑んだ。


「森下 茜さんも、頑張れ」


 茜は意外な純の強気な言葉に、一瞬たじろぐ。

 一年半という月日が純を成長させたのかと茜は考え、静かに笑った。


「あんたに言われたくないわ」

「そうですか。そりゃ失礼」

「また会おうよ」

「あぁ」


 二人の間を切り裂くように、岳の「ブォン!ブォーン!」というバイクの口真似と、矢所の「あたまおかしい人がいます!」という絶叫が割って入る。

 茜が呆れたような声で「本当、馬鹿」と言ったが、その表情は楽しげなものだった。


 彼らは夜中を迎える前に解散した。

 茜と矢所が手を振り、岳と良和が手を振り返す。純は小さく片手を上げた。


「またね」


 と言った日の約束が叶った今、純は次の「またね」が叶えられる日を心待ちにする事にした。

 それは純の心のとても静かで、穏やかな場所にあった。

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